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人間の安全保障のアプローチ

人間の安全保障の適用

人間の安全保障は、各国政府と国民が直面する幅広い分野横断的な脅威に取り組むための動的かつ実際的な政策枠組みです。人間の安全保障に対する脅威は、各国の間だけでなく各国の国内でも、そして時期によっても大きく異なるとの認識から、人間の安全保障の適用には、人々を中心とする包括的、文脈特定的かつ予防的な観点から人間の安全が脅かされた状況の評価が求められています。このようなアプローチは、個人とコミュニティの安全や幸福に対する現状の、および生じつつある脅威に関心を集中させることに役立ちます。

人間の安全保障はさらに、ストレスの下に置かれた人々の具体的なニーズを明らかにすることにより、生存や生活、尊厳を脅かされた人々の日常生活に直接的な好影響を及ぼします。よって、人間の安全保障を前進させれば、脅威の根本的原因に包括的に取り組むさらに直接的かつ具体的な成果が生まれ、各国政府と国民の現実的なニーズ、脆弱性および能力に関する優先課題が特定されるとともに、国内、地域、国際レベルでの政策と対応のミスマッチの可能性が明らかになります。こうした要素を組み合わせれば、政府その他の主体による人間の安全保障支援活動を強化することに役立ちます。

人間の安全保障の適用は主として、保護(プロテクション)と能力強化(エンパワーメント)という相互補強的な2本柱に基づく政策枠組みによって推進されます。この政策枠組みの適用により、トップダウン型の規範、プロセスおよび制度と、自らにとって必須となる自由を定義、実現する主体としての人々の重要な役割を参加型のプロセスによって裏づけるボトムアップ型の特徴とを併せ持つ、包括的なアプローチが生まれることになります。

しかも、関係主体による対応をより整合的かつ効率的なやり方で統合することにより、人間の安全保障は、幅広い主体の比較優位を活用する統合的かつ包括的な対応を通じて、各国政府と国民の既存能力をさらに積み上げます。これによって、現地、国内、地域および国際レベルの間、ならびに、各レベルの主体間での資源、目標および責任の配分の一貫性が確保されるため、重複が排除され、集中的、協調的かつ費用効果的な対応が進むことになります。

最後に、人間の安全保障を最もよく守ることができる手段として、現在の、および生じつつある脅威への事前の予防的対処があげられます。個人とコミュニティに対する具体的な一連の脅威が、さらに幅広い安全を脅かしうる情勢へと発展しうるパターンを検討することにより、人間の安全保障は、現状の脅威による影響の軽減とともに、可能な場合には将来的な脅威発生の予防にも役立つ早期警報メカニズムの開発も促進します。

人間の安全保障を前進させる責任を担う主体

国民の生存、生活、尊厳を守る一義的な役割は政府が担います。同時に、最近の危機では、個別の政府がいずれも対応できない脅威があることも明らかになりました。こうした脅威は、政府、   国際・地域機関、市民社会とコミュニティ密着型主体の間で連携を強化する必要性を浮き彫りにしています。

また、特に現地に密着し、その現実に精通している主体は、前向きで予防的かつ持続可能な対応の策定において重要な役割を担うため、国際社会はこれを支援すべきです。同様に、地域機関と下部(サブ)地域機関も、支援の結集と集団的行動の前進に不可欠な役割を果たします。こうした主体は、各地域または現地の政治的なニュアンスや文化的感受性を熟知していることから、人間の安全保障を促進するうえで欠かせないパートナーとなります。

人間の安全保障の適用には、国連システムも重要な役割を果たします。安全保障、開発および人権への取り組みをそれぞれが任務として持つため、人間の安全保障の適用は、国連システム各所のノウハウを土台とするもので、国連に新たな活動の負担をもたらすものではありません。これは「ひとつの国連」という改革課題の前進に資するとともに、加盟国が約束した対応の文化から予防の文化への移行を支援するものでもあります。

人間の安全保障を前進させるための主な原則と枠組み

人間の安全保障は、保護と能力強化の枠組みを通じ、紛争の可能性低減、開発に対する障害の克服支援、および、すべての人権推進を図る人間中心型の包括的で文脈に応じた予防志向の措置を促進します。

人々が中心

人間の安全保障では、人々、特に最も弱い立場に置かれた人々の生存、生活、尊厳が深刻な脅威にさらされる幅広い状況を考慮に入れます。人間の安全保障には、総体として人々に平和、開発、人間の前進に向けた礎石を提供する政治的、社会的、経済的、環境的、軍事的および文化的システムの向上が欠かせません。

包括的

人間の安全保障は、特定の脅威が諸々の普遍的かつ相互に関連しあう自由(恐怖からの自由、欠乏からの自由、尊厳を持って生きる自由)にどのような悪影響を及ぼすかを把握することにより、包括的、多面的、協調的な対応を求めるものです。これによって、一貫性が確保され、重複が解消されるとともに、人々の日常生活をより効果的かつ具体的に改善する統合型の解決策が推進されます。

文脈に応じる

脅威の原因とあらわれ方は、各国の間だけでなく各国の国内でも、時期によっても大きく異なるとの認識から、人間の安全保障では、各地の現実に根差し、各国の政府と国民の現実のニーズ、脆弱性および能力に基づく解決策を推進します。

予防志向

人間の安全保障では、具体的な脅威の根本的原因を見据えながら、その影響の軽減と、可能な場合には今後の脅威の発生防止を助けるために必要な構造面(外的または内的)と行動面の変革を特定します。

保護(トップダウン)と能力強化(ボトムアップ)

保護と能力強化の枠組みは、特定の脅威に対する適切な対策の策定をさらに保証します。早期警報メカニズム、グッドガバナンス(又は、よき統治)および社会的保護の手段の確立を含むトップダウンの規範、プロセスおよび制度を、参加型のプロセスによって、各人にとって必須である自由および責任の定義と実現における個人の役割を強調するボトムアップ型の特徴と組み合わせることにより、人間の安全保障は現地の能力を改善し、社会的ネットワークを強化するとともに、資源と政策の配分における整合性を確保します。

人間の安全保障について詳しくは人間の安全保障ハンドブック人間の安全保障アプローチ適用の段階的手引きをご覧ください。

人間の安全保障には、活動手段としてどのような付加価値があるか

第1に、人間の安全保障は、個人とコミュニティの生存、生活および尊厳に対する広範な分野横断的脅威に焦点を絞り、人間の安全保障の前進こそが国家安全保障の基礎となるという、安全保障に対する考え方そのものの変更を求めます。

第2に、人間の安全保障は、国家の安全保障を補完し、人権を拡充し、人間開発を強化するアプローチであり、これによって平和、開発、人間の進歩を達成するために必要な条件が整うことになります。

第3に、人間の安全保障は統合的、多面的、包括的な方法で脅威に取り組みます。これは、危機の影響軽減に役立つだけでなく、さらに幅広く解決が困難な危機への拡大を抑えることにもなります。

第4に、人間の安全保障は、危機の原因とあらわれ方、および、その人々への影響を文脈に当てはめることにより、影響を受ける人々の現実のニーズ、脆弱性および能力を明らかにするとともに、集中的な優先づけがなされた解決策の策定を強化します。

最後に、人間の安全が脅かされる状況とは相互に連関しているため、人間の安全保障は、多様な主体のネットワークが有する比較優位を活用する動的な枠組みを提供します。これによって、一貫性が確保され、重複が解消されるとともに、現地、国内、地域および国際の各レベルで、総体としてはるかに大きな効力を有する協調的な対応策が推進されます。

人間の安全保障はどのような問題に適用できるか

人間の安全保障は、人々の生存、生活、尊厳を損なう複雑で多次元的な脅威に焦点を当てます。人間の安全保障は、現在の、および生じつつある幅広い脅威に適用可能です。人間の安全保障アプローチは国連人間の安全保障基金(UNTFHS)のプロジェクトを通じ、下記をはじめとする複雑な人間の安全が脅かされた状況に適用されています。

  • 脆弱な紛争被災コミュニティにおける平和と持続可能な開発への移行
  • 人身取引の被害者、および、その保護と能力強化
  • 気候変動関連の脅威の多次元的な影響への対応
  • 都市部での暴力と、その健康、教育、経済、個人およびコミュニティの安全保障への影響
  • 貧困の削減、社会的包摂および孤立したエリアでのコミュニティ密着型の開発
  • 健康関連の情勢不安の経済的、環境的および社会的要素

紛争予防と平和構築

UNTFHSのプロジェクトでは、治安の強化、基本的な社会サービスの提供とアクセスの改善、生活の再建、コミュニティの和解促進および紛争予防活動の拡充に注力しています。

プロジェクトで得られた主な教訓としては、下記があげられます。

  • 人々とコミュニティへどのように平和の報酬を分配するかに注力し、恒久的平和は恐怖、欠乏および疎外のない生活の実現によって確立しうることを強調することにより、人間の安全保障アプローチは人々のニーズに取り組む具体的な関与に向けた努力の再編に役立つことができます。
  • 国連と現地の幅広いステークホルダーが関与する多面的な戦略は、平和の定着と復興への移行に対する信頼を増大させるために必要な平和の配当を作り出すうえで、中心的な役割を果たしています。
  • 人間の安全保障に基づくニーズ、脆弱性および能力の分析は、より集中的、効率的かつ持続可能な優先順位設定の裏づけとなります。
  • この分析は、現地での当事者意識を育み、持続可能性の改善を促進する能力強化(エンパワーメント)戦略の基盤になります。

人身取引

UNTFHSプロジェクトでは、被害者とその出身コミュニティに対する人身取引の影響を和らげることをねらいに、文脈に応じた対応も進めています。

これらのプロジェクトから得られた主な教訓としては、下記があげられます。

  • 人身取引は家族を離散させ、社会的な絆をむしばみ、コミュニティの政治的、社会的、経済的、文化的側面を根底から損ないます。犯罪集団のネットワークは、暴力、犯罪、恐怖の環境を作り出すことによって、法の支配を蝕み、治安を悪化させ、コミュニティ全体の安全と発展を脅かします。
  • 人々とその生活条件を分析の中心に据えることで、人身取引の背景にある根本的原因をより包括的かつ集中的に評価できるようになります。人身取引は多面的な脅威であるため、これに対してはあらゆるレベルの分野横断的な連携によって取り組むことが最適といえます。
  • 必要な能力は保護と能力強化の枠組みを通じて改善されます。このことは特に、行動を変革し、人身取引の直接的影響を受けている人々がより明るい前途を思い描けるようにするうえで重要となります。

気候関連の脅威と自然災害または人為的災害

UNTFHSプロジェクトは、コミュニティが気候関連の脅威に対処し、立ち直ることのできる能力を強化すると同時に、食料、健康および経済面での安全が脅かされる危機に取り組み、現地および国内の対応メカニズムの開発を支援しています。

これらのプロジェクトから得られた主な教訓としては、下記があげられます。

  • 包括的かつ統合的なアプローチは、気候変動の社会、政治、経済および環境への影響の軽減に役立ちます。
  • 人間の安全保障分析は、人々の福祉を充実させ、持続可能性を確保することができる証拠に基づく保護と能力強化戦略の策定に有用な情報を提供します。
  • また、保護と能力強化の枠組みは、早期警報システムを改善したり、対策メカニズムの強靭性を高めたり、適応戦略の適合性を高めたりすることもできます。
  • コミュニティ密着型の能力強化への取り組みをスケールアップすれば、防災とリスク管理を国家開発戦略の中心要素として取り入れることができるようになります。

都市部の暴力

UNTFHSプロジェクトの中には、都市部の暴力と犯罪という複雑な課題に取り組めるよう、コミュニティの能力強化を図りつつ、治安の悪化に対応する現地と国内のメカニズムの能力を高めることをねらいとするものもあります。

これらのプロジェクトから得られた主な教訓としては、下記があげられます。

  • 暴力や犯罪を減らすためには、治安、貧困、教育、健康、社会的一体性など、制度とコミュニティのレベルで多数の相互に関連する要因に対応できる統合的かつ多次元的なアプローチが必要です。
  • 人間の安全保障アプローチでは、参加型プロセスを推進することにより、多様なステークホルダー間のネットワーク育成を支援します。これによって、政府と国民との間の対話を活発にし、信頼感と市民の関与を高めることが可能になります。
  • 人間の安全保障アプローチでは、暴力と犯罪の根本的原因に取り組み、リスクにさらされたコミュニティ構成員によるプラスの貢献をさらに一歩進める予防行動の重要性を強調しています。

貧困削減、社会的包摂およびコミュニティ密着型の開発

UNTFHSプロジェクトは、具体的な文脈で貧困の多様な側面を考慮するだけでなく、不平等な処遇、または、金融・経済の低迷や自然災害など突然の危機から生じている貧困状況にも集中的に取り組んでいます。

これらのプロジェクトから得られた主な教訓としては、下記があげられます。

  • 社会的に疎外されたコミュニティは、慢性的な貧困状態に陥りかねません。社会サービスや経済的機会へのアクセスの不平等を野放しにすれば、社会不安が生まれ、コミュニティ間の緊張が高まるおそれもあります。
  • 貧困による影響の差異に対する理解を深めれば、人々の現実のニーズと脆弱性により見合った政策の推進に役立つ可能性があります。
  • 包括的で一貫性のある政策と行動は、貧困削減戦略に役立ちます。これによって、重複が最小限に抑えられ、国際、国内、現地の各レベルで取られる行動の効果が加速されます。
  • 現地や市町村、各国の当局による強い関与に、地域社会の能力を育成する措置を組み合わせれば、プラスの対応の持続可能性と制度化を支援できます。これらは貧困の削減に役立ち、持続可能な経済成長を促進するとともに、今後の課題に対するコミュニティの長期的強靭性を高めます。

健康と関連の課題

UNTFHSプロジェクトでは、貧困、避難、暴力、環境、劣悪なサービス・衛生インフラなど、多くの要因が重なり合って最も弱い立場にある人々に及ぼす影響にも取り組んできました。

これらのプロジェクトから得られた主な教訓としては、下記があげられます。

  • 人間の安全保障アプローチは、多次元的分析を促進することにより、健康を悪化させる数多くの要因を明らかにします。これは、部門を横断する統合的な対応策の策定強化に役立つだけでなく、各主体の比較優位を活用することで、より集中的、効率的かつ費用効果的な対応策の実現を図るものでもあります。
  • 保護措置には、早期警報・対応メカニズムの開発によって健康関連の脅威を予防、監視、予測するとともに、健康関連の課題を特定、管理するための準備態勢を整えるというねらいがあります。
  • エンパワーメント措置には、保健医療制度の改善、保健専門職員の養成、国民の教育と動員、および、最も弱い立場に置かれた人々も対象とできる現地レベルの健康保険制度の開発が必要となります。