• プリント

略歴: 第65回国連総会議長 ジョゼフ・ダイス氏

プレスリリース 10-060-J 2010年09月14日

ジョゼフ・ダイス氏は2010年6月11日、第65回国連総会議長に選出されました。

国際問題に造詣の深いエコノミストであり、政治家でもあるダイス氏は、1999年から2006年にかけ、スイス連邦会議(スイス内閣)で閣僚を務めました。この間、経済大臣在任中(2003~2006年)の2004年にはスイス連邦大統領(閣僚が毎年、持ち回りで担当)に選出され、国連総会でも同国の首脳級代表団を率いました。それ以前の1999年から2002年にかけては外相として、スイスの国連加盟運動を先頭に立って進めました。

ダイス氏は閣僚時代、世界貿易の分野に積極的にかかわり、カンクン(メキシコ)、モントリオール(カナダ)、パリ(フランス)、ジュネーブ(スイス)、香港(中国)で開かれた世界貿易機関(WTO)ドーハ・ラウンド交渉では、スイスの代表団を率いて重要な話し合いに臨みました。また、この関連でG10(農産品純輸入国10カ国のグループ)も立ち上げ、後にその議長にも就任しました。G10はそれ以来、WTO交渉で重要な役割を担うようになっています。ダイス氏は、世界銀行と欧州復興開発銀行(EBRD)双方の理事会に名を連ねたほか、スイスの欧州連合(EU)との交渉の指揮にも当たりました。

ダイス氏は2001年、持続可能な開発に関する世界サミットに先立ち、国連欧州経済委員会が開催した地域準備会議の議長を務めました。また、2002年にヨハネスブルク(南アフリカ)で開催された同サミットと、同年初頭のモントレー(メキシコ)国際開発資金会議では、スイスの代表団を率いています。さらに、経済協力開発機構(OECD)のスイス代表団長を務めた経験もあります。ダイス氏は閣僚時代、欧州理事会、(当時の)国連人権委員会、全欧安保協力機構(OSCE)、南東欧安定協定、欧州大西洋協調評議会(EAPC)など、その他数多くの国際機関へのスイス閣僚級代表団も率いました。加えて2002年には、国際フランス語圏機関(OIF)閣僚会議の議長も務めています。

ダイス氏は入閣以前の1991年から1999年まで、スイス国会議員の職にありました。1997年から1998年にかけては、スイス連邦憲法の見直しを担当する国会委員会で委員長を務めました。さらに以前の1995年から1997年にかけては、国会外務委員会で副委員長を務めています。1981年、スイス・フリブール州議会議員として政界入りしたダイス氏は、その後10年間にわたってこの職を務めました。また、1982年から1996年の14年間は、同州バルブレシュ市長の職にあったほか、1993年から1996年にかけては、スイスで非競争・管理価格を監視する物価監督官も務めました。

ダイス氏は学界でも、フリブール、ローザンヌ、ジュネーブを含む数多くの大学で経済学の教鞭を執り、出身校のフリブール大学では1996年から1998年にかけ、経済社会学部長に就任しています。2007年からは、同大学の政治経済学教授を務め、ベイルート(レバノン)聖ヨセフ大学戦略会議のメンバーにも選ばれています。フランス語、ドイツ語、英語、イタリア語に堪能なダイス氏は、フリブール大学から経済学博士号を取得しているほか、研究生としてケンブリッジ大学(英国)キングス・カレッジで学んだ経験もあります。

ダイス氏は、日本の勲一等旭日大綬章(2008年)やフランスのレジオンドヌール勲章(2007年)をはじめ、数々の褒賞も受けています。また、スイスのローザンヌ経営大学院(2008年)、スイスのヌーシャテル大学(2007年)、ブルガリアのソフィア大学(2001年)からはそれぞれ、名誉博士号を授与されています。現在でも、Emmiグループ(ルツェルン、スイス)やZurich Insurance社(アイルランドおよび南アフリカ)をはじめ、数多くの金融機関で役員の職にあるほか、Zurich Financial Services社では国際顧問委員会の副委員長を務めています。

ダイス氏は1946年1月18日、スイスのフリブール州(フランス語・ドイツ語混成地域)生まれ。既婚で子ども3人。

*第65回国連総会ウェブサイト(英文)
http://www.un.org/en/ga/

国連創設75周年
1分間アンケートにご協力ください

世界は連帯を必要としています。
あなたの協力が大切です。

国連は、史上最悪のグローバルな健康危機を含め、大きな試練の時に創設75周年を迎えます。
この危機は世界をより緊密に結びつけるでしょうか?
あるいは分断と不信の増大につながるのでしょうか?
 あなたの意見によって変化をもたらすことができます。