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フィリッポ・グランディ 国連パレスチナ難民救済事業機関(UNRWA)事務局長

プレスリリース 10-035-J 2010年06月20日

フィリッポ・グランディ氏は2010年1月20日、国連パレスチナ難民救済事業機関(UNRWA)事務局長に任命されました。グランディ氏は2005年10月から、前任のカレン・K・アブザイド氏の下で、UNRWA副事務局長を務めていました。

イタリア出身のグランディ氏は1957年生まれ。難民・人道分野で26年にわたるキャリアを持ち、そのうち22年間は国連の活動に携わっています。同氏はUNRWAに加わる以前にも、本部とフィールドで難民の支援や保護、緊急援助の管理、ドナー関係、人道・政治問題など、幅広い問題を手がけ、大きな功績をあげました。

2004年5月、国連アフガニスタン支援ミッション(UNAMA)で政治問題を担当する事務総長副特別代表に任命されたグランディ氏は、選挙プロセスや武装解除・動員解除・社会復帰プログラムのほか、大統領・国会選挙に関連する政治権力行使の検証をはじめとする人権問題に携わりました。

グランディ氏はそれ以前、約3年間にわたり、アフガニスタンの国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)の代表を務めました。1997年から2001年にかけては、ジュネーブのUNHCR本部で、高等弁務官特別補佐官と首席補佐官を兼任しました。

グランディ氏がUNHCRに加わったのは1988年で、当初3年間スーダンの難民プログラムに関わった後、シリアやトルコ、さらには第一次湾岸戦争中およびその後のイラクでも、人道緊急援助に携わりました。その後は緊急援助担当官として、ケニアやベナン、ガーナ、リベリア、中部アフリカ大湖地域(1993年のブルンジ難民危機と1994年夏のゴマでの活動を含む)、イエメン、アフガニスタンなどで緊急援助活動を率いました。さらに本部で2年間にわたり、欧州委員会をはじめとするUNHCRの主要ドナーとの関係を担当したグランディ氏は、1996年から1997年にかけ、内戦中のコンゴ民主共和国で国連人道援助活動のフィールド調整官も務めています。

また、国連に加わる以前には、タイとイタリアで難民プログラムを実施する非政府組織(NGO)の活動にも携わっていました。

グランディ氏は、ミラノ大学で現代史を修めたほか、グレゴリアン大学から哲学学士号を受けています。

UNRWA職員に対する就任あいさつ状の中で、グランディ氏は「事務局長という職は、一個人に与えられた名誉ではないのです。パレスチナ難民とともに、またパレスチナ難民のために遂行せねばならないミッションです」との所見を表明しました。そして、UNRWAの任務が独自の具体性と明確性を備えていることを誇りとしつつ、この性質こそが「私たちの存在意義であり、また、60年を経た今も不当な扱いを受け続けている人々の生活を実質的に向上させるための活動を可能にしています」と指摘しました。

UNRWAについて

UNRWAはヨルダン、レバノン、シリアおよびパレスチナ被占領地区でパレスチナ難民として登録された約470万人に対し、その窮状が打開されるまでの間、援助、保護および権利擁護活動を提供しています。UNRWAのサービスには教育、保健医療、社会的セーフティネット、難民キャンプの基盤整備と改善、コミュニティ支援、マイクロファイナンス、および、武力紛争時を含む緊急援助が含まれています

UNRWAの資金はほぼ全額、拠出金で賄われており、2010-2011年のコア予算額は12億3,000万ドルとなっています。2009年には、ヨルダン川西岸とガザ地区、レバノンに関する緊急支援アピールの金額が8億2,740万ドルに上りました。

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