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気候変動担当事務総長特使に3人を任命

プレスリリース 07/033-J 2007年06月12日

潘基文(パン・ギムン)国連事務総長は2007年5月1日、3人の気候変動担当特使の任命を発表しました。

特使に任命されたのは、元ノルウェー首相で環境と開発に関する世界委員会の委員長も務めたグロ・ハーレム・ブルントラント氏、元韓国外交通商長官で第56回国連総会議長も務めた韓昇洙(ハン・スンス)氏、元チリ大統領のリカルド・ラゴス・エスコバル氏の3人です。

事務総長はこれまで、気候変動がグローバルな重要課題であり、この問題に対する国際社会の取り組みを先頭に立って支援する用意があるとの発言を繰り返してきました。

今年になって気候変動に関する政府間パネル(IPCC)が発表した報告書は、地球の気候システムの温暖化が間違いなく進んでおり、人間の活動がその原因となっていることを明らかにしました。気候変動はすでに、開発途上国をはじめとする一部地域と、ほとんどの生態系に重大な影響を及ぼしています。早期に対応した場合に比べ、何も対策を講じなかった場合のコストは桁違いに大きいとの経済予測も出されています。この緊急課題に取り組むためには、多国間のさらに協調的な対策が欠かせません。

各加盟国や国家グループ、市民社会、民間企業はこの関連で、多くのイニシアティブを立ち上げ、対策を公約しています。こうした取り組みは称賛に値しますが、必要とされる包括的、国際的な対策を補完するものではあっても、それに代わるものとはなりえません。国連と気候変動枠組み条約、他の関連機関は、このグローバルな問題に対するグローバルな解決策を見いだすための制度的枠組みを提供しています。

特使はまず、気候変動交渉の主役である国々を含む各国首脳の代表グループから、意見を募ることになります。国連内部での多国間気候変動交渉の進展を事務総長がどのように促進できるかに関し、各国政府をはじめとする重要な利害関係者との協議を補佐するのが、特使の役目です。

事務総長は、地球の将来にとって最も重要な問題に関し、国際的に名高い有識者3人と協力できることを期待しています。

グロ・ハーレム・ブルントラント氏は1981年、はじめてノルウェーの首相に任命されました。ノルウェー史上最年少の41歳で首相に就任したブルントラント氏は、同国初の女性首相でもありました。さらに1986年から1989年、1990年から1996年の2期にわたって首相を務めたブルントラント氏は、ノルウェーで通算10年を超える長期政権を率いました。

ブルントラント氏は政治家として、世界的な重大問題に対する関心を深めてゆきました。1983年、当時のハビエル・ペレス・デクエヤル国連事務総長は同氏に対し、環境と開発に関する世界委員会を設置し、その委員長を務めるよう働きかけました。この委員会は1987年4月、報告書『Our Common Future』を発表、持続可能な開発という幅広い政治理念を作り上げたことで、一躍有名になりました。委員会の勧告により、1992年にはブラジルのリオデジャネイロで「地球サミット」(国連環境開発会議)も開かれました。

1998年5月には世界保健機関(WHO)の事務局長に選任。2003年までその職務を果たしました。

医学博士号と公衆衛生学修士号を取得したブルントラント氏は、ノルウェー国内の公衆衛生システムの分野で10年間にわたって医師、研究者として活躍。1970年代には、環境関係者の間で国際的な評価を受ける一方、国内では政治家として頭角を現しました。

ブルントラント氏は1939年4月20日生まれ。夫はアルネ・オラフ・ブルントラント氏。

韓昇洙(ハン・スンス)氏は、第56回総会議長(2001-2002年)として国連を代表し、2001年のノーベル平和賞を受けました。母国の韓国では研究と公務で能力を発揮し、外交通商長官、副首相兼財務経済長官、貿易産業長官、大統領主席秘書官、駐米大使などを歴任しました。1988年から2004年にかけては、国会議員としても活躍しています。

1988年に政界入りするまでは、学界でも輝かしい功績を残しました。延世大学とソウル国立大学で学んだ韓氏は、1968年に英国のヨーク大学で経済学博士号を取得。さらにヨーク大学とケンブリッジ大学で経済学の教育と研究に携わった後、ソウル大学に戻り、経済学教授を務めました。

韓氏は現在、韓国水フォーラムの議長職にあります。韓国水フォーラムが加入するアジア太平洋水フォーラムは、関係組織のネットワークとして、アジアにおける持続可能な水管理を目指した活動を展開しています。

韓氏は1936年12月28日、江原道(カンウォンドウ)春川(チュンチョン)生まれ。妻のホン・ソジャ氏との間に子ども2人。

リカルド・ラゴス・エスコバル氏は2000年1月から2006年3月まで、チリの大統領を務めました。

ラゴス氏は大統領としての任期満了後、民主主義・開発財団(Fundación Democracia y Desarrollo)を設立。その総裁に就任しました。同財団は持続可能な経済成長と開発の実現を目指しています。

2006年4月、正式にマドリード・クラブ(Club de Madrid)の議長に就任したラゴス氏は、環境問題への取り組み強化を先頭に立って進めました。

ラゴス氏はチリ大学で法律を専攻した後、デューク大学(米国)で経済学博士号を取得。研究者として、チリ大学の事務局長(1969-1971年)とブエノスアイレスに本部を置くラテンアメリカ社会科学大学院(FLACSO) の事務局長(1973-1974年)を歴任しました。1974年には渡米し、ノースカロライナ大学チャペルヒル校の客員教授を務めています。

1980年代、ラゴス氏は反体制派連合の民主同盟と自由選挙独立委員会を率い、チリの民主制回復プロセスで主導的な役割を果たしました。また、「民主主義を目指す党」の創設者、初代党首として、教育大臣(1990-1993年)と公共事業大臣(1994-1998年)も歴任しています。

ラゴス氏は1938年3月2日生まれ。妻ルイサ・ドゥラン氏との間に子ども5人、孫6人。

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SG/A/1061
ENV/DEV/929
2007年5月1日

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