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「国際女性の日」2012 ~東日本大震災から一年、女性たちは今~ 【第3回】

2012年03月13日

「被災地の外国人は、震災後どんな暮らしをしているんだろう」と、疑問に思ったことはありませんか。昨年末からヘルパーとして働いているフィリピン出身の2人の女性からお話を伺う機会を得ました。彼女たちは、被災によってそれまでの仕事は失ったものの、言葉の壁を乗り越えてホームヘルパー2級を取得し、いきいきと働いています。

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【第3回】被災した外国人女性、新しい職を得て、自らの生き方と周囲を輝かす

14年前に来日し、気仙沼に住む紺野クリスティーナさんと、7年前に来日し、陸前高田に暮らす佐々木クリスティンさん。お二人ともフィリピン出身で、日本人の配偶者との間にお子さんがいます。

二人の共通点は、東北に住む外国籍女性ということだけでなく、昨年3月11日の大震災による深刻な被害を受け、自らも仕事を失ってしまったことです。しかし今、二人は新しい仕事を得て充実した生活を送っています。このように経済的に自立するという夢が叶えられた背景には、彼女たちの強い意志とそれを後押ししたNGOとの見事な連携プレーがありました。

紺野さんと佐々木さんは、昨年末に特定非営利活動法人 難民支援協会が行うホームヘルパー2級取得のためのコースを修了し、現在は介護施設で働いています。彼女たちは職探しの中で、ホームヘルパーの需要が多いことを知っていました。しかし、外国人にとって、この資格取得の難関はレポートの提出です。お二人にとっても最も難しかったのが、日本語の読み書きでした。難民支援協会は、このような外国人への支援として、コースを終えるために必要な日本語支援を重点的に行っています。

「日本に来て14年、去年の地震と津波は大きな出来事でした。でも、私の人生にとってもっと大きなことは、ヘルパーとして仕事を始めたことでした」と振り返る紺野さん。震災前は気仙沼の水産加工工場で冷たい魚を流れ作業で扱っていました。今の仕事は「人と話しながらの温かい仕事」と、働く喜びを満面に浮かべていました。一方、陸前高田に住む佐々木さんは、「以前から介護の仕事をやってみたかったんです。でも、無理だろうってあきらめていました」と言います。そんな時、資格取得のためのNGOの支援があると伝え聞き、「わー、チャンスだ。私その資格取ります!と思いました」。

難民支援協会によると、日々の生活も楽ではないにも関わらず、資格を取ろうと震災後に勉強を始めたメンバーの中で、これまで一人の脱落者も出ていないそうです。そして、昨年末にコースを修了した9名のうち、紺野さんと佐々木さんのように仕事が決まった方は7名に上りました。

「素晴らしい国、日本に来ました。でも地震と津波で目の前の景色が一変した」と語る佐々木さん。そのような厳しい状況の中で、「自分は前に進もう」と思ったのは、支援してくれるNGOや周囲の人々の存在があったからだと言います。今では、施設の利用者の方々に元気をもらって暮らしているというお二人。きっとそこでも、多くの方に彼女たちの溢れる元気が伝わっているのでは、と感じさせられました。

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第1回「もっとジェンダーの視点に立った支援を

第2回「福島の警戒地域から避難、自分の力を信じて歩み続ける

第4回「真の豊かさを求めて、仕事づくりで地域の活性化を図る

第5回「雇用対策を初めから復興支援に組み入れる

介護に必要な日本語の勉強をする外国籍の女性たち(宮城県気仙沼市で、2011年7月) © 難民支援協会
ホームペルパー2級取得のための実技学習(岩手県気仙郡住田町で、2011年10月)© 難民支援協会
ホームペルパー2級取得のための実技学習を受ける紺野クリスティーナさん(右)© 難民支援協会
ホームヘルパーとして陸前高田での勤務状況を語る佐々木クリスティンさん(右)(2012年2月、東京で開催されたシンポジウム「震災後の情景と私たち」で)© 難民支援協会