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「人権デー2013」第6回
東日本大震災で被災した障害者への支援
~日本障害フォーラム(JDF)宮城事務局長 兼 みやぎ支援センター責任者 株木孝尚(かぶき たかなお)さん~

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株木 孝尚 さん
東京都生協連会館 きょうされん
事務局にて

東日本大震災後に、被災地の障害者の声に耳を傾けながら細かく支援を行っている人がいます。国や行政から提供される支援とは別に、宮城県の仮設住宅に暮らす障害者の方々に聞き取りに基づいて支援を行っている日本障害フォーラム(JDF)の株木孝尚さんです。日本障害フォーラム(JDF)は、日本における国連の障害者権利条約の推進、および「障害者基本計画」をはじめとする国内の障害者施策の推進を行っている団体です。

「東日本大震災では、宮城県の健常者の死亡率に対する障害者の死亡率は2.5倍でした。障害を持つ方々は、災害・緊急時に情報が伝わりにくく、身体障害のために避難が困難な場合もあります。たとえ大きな災害を生き延びて仮設住宅へ入っても、健常者と比べるととても苦労しています。2011年に東北を襲った震災の教訓を活かし、これを機に障害を持つ人々を含む誰もが安心して地域で暮らせるようになるのが、私の願いです」と、株木さんはその思いを語ります。

株木さんが、障害者を支援する仕事を始めたのは40年前のことです。肢体不自由の生徒の特別支援をする船岡養護学校の工業科の開講に教員として携わったのがきっかけです。以降、社会福祉施設「はらから福祉会」の理事を務めるなど、長年にわたって障害者支援に関わっています。特に2011年3月11日に起こった東日本大震災後は、深刻な被害を受けた宮城県の障害者に対する支援に積極的に取り組んでいます。

「宮城県の被災した障害者のうち、特に仮設住宅・団地の一人暮らしの方に聞き取り調査をしていきました。『何か不自由していませんか?』と意見を聞いて回るのです。個人情報の壁が厚いため、すべての障害者の方と会うのは困難でしたが、ボランティアの人々の協力もあって、2011年末までに障害をもつ約1,500名の方々の安否確認とニーズ調査をすることができました」。その後、2012年9月より始めた仮設住宅に入った障害者への訪問件数は、団地数にすると約100カ所となっています。この聞き取り調査によると、「手すりが必要なところにない」という声が最も多く出てきたそうです。手すりなどの設置に関しては、入居当時に要望した人にしか支援が行き届かず、後から必要性に気付いても付けてもらうことはとても難しいとのことです。その他の要望として、お風呂場の滑り、スロープ、インターフォンなどがありました。

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仮設住宅に暮らす障害者を訪問する株木さん。中央奥にはインターフォンも設置されています(宮城県女川町)

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入り口に取り付けられたインターフォンの玄関子機
(宮城県女川町)

株木さんの団体の活動の特徴は、支援の現場から出てくる要望を行政に対して出していくだけではなく、自ら聞き取りから実際の支援まで行う点です。常に障害者の方の目線で支援が行われることが、この団体の基本方針です。「障害者の多くは、意見をうかがっても我慢をする方が多いです。仮設住宅の造りは軟弱なので、手すりは専門家に設置してもらわないと危険です。そうなると、どうしても費用が増えてしまいます。本当は色々細かく支援したくても、支援金額にバラつきがあったりすると、苦情も生みかねません。すべての要望に即座に応じることは難しいのが現状です。。。

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仮設住宅のスロープ
(宮城県石巻市)

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仮設住宅のトイレに取り付けられた手すり
(宮城県石巻市)

例えば、スロープを付けてもらっても、車いすが通れる所までの間に砂利があって、結局介助者を必要とする状況もありました。また、車いすはあるけれど、仮設住宅の部屋には荷物が多い上に部屋自体が狭いので、結局車いすは使えないという方もいました」

障害者に対する理解がもっと浸透すること、そして、障害者が持つ特別なニーズによりスムーズに対応していくこと ― 株木さんが日々の支援活動で目指していることです。ここに来て徐々に明るい兆しが見受けられようになりました。「今まで障害者と接触がなかった自治会長さんが、東日本大震災後の支援を通してこの課題に関わってくれるようになったという例もあります」

株木さんの活動拠点である宮城県には、支援される側にとどまるのではなく自ら支援者になる障害者の人々がいます。株木さんの団体が連携している「自立生活センター(CIL)たすけっと」で活動する人々は、被災者であり、障害者でもあります。「きっと、こんなものがあると、障害者の暮らしがより便利になるだろうな」と、支援する側に障害者がいることで、ニーズがより的確に認識され、対応も早くなります。ご自身も障害を持ち車いすで活動しているセンター代表、杉山裕信(すぎやま ひろのぶ)さんは、「仮設や復興住宅を考える時に、障害者の声をどう反映させるかが鍵となります」と、災害支援の初期段階のすべての面で、障害者の視点が必要だと強調します。

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仙石線 矢本駅のスロープ(宮城県東松島市)

「これまでの社会は、障害者に対して医療やリハビリを施すことで、障害をなくす、または軽減することを重視する傾向がありました。でも、これからは障害を障害と感じなくなるような新しい社会モデルが必要です」株木さんの目下のライフワークは、東日本大震災後の障害者支援を通して見えてきた教訓を基に提言をまとめることです。これを行うことで、「障害を障害と感じなくなるような新しい社会」に向けて社会全体が変わっていく必要性を今後も訴え続けます。

編集後記

「障害者の社会参加には、様々な壁が立ちはだかっています。。。(私は)それらの壁を取り払って扉を開き、障害を持つすべての人々に機会を与えるよう呼びかけます」、潘基文(パン・ギムン)国連事務総長は、今年12月3日の「国際障害者デー」に際してこう述べています。障害者の人口は、世界人口の約15%にあたる10億人に上り、もはや障害者は世界最大のマイノリティです。

国連が目指すのは、これらすべての障害者が参加できる社会です。その実現には、まずは私たち一人ひとりの心の扉が開いている必要がある、と今回改めて感じました。これは、プロ車いすテニスプレーヤー、障害を持ちながら働いていらっしゃる人々、障害者雇用に熱心に取り組む企業、そして支援側の人々 ― 様々な分野の第一線で活躍している人々とのインタビューを通して得た学びです。

実際に私たちが出会った方々のそれぞれの現場では、障害者が参加できる環境づくりが真剣に議論され、試行錯誤しながら取り組みがなされ、模範的な事例が各分野で生み出されています。その一つひとつは「点」として始まったとしても、やがて繋がって「線」となり、さらには「面」となって社会に広がっていくという動きを私たち取材側は強く感じることができました。インタビューを通してストーリーを作成・発信するという今回の当センターの企画が、この動きのさらなる広がりに少しでもお手伝いできればと願っています。

12月4日、「障害者権利条約」が参議院本会議で全会一致で承認されました。これをもって日本も正式に条約を批准することとなり、より成熟した市民社会への一歩が踏み出されたのです。障害を持って暮らす人々が積極的に社会参加できるよう、当事者のみならず私たち全員の認識と行動が試されることになります。

最後に、本企画にご協力いただいた方々に感謝を申し上げます。出会った方々の前向きで心温まる言葉は、本企画を担当した国連広報センターのインターンたちにとって、これからもずっと大切な宝となることは間違いありません。