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参考資料
国境なき水

プレスリリース 03/019-J 2003年03月05日

水質が悪化し、利用可能な水で長期的な需要増大への対応を迫られる中で、水の利用者間での競争が激化しています。これがもっとも大きな不安定化要因となって現れる場所は、政治的境界線をまたぐ河川の流域です。しかし、これまでの経験によれば、水を共有するニーズは、あからさまな紛争を引き起こすのではなく、予期しない協力関係を生み出し得ることが明らかになっています。
 
 事実、協力の機は熟しています。流域が複数の国の政治的境界線を越える国際河川は263本あります。世界人口のおよそ40%が暮らすこれらの流域は地球の表面積のほぼ半分に当たり、地球全体の淡水流量の60%を占めると見られます。領土に国際流域を含む国は合計で145カ国に上り、領土全体が国際流域に属する国も21カ国あります1。
 
 多くの国々では、人口の急増と開発管理のまずさに起因する淡水資源の枯渇と劣化がすでに農民や企業、都市消費者など、主要な水利用者間に深刻な緊張状態を生じさせています。国境を横断する水域は、より複雑かつ戦略的な重要性を備えています。
 
 各国は、水が自国の政治的支配を離れる前にこれを捕水し、利用するという明確なインセンティブを有します。国外の利用者のために水資源を保全あるいは保護するという直接的インセンティブはありません。また、河川や湖沼が国民のアイデンティティを守る鍵となっているケースも多く、水路に対する所有権と支配権は国益にとって死活的に重要と見なされています。
 
 汚染以外に、川下国にとってもっとも深刻な懸念として、大規模なダムや取水路(給水、灌漑、水力発電あるいは治水を目的とするもの)が自国や海に到達する水量を減少させ、その過程で生態系に影響が及び得ることがあげられます。すべての需要を充足しようとする管理努力の結果、ガンジス川やコロラド川などの大河川の中には、1年の特定時期に海に流入しないものも出てきています。事実上、コロラド川の流水は全体が捕水、利用されるため、土壌に深刻な環境上の影響が及んでいるほか、海に栄養物が流れなくなり、魚類の生息数の減少を招いています。
 
分かち合うことを学ぶ
 問題の複雑性にもかかわらず、水紛争は外交的に決着できることが判明しています。過去50年間では、150件の条約に署名が行われたのに比し、暴力が絡む激しい紛争は37件しか起きていません。各国がこれらの協定を尊重しているのは、これによって水に絡む国際関係が一層安定化し、予見可能なものとなっているからです。事実、国際的な水条約の歴史は紀元前2500年まで遡ります。このとき、シュメール人の2つの都市国家、ラガシュとウンマは、チグリス川沿岸での水紛争に終止符を打つ協定を作り出しました。これはしばしば、史上初の条約とも言われています。それ以降、水条約は大きな法体系を形成してきました。国連食糧農業機関(FAO)によれば、紀元805年以降、国際的な水資源について作成された条約は3,600件を超えています。その大半は航行と国境線画定に関するものです。20世紀の交渉と条約作成の重点は、航行から水資源の利用、開発、保護および保全へと移行しました。
 
 水の共有に関する協定は、激しく敵対する勢力の間でさえ交渉の対象となり、他の問題に絡む紛争が収拾されない間も継続されました。カンボジア、ラオス、タイおよびベトナムは国連の支援のもとに、1957年以来メコン川委員会(以前のメコン委員会)の枠内で協力しており、ベトナム戦争の時期にも技術的交流は行われていました。イスラエルとヨルダンは最近まで法的には交戦状態にあったにもかかわらず、1955年以来、米国の関与により、ヨルダン川の共有に関する定期的な話合いを行っています。世界銀行の支援で設立されたインダス川委員会は、2度にわたる印パ戦争にもかかわらず、活動を続けています。1億6,000万人が暮らし、10カ国が共有するナイル川流域に関する枠組みは、共通の水資源の公平な利用、および、それによる便益を促進することによって、貧困を削減し、地域の経済開発を促すことを目的に、1999年2月に合意されました。世界銀行と国連開発計画の支援によるこのイニシアチブは、恒久的枠組みができ上がるまでの暫定的な取極めとなっています。ニジェール川流域9カ国も、同様のパートナーシップのための枠組みに合意しています。
 
 これらの例は、国際的水資源協力の2つの重要な要素を反映しています。その一つは、長期的な関与のプロセスを実効的に開発する機関の必要性であり、もう一つは、すべての勢力が信頼し、潤沢な資金を有する第三者からの支援です。話し合いのプロセスには時間がかかることが多く、インダス川合意については10年、ガンジス川については30年、ヨルダン川については40年を要しました。関係国の間での信頼とオーナーシップ感覚を醸成する必要があったからです。プロセスは長引くことが多いため、財政的な支援は極めて重要です。この問題の重要性にもかかわらず、ドナーの援助全体に占める共有流域管理の割合は低くなっています。
 
今後の課題
 3,600件を超える協定と条約への署名はそれ自体大きな成果ですが、これを詳しく見ると依然として弱点が多いことがわかります。必要なのは実効的な監視規定、執行メカニズム、および、流量の変動とニーズの変化に取り組む具体的な水配分規定です。
 
 1997年の「国際水路の非航行利用に関する国連条約」は、共有の水資源を特定的に対象とする国際条約の一例です。同条約は、共有水路に関する各国の行動指針として、「公平かつ合理的利用」および、近隣国に「重大な害悪を及ぼさない義務」という2大原則を確立しました。しかし、これらの文言がそれぞれの流域で何を意味するかを明確に規定するのは、各国自身の責任です。同条約の発効には35カ国による批准が必要ですが、現在までにこれを批准したのは12カ国に止まっています。
 
 専門家の間では、国際水路協定をさらに具体化して、締結された条約の実施措置を定め、紛争が起きた場合の詳細な解決メカニズムを組み込む必要があるとのコンセンサスが生まれています。協力を改善するためには、水文学的事象、流域の力学的変化および社会的価値観を考慮しつつ、明確ながら柔軟な水の配分と水質基準を設けることも必要です。最後に、国際水路の開発には、水利権の移転に対する支払いなど、何らかの補償メカニズムが必要となる可能性もあります。
 
 
(国連広報局 DPI/2293 G – February 2003)
 
1 Meredith A. Giordano and Aaron T. Wolf, “Sharing waters: Post-Rio international transboundary water management,” Natural Resources Forum Vol. 27: No. 2(近日刊行予定)