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潘基文(パン・ギムン)事務総長の歴訪に見る世界の今~2012年3・4・5月

2012年06月13日

2012年3月から5月にかけて、東南アジア、南アジア、ヨーロッパ、中東などを飛び回り、精力的に世界のリーダーたちと話し合いを続けてきた潘基文(パン・ギムン)事務総長。今回は数ある訪問先の中から、核セキュリティ・サミットに出席して核軍縮を訴えた韓国、民主化の進捗ぶりを視察したミャンマー、名だたるシンクタンクで安全保障や法の支配について語ったワシントンD.Cに焦点を当てて報告します。

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事務総長が韓国入りしたのは、朝鮮民主主義人民共和国(DPRK)が「実用衛星の打ち上げ」を予告してからまもない3月24日。その日のうちに早速、李明博(イ・ミョンバク)大統領と会談し、東アジアの安全保障問題などを協議しました。26、27日には、米中を含む世界50カ国以上の首脳らが参加して開かれたソウル核セキュリティ・サミットに参加。各国リーダーとのワーキングランチでは、前年、東日本大震災に伴う原発事故があった福島県や、ロシアのチェルノブイリを訪れた体験を引き合いに、「原発事故は核攻撃と同じような結果をもたらし得る」として、原子力の安全対策の必要性を訴えました。本会議にも出席し、核軍縮、核不拡散に向けた一層の努力を強調した事務総長は、北朝鮮やイランが、国連安全保障理事会の諸決議を遵守せずに核開発を進めていることに懸念を表明。北朝鮮に対しては、「弾道ミサイル技術を使ったいかなる発射」も禁止した安保理決議1874など関連決議を守るよう、改めて訴えました。

韓国訪問に先立ち、事務総長は3度目となるミャンマー訪問に向け、東南アジアの主要国とも協議を重ねていました。インドネシア、マレーシア、シンガポールを歴訪し、各国首脳と会談した事務総長は、ミャンマーの真の民主化のため、あらゆる支援を惜しまない国連の姿勢を示しながら、さらなる協力を求めました。

4月下旬から5月初旬にかけて実現したミャンマー訪問では、テイン・セイン大統領ら政府関係者との会談にとどまらず、ミャンマーの最大野党、国民民主連盟(NLD)のアウン・サン・スー・チー党首ともヤンゴン市内の自宅で初会談。共同記者会見では、新たな国づくりに向け、すべての関係当事者に「柔軟性」「知恵」「妥協」の重要性を訴えました。また、スー・チーさんを国連本部に招待したことを明らかにし、スー・チーさんもこれに前向きに応じました。今回の訪問では、ミャンマーが2014年にも予定している約30年ぶりの国勢調査を国連が全面的にバックアップすることを約束する文書にも署名。外国の要人として初めて国会で演説するなど、着実な成果を残しました。

アジアから戻った事務総長は5月、世界的な影響力を持つ米国の中枢から、国連の主要課題についての情報を発信しようと、講演活動に力を注ぎました。ミャンマー訪問の翌週には、ワシントンD.Cを訪れ、米国を代表するシンクタンク「米戦略国際問題研究所(CSIS)」や「アトランティック・カウンシル」、米国国際法学会(ASIL)でスピーチ。国連平和維持活動(PKO)や、国連平和構築委員会(PBC)の重要性について理解と支援を呼びかけました。ASILでは、「我々は報復から和解へ、処罰から予防へ移行できると期待している。そのためには法の支配の確立と尊重が非常に重要だ」と主張。国連が世界150カ国で、警察官の訓練やガバナンスの向上に向けた支援を行なっていることや、国連総会が今年、法の支配をテーマとした初めてのサミットを開くことなどをアピールしました。

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核セキュリティ・サミットの初日、韓国の李明博(イ・ミョンバク)大統領と語り合う事務総長(ソウルで、2012年3月26日)©UN Photo/Eskinder Debebe
ミャンマーでは、ミャンマー出身のウ・タント元事務総長の追悼式典に出席した(ヤンゴンで、2012年4月29日)©UN Photo/Mark Garten
ミャンマーのテイン・セイン大統領と会談した事務総長(首都ネピドーで、2012年4月29日)©UN Photo/Mark Garten
国民民主連盟(NLD)のアウン・サン・スー・チー党首と会談し、共同記者会見を行う事務総長(ヤンゴンで、2012年5月1日)
「法の支配」の定着を目指し、リベリア国家警察の警察官に、犯罪者の制圧方法を教える国連警察(UNPOL)の指導担当(マージビ郡で、2011年5月19日)©UN Photo/Staton Winter