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国連グローバル・コンパクト・ボードメンバー/グローバル・コンパクト・ジャパン議長 有馬 利男 さん

今回ご紹介するのは、国連グローバル・コンパクト・ボードメンバーであり、グローバル・コンパクト・ボードジャパン議長としてご活躍されている有馬利男さんです。企業が国連グローバル・コンパクトに参加し、持続可能な企業経営と企業理念を実現することの意味についてお話しいただきました。世界的枠組みであるグローバル・コンパクト(GC)に対する有馬さんの思いを感じて頂ければと思います。

プロフィール

1967年国際基督教大学教養学部卒業。1967年富士ゼロックス(株)入社。1996年同社常務取締役、Xerox International Partners社長兼CEOを経て、2002年富士ゼロックス(株)代表取締役社長へ就任。2007年取締役相談役、2008年より現職。

 

先ず、有馬さんの視点でグローバル・コンパクト(GC)とはどういうものか教えてください。

GCとは簡単にいうと、国連と民間企業が手を結んで、世界の健全な発展を進めていこうというものです。GCの行動理念を定めた10原則は、人権、労働、環境、および、腐敗防止という4つの領域から生まれています。これは、国連の基本的な目的である平和と基本的人権の尊重と合致していて、この10原則の理念をもとに、皆で発展していこうというのがGCです。体制・構造については、国連事務総長の強いリーダーシップにより進められており、組織的にも推進母体であるGCのオフィスが事務総長室の中にあります。また、全体の方向性を議論し、アドバイスをするGCボードがあり、これは事務総長が務める議長と、民間から10名、そして様々な組織の代表の10名で構成されています。

その民間からのボードメンバー10名のお一人として、有馬さんが参加されているということですね。

はい。アジアからは、日本、中国、韓国、インドから合わせて4人で、私がその1人です。また、国連GCの傘下で、具体的な活動を展開しているローカル・ネットワークが90ヶ国を超え、全世界の加盟団体数も1万に届いたということが、今年6月にニューヨークで開かれたリーダーズサミットで、パン・ギムン国連事務総長から報告されました。

GCジャパンネットワークの歓迎レセプションで有馬議長とパン・ギムン国連事務長
(写真提供:グローバル・コンパクト・ジャパンネットワーク)

90年代にはいってグローバリゼーションが急速に広がり、多くの企業が世界で様々な事業を拡大してきました。これは、世界の成長を促しました。このような良い側面がある一方、大量の自然破壊、児童労働、劣悪な労働条件、差別など、たくさんの問題が生じ、90年代後半には非難のデモや不買運動などに繋がっていきました。企業の行動が社会へ与える影響が大きくなる一方、企業活動は民間の組織が行うことであり、国の集まりである国連としてできることが限られていました。これが、国連が民間と手を組む必要が生まれた一つの大きな理由です。

そして、もう1つ大きな理由があります。1989年のベルリンの壁崩壊を境目として冷戦が終結した後も、民族や宗教による争いが続き、そこから貧困や難民、病気の蔓延といった様々な問題が社会に深く根をはりました。国連はピースキーピング(平和維持活動)といった任務を行う一方、一旦破壊された社会、経済を立ち上がらせるためには、民間の協力が必要と判断したのです。これら2つの大きな理由から、1999年のダボス会議でアナン前国連事務総長がGCを提案したという歴史的背景があります。

国連だけではなく、民間の力がより必要になってきたというお話がありましたが、民間企業にとって社会的責任を果たすことの動機は何でしょうか。

企業が社会的責任(CSR)に取り組む動機は、主に3つあると思います。1つ目はコンプライアンス(法令順守)。ルールをしっかりと守るということ。2つ目は企業のレピュテーション(評判)。社会に関心を持っている、正しいことをしているという企業イメージやブランドを動機としたもの。そして、3つ目は、環境や社会問題の改善に貢献する、商品やサービスの提供を行うことは、企業自身のビジネスの成長に貢献するという、ポジティブな考えを動機としたものです。

「この3つのバランスをとりながら高いレベルで推進できる企業をサステイナブルな企業である、と私は思います。」

現状、日本からの参加企業については、大手企業が多く見うけられますが、今後、中小企業の参加数を増やすということは考えられるのでしょうか?

もちろんです。現在、120の加盟団体があるのですが、そのうち8割以上がいわゆる大手企業です。世界全体では、GC加盟企業の約50%が中小企業です。ですから、日本はユニークな状況にあり、まだ大きな機会が残っているということです。では、中小企業の参加をどう促すか。一つは、中小企業が持つ色々な懸念を解消し、報告書の提出についてなど、負担のかからない方法を提案していこうと考えています。

もう一つは、グループ企業へのアプローチです。いわゆる子会社や関連会社にも加盟のお願いをします。さらには、メーカーに部品を納入している企業や、パートナー企業といったサプライチェーンにも拡大することを考えています。商品を作る際に、サプライヤーが欠陥のある部品を納入すると、最終商品で発生した欠陥は販売元の企業の責任となり、大変な被害を受けるわけです。過去のナイキの例としては、サッカーボールを作っていた東南アジアのサプライヤーが違法な児童労働を行っていました。当初、ナイキ自身は、これはサプライヤー側の問題であり自分達の問題ではないと主張しましたが、世界の世論はそれを許しませんでした。最終的にナイキは今、素晴らしいCSRの実践をしています。こういった経緯の中で、サプライヤーの問題は自社の問題であるという考え方が今日の企業の間で根付いています。さらには、製造、販売、サービスといった一連のバリューチェーン全体にCSRの概念を広め、GC加盟を進めていくことが可能だと思います。

「一つの価値を創造する中心の企業があり、そこにサプライ(供給)する側から販売する側まで、たくさんの中小企業が絡んでいます。それら中小企業に、今後GCを広め、さらにGCを発展させていく大きな機会が残っています。」

日中韓ラウンドテーブル会議
(2010年8月、中国上海市)
(写真提供:グローバル・コンパクト・ジャパン・ネットワーク)

一連のバリューチェーンに関わる企業が、海外の企業である可能性も高いと思います。日本の大手企業が海外から部品を入荷したり、海外で販売をしたりする場合、これらパートナー企業に対しても、GCへの参画を促すことも考えられるのでしょうか。

その通りです。ブラジルにペトロブラスという、世界でもトップクラスの石油会社がありますが、そこはGCの活動にも熱心です。海外の現地法人に対してもGCに加盟するよう促しています。実際、日本にある現地法人も加盟してくれました。逆に、日本企業が海外の現地法人に加盟を促進するということも、当然あります。富士ゼロックスではベトナムの販売会社が現地のGCに加盟しています。

CSRを促進するために、Fuji Xeroxが行っている活動の例を教えていただけますか?

先ず、Fuji Xeroxとして、2007年からCSR調達の全面展開を始めました。中国では多くのサプライヤーさんの工場があります。当社のCSR担当者と現地の担当者は、労働環境について直接話しを聞き、ワーカーさんたちの安全、教育、人権問題を含めた心身の健康の向上・改善に取り組んでいます。労働環境の改善や労働者への教育提供は、商品の品質向上やコスト削減に直接繋がります。

また、長年行っているのが、リサイクルです。1995年に正式に始動させる以前は、希望されるお客様から商品回収を行う以外、特にリサイクルは行っていませんでした。しかし、無責任な産業廃棄物処理会社が、回収した機械やカートリッジを山奥に捨ててしまうケースもたまに見受けられました。不法投棄したのは我々ではありませんが、「Fuji Xerox」という会社名がそれら回収品には載っています。世界中でこの様な事例は起こりました。1992年のリオデジャネイロサミットから環境への問題意識が急速に高まりましたが、1993年頃、ヨーロッパにある親会社の工場がリサクルをスタートしたことに刺激を受けて、Fuji Xeroxもやろうと行動に移しました。生産して送り出す方を動脈物流とすると、戻す物流である静脈物流、すなわち循環型の生産システムという新しい方式を作らなくてはなりませんでした。回収したものを分類、分解する作業はとても手間がかかり、正直、新しい部品を買って組み立てて販売した方が早くて安価でした。1995年に始動してからの8年間は赤字でしたが、2003年にやっと黒字になりました。

効率性の向上やリサイクル商品の物流が増加したことによって黒字へと転換したのですか?

そうですね。例えば、商品のねじ山は一度使用すると崩れることがあります。商品を再利用するために、我々は予めもう一つ余分にねじ山を作ってしまいます。つまり、リサイクル用の商品企画や設計を最初から入れ込んでいます。その様な工夫により、3回までリサイクルが可能な商品もデザインしました。私たちは試行錯誤して、リサイクルが手間のかからない、もっと早く、安くできるものにしたのですが、その過程で200件のパテントが生まれました。つまり、不当廃棄対策が黒字ビジネスとイノベーションのきっかけになったのです。現在では、リサイクルは我々業界のデファクト・スタンダード(業界標準)となっています。リサイクル活動はお客様からの信頼を高め、差別化要因としてマーケティング上でパワーにもなります。同時に、リサイクルを通じて年間25,000トンのCO2を削減しています。そういう意味で、リサイクルは経済性と社会性の統合になっているのです。2004年にはタイにリサイクル工場を建設し、オーストラリア、ニュージーランドを含めたアジア全域で、それから2008年には上海の郊外にリサイクル工場を作って、中国全域でリサイクル活動を促進しています。

「苦労はつきものですが、試行錯誤とたゆまぬ努力からイノベーションが生まれます。」

GCの活動を継続的なものにするためには、参加企業はどのような理念をもって参加することが重要ですか?

大きく分けて2つあります。1つ目は、GCに加盟することの意義を認識していただく必要があるということです。加盟して得るメリットも重要ですが、同時に企業として社会に貢献するきっかけを見つけることが大切です。多くの企業が経営理念として、事業活動を通した社会への貢献や世界の平和と安定、繁栄への寄与を掲げています。それを実現させるための場として、GCは最も適切な場所だと思います。経営の根幹である社員が、GCの加盟によって、社会に貢献できる実感や喜びを感じられるということが、企業全体のモチベーション向上にも繋がります。このように相互に利益があるということを、経営者の方々に理解していただくことが、GCを持続可能にする重要な要素です。

2つ目は、GCを持続させるために意識的に行っている活動があります。それは次の世代を担う若手経営者の育成のために「明日の経営を考える会」を立ち上げました。会は10名程度のメンバーから成り立っていて、企業の経営者から指名された人達で構成されています。
若手と言っても、組織の中の執行役員とそれに近い人たちです。このトップ層の人たちに、CSRの概念を明確に理解してもらい、それを経営の中に「統合」してもらいたいと考えています。コンプライアンスやレピュテーションに比べて、CSRを経営に統合していくことは非常に難しいのが現実です。若手トップ層にCSRを学び、会社をリードしてもらうことにより、GCの活動は繁栄することが期待されます。さらに少し若い層を私はリーダー層と呼んでおりますが、このリーダー層が集まって、CSRについて議論し、活動するための「分科会」を2008年に発足しました。当初3つだった分科会が、今では10の分科会へと年々増えております。

「社会に貢献しているという実感が、組織の一体感を強めていきます。」

今年ちょうど発足から10年の節目ですが、この10年の成果は何でしょうか?

私の個人的な観察ですが、2つの面があります。1つは量的な面で、加盟団体やローカル・ネットワークが飛躍的に増えたということです。2000年にGCがニューヨークで発足した当初は約50であった加盟団体数が、今では1万に達し、ローカル・ネットワークも90カ国を超えました。次に質的な面では、GCの10原則が制定されて以来、専門家が各原則の問題を掘り下げ、今後の課題が次第に浮き彫りとなってきました。それら課題解決に向けた活動を、民間企業が行うためのガイダンス(指針)や、有用なツールを生み出すことが今では可能です。また、ビジネススクールが集ってCSRをカリキュラムに取り込んでいこうという活動や、水、気候変動などの課題解決のための活発なInitiativeが動いています。つまり、理想の掲示から、具体的な活動の実現へと発展した10年間でした。しかし、一つ改めて申し上げておきたいことは、GCの10原則は、基準でも資格制度でもありませんし、もちろん罰則もありません。GCの理念実現にむけた活動の中で、成果と課題について年1回報告をする。それだけなんだということです。

「さらなるGCの発展のため、その理想に向かってみんなで努力をしていかなくてはと思っています。」

最後にこのUNインタビューシリーズを読んでくださっている方々へのメッセージをお願いします。

GCは、国連と企業や学術機関、行政、NGO、協会など多くの皆さんと手を組んで、GC10原則の実現に向けて、これからも一層の努力をしていくつもりです。GCの目標は皆さんのお力添えがないと達成ができないものです。皆さんのご協力と温かいご支援をこれからも是非よろしくお願い致します。

(インタビュアー:佐野 綾子/写真:山口 裕朗)