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中央・東アフリカ出典「国連の基礎知識」

国連中央アフリカ地域事務所(United Nations Regional Office for Central Africa: UNOCA)」は、2011年3月、まず2年間の期限でガボンのリーブルビルに設置された。平和を確立し、潜在的紛争を予防する目的で加盟国や小地域機関を支援する。UNOCAの主な使命は、小地域において、事務総長に代わって、とくに紛争予防や平和構築の領域で周旋、その他の任務を行うこと、中部アフリカ諸国経済共同体(ECCAS)、その他の地域機関と協力し、または支援して平和と安定を促進すること、地域の平和と安全に関連する問題について事務総長に助言する国連政治局(DPA)の能力を強化すること、統合された、小地域的アプローチを促進する目的で、国連の他のパートナーの活動とのリンケージを高めること、などである。UNOCA所長は、アボ・ムーサ(チャド)国連事務総長駐アフリカ特別代表である。特別代表は、UNOCAが取り組むべき6つの優先事項を以下のように確認している。

  • 早期警戒、その他の領域での能力を確立できるように地域機関、とくにECCASに技術援助を行う。
  • 小地域において紛争防止のために平和的な危機管理と周旋の利用を育成するための調停努力を支援する。
  • 「神の抵抗軍(Lord's Resistance Army)」と闘う国連および地域の活動を調整する。
  • 小地域の安定への脅威と見なされる若者の失業問題に対する取り組みを支援する。
  • 小地域の国境問題を解決し、ギニア湾の海賊行為の取り締まりや海上での安全を確保するために地域の、統合された、戦略的なアプローチを促進する。
  • 「国連中央アフリカ治安問題常設諮問委員会(UNSAC)」を支援する。UNOCAが2011年5月以来UNSACの事務局を務めている。

2012年8月、安全保障理事会はUNOCAの任期を2014年2月28日まで延長した。

スーダンと南スーダン

スーダンは1956年1月1日の独立以来、何年にもわたって続く内戦に耐えてきた。1983年に内戦が始まった段階では、政府と南部の主要な反政府運動である「スーダン人民解放運動・軍(Sudan People's Liberation Movement/Army: SPLM/A)」が資源や権力、国家における宗教の役割、自決の問題について闘っていた。2005年1月に南北包括和平合意(Comprehensive Peace Agreement: CPA)が署名されるまでに、200万人以上の人々が死に、400万の人々が避難を余儀なくされた。およそ60万の人々が国外へ逃亡した。その和平合意のもとに、暫定機構が6年半の統治を行い、ついで、国連監視による住民投票を行って、南部スーダンの人々がスーダンとの統合もしくは分離を決めることになった。

2005年3月、安全保障理事会は、国連スーダン・ミッション(United Nations Mission in the Sudan: UNMIS)を設立した。任務は、CPAの実施を支援し、人道的援助や難民、国内避難民の任意の帰還を助け、かつその調整を図り、地雷除去について当事者を支援することであった。また、人権の擁護と促進を行い、とくに弱者に特別の注意を払いながら、文民を保護することも求められた。2005年9月、国民統一政府が樹立された。

2011年1月、南スーダンで、スーダンの一部として残るか、それとも独立するかについて住民投票が行われた。南スーダン住民投票委員会(SSRC)は住民投票を組織し、国連は住民投票の準備について技術的支援や後方支援を行った。圧倒的多数の投票者――98.8パーセント――が「独立」に賛成投票を投じた。アフリカ連合と政府間開発機構(IGAD)の監視団は、プロセスは自由公正であった、と宣言した。7月9日、CPAによる暫定期間が失効することを受けて、南スーダン共和国は独立国家として」宣言された。サルバ・キール大統領は就任を宣誓し、南スーダンの移行憲法に署名した。

UNMISの任務も7月9日に終わった。同日安全保障理事会は「国連南スーダン共和国ミッション(United Nations Mission in the Republic of South Sudan: UNMISS)」を設立した。ミッションの任務は、政府が効果的かつ民主的に統治し、近隣諸国との良好な関係を確立するのを助ける。UNMISSは7,000人の軍事要員、900人の文民警察、その他適切な文民部門で構成される。

2011年10月7日、総会は193番目の加盟国として南スーダンの国連加盟を承認した。未解決の問題に関する南スーダンとスーダンとの交渉は、AUハイレベル履行パネルの主導のもとに続けられた。2012年8月、国境地帯での暴力行為が実質的に増えて両国間の関係は悪化した。対立は4月10日さらに拡大し、SPLAは豊かな油田地帯ヘグリグを占拠、占領し、スーダンの石油生産は50パーセントの減産となった。国連も含め、国際的な圧力を受けて、南スーダンは4月20日、SPLAはヘグリグから撤退すると発表した。

2012年7月、安全保障理事会はUNMISSの期限を2013年7月15日まで延長した。

アビエイ

2010年末、南部スーダンの自決に関する住民投票に関連して、スーダンのアビエイ地域で緊張が高まった。こうした緊張は2011年1月初めには一連の暴力事件にまで発展し、北と南では軍の増強となった。南スーダンの一部となるかについてアビエイ地区でも同時に行われる予定であった住民投票は、境界線の画定や居住の問題のために延期された。2005年の包括的和平合意(CPA)の当事者は、2011年1月のカドグリと3月のアビエイ合意の中で暫定的な治安の取り決めについて合意した。しかし、これらの合意は十分に実施されず、4月、5月には多くの事件が当事者や代理人の間に発生した。治安情勢はさらに悪化し、5月19日には南部の警察が管理するドクラでスーダン軍(SAF)合同統合部隊を輸送中のUNMISコンボイが攻撃を受けた。5月21日、SAFがアビエイの街を占拠したことに続き、スーダン政府はアビエイ行政機構を一方的に解散させた。暴力行為が拡大し、10万人以上の人々が南部へ逃れた。

6月、スーダン政府と「スーダン人民解放運動(SPLM)」は、「アビエイ地域行政・治安暫定措置に関する合意(Agreement on Temporary Arrangements for the Administration and Security of the Abyei Area)」に署名した。合意は、SPLMが任命する行政官とスーダン政府が任命する次官が共同で率いるアビエイ地域行政府及びアビエイ合同監視委員会の設立、新たな合同軍事監視委員会が監視する同地区からすべての武装勢力の撤退と完全な非軍事化、アビエイ警察の設置を規定している。国連は、地域の取り決めを支援し、治安を確保する暫定的な治安部隊を派遣するように求められた。

2011年6月11日、安全保障理事会は「国連アビエイ暫定治安部隊(United Nations Interim Security Force for Abyei: UNISFA)」を当初6カ月の予定で設立した。任務は、アビエイ地域からSAFとSPLAの再配置を監視し、検証すること、関連するアビエイ機関に参加すること、地雷除去支援と技術的アドバイスを提供すること、人道的援助の輸送を可能にすること、アビエイ警察の能力を強化すること、警察との協力で石油インフラの安全を提供すること、であった。6月29日、当事者は「国境警備・合同政治治安メカニズムに関する合意(Agreement on Border Security and the Joint Political and Security Mechanism)」に署名した。これは、安全かつ非軍事化された国境地帯を設置することを決めたものである。同時に、当事者は国際国境監視検証ミッションを保護するようUNISFAに要請した。12月、安全保障理事会はUNISFAの任務を拡大し、国境の正常化プロセスを支援する任務を含めることにした。

2012年5月、理事会は、残りのすべての軍事・警察要員をアビエイ地域から移動させるようスーダンに要求し、またスーダンと南スーダンがアビエイ地域行政機構と警察の設置を最終化することも要求した。11月、理事会はUNISFAの期限を2013年5月31日まで延長した。

ダルフール

民族的、経済的、政治的緊張がわずかな資源に対する争いと結びつき、ダルフールでの暴力にさらに油を注ぐことになった。政府、スーダン解放運動・軍(Sudan Liberation Movement/Army: SLM/A)、「 正義と平等運動(Justice and Equality Movement: JEM)」やアラブ系遊牧民民兵組織「ジャンジャウィード(Janjaweed)」、その他の民兵を巻き込んだ3年に及ぶ激しい闘争が続いた後、アフリカ連合(AU)の努力によって、2006年5月、ダルフール和平合意が署名された。これは権力の配分、富の配分、包括的停戦、治安取り決めを取り上げたものであった。全紛争当事者が出席したが、合意に署名したのは政府とSLM/Aだけであった。2006年8月、安全保障理事会はUNMISの任務を拡大してダルフールへの展開を可能にした。しかし、スーダン政府は国連平和維持要員の同地域への展開に反対した。数カ月に及ぶ交渉を経て、2007年7月、安全保障理事会は「ダルフール国連・AU合同ミッション」African Union‒United Nations Hybrid Operation in Darfur: UNAMID)を設立し、ダルフール情勢を包括的に取り上げさせることにした。これは、国連が関与する初の合同部隊で、これまでで最大の国連平和維持活動となった。

2007年4月、国際刑事裁判所(ICC)は人道に対する罪と戦争犯罪の罪で元内相とジャンジャウィード民兵リーダーに逮捕状を発行した。スーダン政府の立場は、ICCはスーダン市民を裁く管轄権はなく、2人をハーグの当局へ引き渡すことはしない、というものであった。2008年、ICC検察官は、戦争犯罪と人類に対する罪の容疑でスーダン大統領を訴追し、2009年3月に逮捕状が出された。2010年7月、大統領はさらに集団殺害の3つの訴因で起訴された。

UNAMIDの完全な展開は、政府の協力欠如と部隊や警察要員の派遣準備の遅れ、それに同地域に固有の膨大な後方支援の問題などで遅れた。しかし、その資源が限られているにもかかわらず、ミッションは市民を保護し、人道的救援活動を容易にし、そして平和が根付くような環境を提供してきた。政府軍と反政府軍との衝突の再開や部族間の戦闘によって人道状況は悪化した。国連・アフリカ連合の合同平和維持要員に対する攻撃や国連スタッフや援助要員の誘拐や不当な取り扱いなど、事態はさらに悪化した。

2011年7月14日、スーダン政府と「自由・正義運動(Liberation and Justice Movement)」はプロトコル合意に署名し、「ダルフール和平に関するドーハ文書」を受け入れることに合意した。文書はダルフールの包括的和平プロセスの枠組みを提供するもので、権力の分配、富の配分、人権、司法、和解に関連した問題など、対立の根本原因やその影響などの問題に対処している。UNAMIDは技術的な専門知識を与え、文書がすべての当事者に受け入れられるように努める。また、まだ文書に署名していない運動に対して署名するよう働きかける。文書が求める「停戦委員会」の議長を務め、ドーハ(カタール)の「実施継続委員会」に参加する。事務総長は、スーダン西部で8年にわたって続いた闘争を終わらせる基礎となるものだとして「ドーハ和平文書」を歓迎した。

2012年7月、安全保障理事会はUNAMIDの駐留期限を2013円7月31日まで延長し、治安の脅威がもっとも高いダルフール地域を重視できるようにミッションの兵力の再編成を行うようにとの事務総長の勧告を承認した。

ソマリア

1991年に政権が打倒されて内戦状態に突入して国土が敵対する部族間の領地に分割されて以来、ソマリア国民は無政府状態の中で生活してきた。国連の禁輸に違反して武器や弾薬、爆発物が国境を越えて自由に持ち込まれた。事務総長開催の会談によって首都モガディシュで停戦が成立したことを受けて、安全保障理事会は、1992年4月、「国連ソマリア活動(UNOSOM I)」を設立した。任務は停戦を監視し、国連要員、装備、備品の保護と安全を提供し、人道援助の輸送を護衛することであった。しかし、治安状態が悪化したことから、理事会は12月、人道援助物資の安全な輸送を確保するために、「統一タスクフォース(UNITAF)」を設立する権限を加盟国に与えた。1993年3月、理事会はUNOSOM IIを設立すると同時に、平和を回復するというUNITAFの活動を終了させた。しかし部族間の闘争は激化し、UNOSOM IIは1995年3月に撤退した。

1995年4月、事務総長は「国連ソマリア政治事務所(UN Political Office for Somalia: UNPOS)」(unpos.unmissions.org)を設置した。UNPOSは、事務総長がソマリア指導者、市民団体、関心ある国家や機関との接触を通して平和と和解を進められるように支援する。UNPOSはジブチ・イニシアチブを支援した。そのイニシアチブによって2000年に「暫定国民政府」が樹立されたが、その権限について南部のソマリア指導者や北東部の「プントランド」の地域政権、北西部の「ソマリランド」が異議を唱えた。

2002年、政府間開発機構(IGAD)主催の国民和解会議が開かれ、敵対行為の停止と国民和解プロセスを規制する組織と原則に関して合意が生まれた。2004年、ソマリアの指導者たちは2つの暫定連邦機関(Transitional Federal Institutions: TFIs)、すなわち「暫定連邦政府(TFG)」――国際的に認められたソマリアの連邦政府――と「暫定連邦議会(TFP)」の設立に合意した。TFGとTFPは、同じく2004年に採択された暫定連邦憲章に規定された。憲章は新憲法の制定に向けた5年の任期と国政選挙による代議政府の樹立までの移行であると説明している。2004年10月、「プントランド」大統領のアブドゥラヒ・ユスフ・アーメドがソマリア暫定連邦政府(YFG)の大統領に選出された。25人の大統領候補全員が彼を支持し、それぞれがその民兵の武装解除を行うと約束した。しかし、2006年5月までには「平和の回復と反テロリズムのための同盟(Alliance for the Restoration of Peace and Counter‒Terrorism)とシャリア法廷の重装備の民兵がモガディシュで戦闘を続けた。7月にイスラム法廷に忠実な勢力がバイドアへ向かって前進した。

2006年12月、安全保障理事会は、ソマリアで保護・訓練ミッションを設立する権限をIGADとアフリカ連合加盟国に与えた。モガディシュの激しい戦闘を避けて何十万人もの人々が逃げ出したことから、安全保障理事会は2007年2月、「アフリカ連合ソマリア・ミッション(AMISOM)」を設立する権限をアフリカ連合に与えた。AMISOMは、IGADミッションに代わるもので、安全で安心できる環境を作るという任務を果たすために必要なあらゆる措置を採る権限を与えられた。それ以来理事会はAMISOMの権限を繰り返し延長し、将来の国連の活動に備えて対応計画を進めることを承認した。2009年、国連AMISOM支援事務所(United Nations Support Office for AMISOM: UNSOA)がナイロビに設置され、アフリカ連合の作戦に後方支援と技術的支援を提供することになった。2010年後半まで、潘基文事務総長は、治安状況から判断して、国連ミッションの展開は実行不可能だとの考えを支持した。こうしたことから、国連はTFGと反政府グループとの間の対話を奨励し、AMISOMを強化することに力を入れた。

2006年、イスラム法廷会議(ICU)は南部の多くを占拠した。暫定連邦政府は、エチオピア部隊とアフリカ連合の平和維持要員の助けを借りて、ICUを追い出した。ICUは様々な勢力に分裂した。アル・シャバブを含む過激派は再編成され、暫定連邦政府に対して暴動を再開し、またエチオピア軍の駐留に反対した。2008年までにアル・シャバブはバイドアをはじめ、主要な地域を掌握した。2008年12月、アブドゥラヒ・ユスフ・アーメド大統領が辞任した。翌年の1月、シャリフ・アフマドが大統領に選出され、オマル・アブディラシド・アリ・シルマルケが首相に選ばれた。同じ月、エチオピア部隊が撤退した。アフリカ連合の部隊に支援された暫定連邦政府は2009年2月に反撃に転じ、南部を奪い返した。戦闘は2010年を通して続けられた。

紛争の結果、ソマリアの沿岸沖には海賊が急増した。安全保障理事会は海賊に対処するための決議を何回か採択し、2008年には、多国籍連合がアデン湾に海上安全パトロール海域を設定した。海賊行為は2011年に最高のレベルに達したが、2012年には国際社会と民間部門との共同の努力によって減少した。

アル・シャバブに対する大規模な武力攻勢は2011年2月に始まった。AMISOMの支援を受けた暫定連邦政府(TFG)軍はモガディシュの大部分を掌握した。8月半ばまでにTFGは首都の9割以上を掌握した。こうした事態の好転を受けてソマリア担当事務総長特別代表は2012年1月24日にモガディシュの事務所に移動した。

ソマリアの8年に及ぶ政治的移行は、2012年1月24日の新しい連邦議会の設立に伴って成功裏に終了した。議会は、ハッサン・シェイク・モハムドを大統領に選出した。UNPOSは周旋を行い、移行期を終わらせるために必要な政治的支援を行った。脅しや妨害の報告があったものの、ソマリアの過去20年に及ぶ危機の中でもっとも透明かつ国民を真に代表する議員選挙が実施された。また、これは国内で実施された最初の選挙でもあった。それにもかかわらず、モガディシュの治安は、改善はされたものの、予測できないものであった。ソマリア国家治安部隊とAMISOMは同市に対する支配を維持したが、アル・シャバブの攻撃はしばしば行われた。

2013年3月、安全保障理事会はAMISOMの期限を2014年2月28日まで延長する権限をAU加盟国に与えた。ミッションの任務は、アル・シャバブや他の武装勢力が与える脅威を軽減し、アル・シャバブから取り戻したすべての地域に国家権力を拡大すること、連邦政府と平和・和解プロセスにかかわる人々を保護すること、人道援助に必要な治安状況を作り出せるようにするなどで連邦政府を支援することである。理事会は、UNPOSがその任務を完了したことを受けて解散させ、それに代わって事務所をできるだけ早く新しい、拡大された政治ミッションに替えるべきだとの事務総長の評価に同意した。5月、安全保障理事会は、UNPOSの任務が6月2日に終了することを受けて、とりあえず、1年間の予定で「国連ソマリア支援ミッション(United Nations Assistance Mission in Somalia: UNSOM)を設立することに決めた。任務は、連邦政府の和平・和解のプロセスを支援するための周旋を行うこと、連邦政府とAMISOMに対して戦略的な政策アドバイスを提供することである。UNSOMは、連邦政府が国際援助や支援を調整できるようにし、かつ、人権と女性のエンパワーメント、子どもの保護、紛争に関連する性やジェンダーに基づく暴力、司法の領域でその能力を確立できるように支援する。また、ソマリアにおける人権や国際人道法の乱用や侵害、それに子どもや女性の虐待について監視し、調査し、かつ防止し、理事会に報告する。