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朝鮮民主主義人民共和国(DPRK)の人権状況に関する国連特別報告者、訪日調査(2011年1月25~28日)終了にあたっての声明

プレスリリース 11-006-J 2011年01月28日

私は朝鮮民主主義人民共和国(DPRK)の人権状況に関する国連特別報告者として、2011年1月25日から28日にかけ、はじめて日本を公式訪問しました。私の訪日の主な目的は、DPRKにおける人権状況と、日本をはじめとする地域諸国に対するその影響を検証することにあります。

訪日中、外務大臣、法務大臣、拉致問題担当大臣、内閣府拉致問題担当副大臣、外務省の人権人道担当大使、総合外交政策局長、アジア大洋州局長など、政府高官の方々と会談しました。

私はまた、国内・国際NGO、外交官、いくつかの国連機関、DPRKの人権および人道的状況に関する活動を行っている関係者の方々とも交流しました。

今回の調査では、2010年11月の訪韓調査の際にも浮かび上がった問題が多く指摘されました。日本在住の脱北者との会談で得られた情報は、DPRKにおける悲惨な人道状況と、国民の市民的、文化的、経済的、政治的、社会的権利の不在を強調する数多くの報告を裏づけるものです。援助配給の適切なモニタリングと幅広い人権尊重をDPRKが実施するということを当然の前提条件とした上での、DPRKに対する人道支援の重要性が浮き彫りにされました。

その他、日本の市民社会や政府高官との話し合いでは、DPRKの工作員によるものとして特定されている日本人17人の拉致問題がしばしば大きな論点となりました。日本とDPRK間の数回の交渉にもかかわらず、この問題は今も解決に至っていません。

現時点で日本に帰国しているのは、身元が判明している17人のうちわずか5人に過ぎず、残る12人の問題は棚上げとなったままです。この点に関しては、日本とDPRKの首脳会談で、DPRKが自らの拉致行為を認める用意をほのめかした2002年から、DPRKがこの問題に関し、十分な権限を備えた調査委員会の設置に同意した2008年にかけて、国際社会にわずかな希望の光が差し込みました。しかし、それ以来、実質的なプラスの成果がまったく得られず、合意の履行も滞っていることは、国際社会にとって遺憾の極みといえます。

拉致被害者と、日本に住む家族の方々がともに高齢化する中で、事の緊急性は明白になっています。私は今回の調査で、拉致被害者の家族の方々とお会いし、その憤りを直に聞くことができました。家族の方々が語った悲痛なお話には、私も強く心を動かされました。私は、拉致被害者とその家族の方々に共感するとともに、この問題を綿密にフォローし、各種の国際的な協議の場において、DPRKの人権状況全般とともに、拉致問題の解決を強く訴えるべく、全力を尽くすことを誓いたいと思います。

韓国、レバノン、タイなど、多くの国々がDPRK当局による同様の拉致の被害を受けていることも指摘しておくべきでしょう。私は、拉致問題が単に日本とDPRK二国間の問題ではなく、国際社会全体に関係し、DPRKの人権状況とも強く結びついている問題であることを強調します。よって、DPRK当局には、長年の拉致問題の真相を明らかにしたうえで、これを解決するとともに、国民の人権・人道状況に関する問題全体に取り組む義務があります。また、拉致問題を実質的に解決するためには、拉致責任者の国際刑事責任の追及を避けて通ることはできません。その第一歩として、私はDPRKに対し、2008年8月に行った未解決事件の再調査を行うという約束に立ち返るよう強く促します。

私がすでに触れたとおり、DPRKに孤立する余裕はなく、あらゆる機会を捉えて国際社会との対話を確立することが必要となっています。DPRKがこのような対応を行えば、国際社会も善意でこれに報いるものと、私は確信しています。私はDPRK当局がその方針を変更し、DPRKの人権状況に関する独立専門家である私とのやり取りに応じるという期待のもと、当局への働きかけを続けていく所存です。

最後になりましたが、私は日本政府による温かい受け入れに、深い感謝の意を表したいと思います。今回の調査中、私は話し合いを行っただけでなく、人脈を確立し、次回の訪日の際にお会いしたい個人や集団を特定することもできました。私はここ日本で、さまざまな関係者がDPRKの人権状況につき、高い関心を寄せていることに勇気づけられました。

以上