• プリント

NGO ネットワーク「動く→動かす」事務局長 稲場 雅紀 さん

今回ご紹介するのは、NGOネットワーク「動く→動かす」の事務局長としてご活躍されている稲場雅紀さんです。ミレニアム開発目標(MDGs)達成を支援するキャンペーン“Stand Up, Take Action”についてお話を伺いました。「世界の貧困をなくすことは、お金や権力を持っている人たちだけでなく、私たち一人一人が力を合わせて取り組むことで可能になる」というのが“Stand Up, Take Action”の考え方。その志から学ぶ、「私たちにできること」とは。

un_interview_photoプロフィール

1969年生まれ。90年代初頭から横浜市寿町の日雇労働者の保健・医療の問題に取り組んだ後、94年から「動くゲイとレズビアンの会」のアドボカシー部門ディレクターとして性的少数者の人権問題や国内外のエイズ問題などに取り組む。2002年より、「アフリカ日本協議会」の国際保健部門ディレクターとして主にアフリカのエイズ問題についての調査や政策提言に従事。2008年のTICADやG8洞爺湖サミットでは日本の市民社会の立場から政策提言。2009年以降、MDGs達成のためのNGOネットワーク「動く→動かす」(GCAP Japan)の事務局長。

 

― MDGs達成を支援するキャンペーン“Stand Up, Take Action”の活動内容や成果についてお聞かせ下さい。

“Stand Up, Take Action” は2006年に第1回が始まりました。回を追うごとに参加者は増えていき、一番多かった2009年には全国46都道府県で合計640もの企画が行われ、3万4千人が参加しました。日本の“Stand Up, Take Action”は海外と比べて、企画数の多さと広がりが特徴です。640企画というのは、世界で見てもインドに次いで第2位です。日本の “Stand Up, Take Action”は地域の人であったり家族であったり、様々なグループが小規模でもいいから、草の根レベルでアクションを起こし、それが国中に広まっていく。「広がり」から考えれば、日本は他の国々と比べても大きなアクションになっています。2010年は、国連のMDGsレビュー会合が9月にあった関係で、時期を1ヶ月前倒しして9月に実施したため、参加者は1万8千人と少なくなってしまったのですが、良い点としては、“Stand Up, Take Action”史上初めて、日本の47都道府県すべてで行うことができました。 “Stand Up, Take Action” が世界の貧困を考える「国民行事」の一つとして定着してきたと感じています。

un_interview_photo01“Stand Up, Take Action”は人々が世界の貧困をなくそうという声を上げる活動です。この「声」を政策決定者に届け、政策に反映していくことが必要です。日本では「政策提言」がすぐに効果を上げ、成果が見えるということは必ずしも多くないのですが、成果を上げた例としては、直近では、震災後の第1次補正予算案においてODAの減額幅を半分に減らしたという実績があります。東日本大震災により、我が国は莫大な被害を受けました。震災救援・復興のために第1次補正予算が組まれたのですが、与党民主党の執行部は、その財源の一部に充てるためにODAを2割カットすべきと政府に提言したのです。これは、「震災か、国際協力か」という誤った二項対立の図式が作られてしまった結果でした。私たちは国際協力NGO全体で声明を出し、NGOの意見を明確に打ち出すとともに、国会議員の方々の事務所を回るなど色々な形で働きかけをしました。こうした働きかけなどの結果、多くの国会議員がODA削減に反対の声を上げ、ODA削減幅は2割から1割に減りました。「震災救援・復興と世界の貧困の解消はつながっている。だから、震災救援と、貧困削減のためのODAを両立させる必要がある」ということを訴え、減り幅を減らすことが出来たという点では、政策提言の成果があったと言えるのでないかと考えます。

その他に、民主党に政権交代した後の2010年春になりますが、外務省の中で、今後のODAのビジョンをとりまとめるということがありました。これに関しても、一連の政策提言の結果、世界の貧困削減・ミレニアム開発目標の達成が、日本のODAの3つの使命のうちの一つとされました。これらは、全体状況を変えるというところには至っていないものの、小さな成果としてしっかり定着しているのではないかと思っています。そういう意味で、キャンペーンとアドボカシーをいわゆる車の両輪とする「動く→動かす」の取り組みは徐々に軌道に乗っていると思います。

「政策提言がすぐに効果を上げるということは多くないのですが、震災後の第1次補正予算案においてODAの減額幅を半分に減らすなど、成果としてしっかり定着しているのではないかと思っています。」

― これから10月に、2週間以上に渡る“Stand Up, Take Action”のキャンペーンがあるとお伺いしましたが、どの様な新しい試みが展開されますか。

これまで“Stand Up, Take Action”は、世界反貧困デーである10月17日の前後3日間というのが今までの定番でしたが、今年からその日にちを各国がある程度自由に決められるようになりました。 10月は、国際協力に関するイベントが数多く開催される月です。

“Stand Up, Take Action”を6年間やってきた中で、10月17日の前後3日間だけでなく、10月最初の週末に行われる「グローバル・フェスタ」や、ディーセント・ワーク・デーなどいろいろなイベントで“Stand Up, Take Action”をやってみたいという声があがっていました。そこで今年は、10月1日から17日までというこれまでよりも長い期間を設定し、この期間中にMDGs達成に向けてより多くの人が参加でき、より多くの人の声を反映できるデザインにしました。

今年の一つの重要なポイントとして、東日本大震災の影響があります。今回の震災では、日本の中で2万人以上の人たちが亡くなるか行方不明になるという、日本近代史上稀に見る大災害となりました。電気や水道などライフラインが途絶し、公共施設が破壊され、行政サービスが止まったことにより、ミレニアム開発目標(MDGs)が満たされていない地域が、わが国の中でも災害によって生じたのです。そこで、震災の問題と世界の貧困をなくすという問題をどうつなげていけるか。これが非常に大きな課題だと思います。実際、被災者の方々からも、「今回の震災を直接経験して初めて、インド洋津波を受けたスマトラや、昨年震災にあったハイチの人々の悲しみが分かった。」というコメントが寄せられました。災害も貧困を国境を超えた問題であり、震災と貧困の課題はつながっているのです。しかし、どういうわけか、震災と国際協力はともすると「どちらかにせよ」という「二項対立」で語られることが多くなっています。しかし、この「二項対立」をどこまでも突き詰めれば、結局、日本は内向きになり、将来もおぼつかなくなってしまう。ですから、その二つを対立させるのでなく、両立させるのだというビジョンを作っていくことがとても重要だと思います。その方が、わが国にとってはるかに意味のあることだと考えます。災害は国境を超えた問題であり、震災復興と世界の貧困解消はつながっているから、一緒に両立させてやっていく。そのことこそが、わが国のためにも世界のためにもなるのだ、というメッセージを世界に向けてしっかり発信していきたいと思っています。

もう一つは、MDGs達成期限まであと4年と期限が迫っているということで、世界の貧困をなくす意志、MDGsを達成する意思をしっかり示していかなければいけません。本気で、世界の貧困をなくすんだというメッセージを伝えていくことが、いつにも増して重要だと考えています。

「災害にも貧困にも国境はない。だからこそ、震災復興と世界の貧困解消をつなげ、両立させることこそが、わが国のためにも世界のためにもなる。」

― キャンペーンにおける稲場さんご自身の目標を教えてください。

un_interview_photo02キャンペーンをしっかりやっていくためには、いろんなことが問われます。本当に大きな目標を達成するためには、そのときどきの自分の感情や考えに短絡的に引っ張られるのではなく、キャンペーンを成功させるために、どれだけ公共的な立場から、事務局として支えていくことが出来るかをより真剣に考えていく必要があると思っています。人の輪が広がり、多くの人が気持ち良くキャンペーンをできるような環境を作ることが一番重要なことですから、しっかり頑張っていきたいですね。

― どのような経緯で現在のお仕事への従事に至ったのですか。

私は90年代、日本のエイズの問題とマイノリティの問題に取り組んできました。エイズの課題は、どうしても「アフリカの問題」とみなされがちですが、もちろん日本でも深刻な課題です。私たちは「感染率が低ければ問題は小さい」と思いがちですが、当事者の立場に立てば、感染率が高く、エイズへの注目が集まり、「みんなで取り組もう」が合言葉になっているような国よりも、感染率が低く、エイズの課題が全く注目されていない国の方が大変なのは簡単にわかる話です。日本では現場の様々な人々の努力によって状況は改善されていますが、一般にエイズの優先順位が低いとされている国では、どこで治療を受けるのか、ということからして誰もわからない、ということになってしまう。注目を浴びていない問題の当事者であることほど大変なことはないんです。

un_interview_photo03一方、私自身はここ10年ほどアフリカのエイズ問題に微力ながら取り組んできて、やはり「本当に深刻だ」と考えるわけです。とくに、私がアフリカのエイズ問題に取り組み始めた2000年ころは、個人のレベルを超え地域レベルで非常に危機的な状況だったわけです。その中で、私はアフリカでHIVと闘っている当事者の声が日本に伝わってきていないという、ある種の非対称性に大きな問題意識を感じました。エイズは現状でもまだ完治しない病気であり、その点でお医者さんができることは限られている。逆に、地域・コミュニティがどう取り組んでいくかが、他の病気と比べてすごく大事なのです。それだけ深刻な地球規模の課題について、我が国では注目が集まっておらず、なおかつ、市民社会の存在は無視され、「国際保健や医療・援助の専門家がやればよい問題」としかみなされていなかった。そこで私自身は、それまで国内の視点から取り組んでいたエイズ問題について、今度は国際的な観点からしっかりやっていかなくてはいけない、エイズにかかわる国際協力について政策提言をし、HIV陽性者の声を伝えたい、ということで、現職のアフリカ日本協議会へ移りました。しかし、そちらをやっていくうちにエイズだけでは留まらなくなった。エイズの課題、特にアフリカのエイズの問題は、広く捉えれば貧困の課題ですし、また、エイズの課題について、しっかり国際社会が取り組んでいくためには、MDGsが重要になってくる。MDGsの中にエイズが目標の一つとしてしっかり含まれている以上、MDGsは重要だが、エイズは重要ではない、などとは誰も言えない。MDGsが重要である以上、課題の一つに上っているエイズも重要だ、としていく必要がある。もちろん、MDGsに上っている他の課題も皆同じです。そのため、G8洞爺湖サミットの政策提言をして、「動く→動かす」(Stand Up, Take Actionの国内主催団体)を設立していくという流れになりました。

「MDGsは重要だが、エイズは重要ではないとはだれにも言えない。ほかの課題も同様だ。」

― 印象に残った仕事、感情がゆさぶられた瞬間を教えてください。

私の市民社会での活動のベースにあるのは、90年代初頭、エイズの問題に取り組む前ですが、日雇労働者の問題について取り組んでいたころのことです。私は、横浜市中区にある寿町という町で、日雇労働者の労働組合の医療班で事務局の責任者をしていたんですね。寿町は元町や横浜スタジアムからそれぞれ10分以内の場所にあります。そこに5-6000人の日雇労働者が住んでいるわけです。横浜市の、観光地に程近い場所で人が貧しさのために死んでいく。日本の高度経済成長を支えるために、単身で一生懸命、建設労働に従事していた人たちが50-60歳で体や精神をこわしていくという現実がありました。日本の日雇労働運動の中では、「黙って野たれ死ぬな」という言葉が受け継がれています。ただ死んでいくのではなく、立ち上がって自分たちの権利を主張しよう、という呼びかけなんです。そういった、当事者が自ら動いていくところが私自身の活動の原点にあります。

貧困の現実はものすごく難しくて多様です。貧困の外にいる人たちは、貧しい人々に対して、「貧しいけれど頑張っている人たちは応援したい」といいます。しかし貧困の現実はそんなに簡単ではありません。これは、横浜・寿町でも、南アフリカ共和国の大都市のスラムに行っても同じです。私たちは貧困者に勝手なイメージを投影して「頑張っていない奴は貧困になって当たり前」といったステレオタイプで見てしまいがちです。しかし、そんなことを許さない現実があるわけです。日本社会における貧困の中にじかに飛び込んで、当事者の運動にアクセスすることができたことが原点です。

「貧困の現実はものすごく多様で、外にいる人たちが貧しい人に期待する“貧困だけど頑張っている”とか、そんなことを許さない現実があるわけです。」

― キャンペーンに取り組む上でのモチベーションは何ですか。

私はもともと、恵まれた立場におかれ、その立場から「世界の貧困をなくそう」といって動いてきた人間ではありません。貧困の当事者に、より近い立場から政策提言やアドボカシーをしていく、そこがモチベーションです。自分たちがどこまで出来るのか挑戦することこそが原動力となります。貧困をなくそうというキャンペーンに「上からの視点」だけでなく、当事者の運動の視点をどう導入するか、どこまで追求できるのか、ということに挑戦したいという認識が強くあります。このMDGsの時代には、ともすると、「世の中を動かし、お金を動かし、貧しい人を救えるのは結局、お金持ちのエリートだけだ」というような雰囲気があり、また、それはある意味、現実のひとつではあります。そこにどう挑戦していくのか、というところに、私のモチベーションがあります。世の中の一方には、お金や権力、名誉があるからこそ世界の貧困をなくすことができる、といった考え方があります。そういったものもあっていい、しかし、他方で、厳しい状況にある人たちが自ら声をあげていくキャンペーンも必要です。キャンペーンは、様々なセクターから、より多くの人が参加し、多様で重層的であればあるほど意味がある。そうしたキャンペーンを作り出したいというのが私のモチベーションです。

「厳しい状況にある人たちが自ら声をあげていくキャンペーンにもっと力を注ぐ必要がある」

― 私たちひとりひとりが、世界の貧困をなくすために日々できること・心がけるべきことは何でしょうか。

人間の感情には二つの側面があると思うんです。いわゆる「良い」、ポジティブな感情 ―― 嬉しい、楽しい、いいことしよう ―― 、それから、通常はネガティブな方に分類される感情 ―― 怒り、つらい、苦しい ―― 、ですね。この二つがそろって初めて人間というものが成り立つわけで、世界の貧困をなくすためのキャンペーンでも、この両方が必要です。どちらか一方しかなければ、キャンペーンはゆがんだものになってしまう。しかし、わが国では、ともすると、こういうキャンペーンをやるときには、「いい人」になって、ポジティブな感情だけでやらなければならないと考えがちです。「電気を消そう」「物を大切にしよう」「いいことしよう」もちろん、これらは大変重要です。しかし、私は、逆にネガティブな感情を打ち消したり、否定したりするのでなく、貧困がもたらしている苦悩を共有し、貧困がもたらす厳しい現実に対して怒りを持ち、それを率直に表現することも同じくらい大切だと考えています。誰でも社会の矛盾に直面したことが一度や二度はあると思います。それを「ネガティブな、悪い感情だから忘れよう」とするのではなく、覚えておくこと。つらさ、苦しさを記憶しておくこと。それを、ただ単に自分の感情としてではなく、より普遍的なものに置き換えていく。なぜ貧困が放置されているのか、なぜ自分が、そして自分と関係のある人たちが辛い思いをしなければいけないのか、もう一歩踏み込んで考えることから、人間の行動は準備されると思います。自身の感情に素直になり、そこから貧困についてもう一歩踏み込んで考えていけば、自然と良いアクションにつながっていくのではないでしょうか。

un_interview_photo04

(インタビュアー:鎌田 綾/写真:山口 裕朗)