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参考資料
水を得る権利

プレスリリース 03/018-J 2003年03月05日

基本的な健康と生存、および、食糧生産と経済活動など、水は人間の生活に欠かせないものです。それでも、私たちは現在、10億人以上が清潔な水の基本的供給を受けられない状態にあり、かつ、20億人以上が十分な衛生施設を利用できず、これが水系伝染病の主因になるという、地球規模の緊急事態に直面しています。国際舞台では、水を人権として認めることが、このもっとも基礎的な生活要素を人々に提供するという課題に取り組む上で、もっとも重要なステップなのではないかという議論が頻繁に展開されています。
 
 人権としての水に関する議論で繰り返し現れるテーマは、水があらゆる人権の必要前提条件だという認識です。その論拠は、必要最低限の清潔な水を公平に利用できなければ、健康と福祉を享受するに十分な生活水準を保つ権利や、市民的・政治的権利など、その他の確立された権利が得られない点にあります。のちの諸宣言の礎石となった世界人権宣言の文言は、あらゆる権利を列挙したのではなく、十分な生活水準を構成する要素を反映すべく作成されたというのが、一般的な考え方です。水が権利として明言されていないのは、その性質によるところが大きいと見られます。すなわち、空気と同じく、あまりにも基本的であるがために、これを明言するには及ばないと考えられたわけです。
 
 多くの政策立案者と擁護者は、清潔な水の供給を受けられずに苦しんでいる人々のための措置を講じられるようにする上で不可欠なステップとして、水を人権として認めることを求めてきました。これらの人々は、水を得る権利をこのようにして認めることから生まれる法的義務により、開発途上国と援助国の政府がともに、国内政策、援助政策および資源配分を実質的に変更するよう促され、また、市民団体が政府に圧力をかける論拠も固まるのではないかと感じています。また、全世界での給水サービス民営化の傾向に批判的な人々の中には、水を得る権利が認められれば、このような死活的必要性の充足には営利企業ではなく、公共セクターのほうが適しているという自分たちの主張が支持されるのではないかと感じる向きもあります(参考資料「水供給のコスト負担」を参照)。
 
国連の決定
 2002年11月、国連経済的、社会的、文化的権利委員会は、十分な量の清潔な個人・家庭用水に対するアクセスが、すべての人々の基本的人権であることを確認しました。1966年の「経済的、社会的、文化的権利に関する国際規約」第11条および第12条に関する一般的コメント第15号で、委員会は「水を得る人権は人間らしい生活を送るために不可欠である。それは他の人権を実現する前提条件である」と指摘しました。この一般的コメントは、同国際規約を批准した146カ国を法的に拘束するものではなく、規約実施の援助と促進をねらいとしていますが、実際に「ソフト・ロー」としての重要性と影響力を備えています。
 
 コメントでは、国際規約締約国が、水を得る権利を差別なく段階的に実現する義務を負うことも強調されていますが、この権利は、個人用、家庭用に万人が十分、金銭的・物理的に利用可能、安全かつ受容可能な水を得る権利として定義されています。この文言によれば、全締約国が水、技術、資金および国際援助を含めた幅広い資源を管理していることから、水を得る権利は同規約に規定するその他あらゆる権利と同様、実現可能なものとされています。
 
 この決定ではさらに、十分な水の供給ということは単に、水の量と技術という点で狭く解釈すべきではないと述べられています。水は主に経済的商品としてではなく、社会的・文化的な財として取り扱うべきとされています。1990年代に開かれた数回の国際水フォーラムでは、水の真のコストを反映させ、補助金を削減し、かつ、可能であれば給水サービスに民間の参入を認める市場主義政策へのシフトを反映し、水は経済的商品であると判断されていました。上記の見解は、こうした決定とは異なるものとなっています。
 
 この決定が下された委員会での演説の中で、セルジオ・ビエイラ・デメロ国連人権高等弁務官は、水を得る権利に関する一般的コメントを作成しようというイニシアチブは、2003年3月に開催予定の「世界水フォーラム」への有意義な貢献となるだろうと述べました。ビエイラ・デメロ氏は、この権利が「十分な生活水準を享受する権利、ひいては生存権と不可分の一体をなす構成要素である」と語っています。
 
これまでの行動
 清潔な水を利用できることは、これまでに採択された国際的権利協定に掲げる権利の多くについて前提条件となっていますが、実際に水への言及を行っているのは、「子どもの権利に関する条約」だけです。同条約では、達成可能な最高の健康水準を享受する権利の一要素として、清潔な飲料水があげられています。
 
 1970年代以降、一連の国際環境会議あるいは水会議で、基本的な資源へのアクセスと水を得る権利の問題が取り上げられてきました。1977年にマルデルプラタで開催された画期的な国連水会議では、人々はその基本的ニーズを満たすため、飲料水を利用する権利があるとの合意が生まれました。国連総会で採択された1986年の「発展の権利に関する宣言」には、各国が基本的資源へのアクセスについて万人に機会の平等を保障するという公約が含まれています。この宣言では、数百万の人間が「食糧、水、衣服、住宅および医薬品を十分に利用できない」低開発状態の継続は、明らかに「重大な人権侵害」を構成すると述べられ、水が暗に基本的な資源として認識されています。
 
 基本的な水のニーズを充足とするという理念は、リオデジャネイロでの1992年地球サミットでさらに強化され、生態学的ニーズにも拡大されました。「アジェンダ21」において、各国政府は「水資源を開発、利用する上で、基本的ニーズの充足と生態系の保護を優先しなければならない。しかし、こうした要件を超過する部分については、利用者が適切な負担を行うべきである」との合意に達しました。
 
 同様に、2002年ヨハネスブルク・サミットで採択された「実施計画」で、各国政府は「規制、監視・・・および給水サービスのコスト回収を含む政策手段をフルに活用しながらも、コスト回収目標が貧困層による安全な水の利用に対する障害とならないよう…にすること」を誓約しました。
 
 このように、世界の指導者達は、飲料水に対するアクセスが基本的人権であることを認めながらも、こうしたニーズを越える水の利用については、コスト回収原則を適用すべきことを認識しました。給水システムは、これを維持、拡張し、発展と増大する人口のニーズを充足する投資を伴わなければ、持続することができないのです。
 
 
 
(国連広報局 DPI/2293 F – February 2003)

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