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国連事務局経済社会局 障害者権利条約事務局チーフ 伊東 亜紀子さん

今回は、国連事務局経済社会局 障害者権利条約事務局チーフとして、ニューヨーク国連本部で活躍されている伊東亜紀子チーフにお話を伺いました。2006年の国連総会で採択された「障害者権利条約」の事務局で、現在も障害者の人権を軸に、専門である国際人権法の視点から障害と開発の分野に携わっています。

【聞き手】佐野早希、米山亜里沙(UNICインターン)

voice6-1伊東 亜紀子(いとう あきこ)
国連事務局経済社会局 障害者権利条約事務局チーフ

上智大学法学部国際関係法学科卒業後、シカゴ大学で政治学国際間関係修士号、カルフォルニア大学バークレー校Boalt Hall School of Lawにて法学修士号(LL.M)を取得。国連麻薬統制計画(現、UNODC)の法務担当官として勤務した後、1994年から障害問題に携わり、国連事務局経済社会局 社会問題担当官を経て、2008年、障害者権利条約事務局チーフに就任。
近年では、具体的に障害の視点から開発政策を立案・実施・モニタリングをする観点から、経済、ファイナンスと障害、防災と障害、アクセスとICTの役割など多岐にわたる研究者、実務者ネットワークを国連の開発、人道支援の分野と連携していくフォーカルポイントとしての役割も担っている。

「障害という分野は非常に学際的ですが、高齢化社会ではより身近になっています。日本の社会でもそうですが、障害は地域、階級、人種、年代、性別を超えどんな時代、社会にも存在します。そういう視点から、世界中の人たちが、共生社会を創る上で助けになるのが国連の任務だと思っています。“障害者や他にも差別を受けている人たちのため”ではなく、“すべての人のため”の開発や社会という、より大きな目標に向かっていけるような世界を目指しています」

約20年間障害分野に携わってきた伊東チーフ。障害が徐々に開発の中で中心的な位置を占めてきたことを人々が認識していると感じています。日本が昨年12月に、「障害者権利条約」を批准したこともあり、日本でも障害者の権利、共生社会への関心の高まりがみられます。「“人権”や開発”というのは、国連ではもともと別々に扱われていましたが、“障害”を通じて統合的なアプローチが受け入れられてきています。“障害”は国連が目指す“開発”の中で重要な土台になってきています。最終的には、国連が目指すポスト2015年開発の枠組みに障害を根本から組み込んでいきたいですね」

大学や大学院では法律を学んでいた伊東チーフ。1994年ニューヨーク国連本部勤務になって、障害は初めて踏み入る分野でしたが、特に不安はなかったそうです。「障害者の様々な課題に取り組むことは、共生社会をつくるためのエントリーポイント、ひとつのチャンネルなのだと思います。そういう意味では、大学や大学院で勉強してきた国際法や女性の人権がこの分野に取り組むための土台になったので、不安というよりも逆にモチベーションが上がりました」

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国連で働く醍醐味を語る伊東チーフ

多くの日本の若者には、国連で働きたいと希望するものの英語力が壁となっています。しかし伊東チーフによると、英語力よりも大切なものがあると言います。「私の場合、高校時代にAFS日本協会の交換留学制度で、米国に留学をしました。海外での生活が見近な家庭で育ったので、英語に対して特に苦手意識はありませんでした。ただ、英語力というよりも、論理的に、そして自分らしさを保ちつつも、それぞれの文化に根ざした話し方ができるようなコミュニケーション能力の方がより重要だと思います。国連で働いている中でこのことは強く感じます」

現在はニューヨークのマンハッタンの最南端に住み、毎朝自由の女神を横目に国連本部へ通っています。国連では、8人のチームのリーダーとして活躍しています。「チームはインド人や中国人、フィリピン人などとても国際色豊かなメンバーで編成されています。相手がどの国の人かは意識せず、国を超えて、一人ひとり個人として付き合える、これが本当の意味での国際交流、異文化理解に繋がると思います。もちろんお互いの国に関して深く学び合えることもまた、国連職員になって得た“宝物”です。多種多様な文化の狭間に身を置けることは、私にとって、ある意味で“楽しみ”でもあるので、国連でのキャリアはぴったりだったと思っています」

伊東チーフは、国連において25年近くにわたり女性職員の地位向上に努めてきました。「特に子どものいる女性職員には、うまくワークライフバランスをとってもらえるよう、仕事の割り振りもよく考えています。自分でも仕事とプライベートをなるべく両立できるように努めています。家では犬の世話、休日には劇、音楽鑑賞などを楽しんでいます。でも一番楽しみなのが日本へ帰って温泉でのんびりすることです。日本で昔からの友人と旧交を温めることで本来の自分に戻れる気がします」

伊東チーフが世界の若者に伝えたいことは、「自分で高い専門性を持ち、かつ、それをベースに国際社会で競争していく力をつけて欲しい」ということです。国連やその他の国際機関に限らず、日本の民間企業で働く際にも、一定の専門性とそれを活かせる能力は必要だと言います。「若い方々には、専門性を身につけ、いろいろな人生、職業経験を積んでいただきたいと思います。自分なりのネットワークを構築した上で、自分のやりたいことをどうしたら実現できるか、人生経験、職務経験とも豊かな先輩の方々の経験談から学び、アドバイスをもらってよく考えることが重要です。私自身、20年以上前に恩師、目上の方から頂いた助言を今でも座右の銘としています。日本では相談したくても、遠慮してしまう人も多いようですが、遠慮しすぎる必要はないと思います。その時は“自分のため”に“人に相談する”のかもしれませんが、長い目でみれば自分の知識、能力を高めることで最終的には自分という道具が社会の発展に役立っていくからです。ですから、日本の若い方々は積極的にネットワークを広げ、多くの先輩方の知識、経験から学び、他に絶対負けない実力をつけ、国際社会という舞台で活躍してほしいですね」

Peacekeeping - UNMIL

国際平和デー(9月21日)のイベントで、サッカーを楽しむ障害を持つ若者たち(2008年、リベリア)

Special events: on the occasion of the International Day of Persons with Disabilities(co-organized by the Department of Economic and Social Affairs (DESA), the Permanent Mission of Japan and Leonard Cheshire Disability)

障害を持つ子どもたちが、国際障害者デー(12月3日)に行われた特別イベントに参加(2013年、国連本部NY)

伊東チーフによると、国連は今、ポスト2015年の開発の枠組み構築に向けて、人権・開発・平和と安全保障の共通の基盤、合意を形成する途上にあります。今後について、「これからも国際社会が長年目指してきた共生社会の実現に尽力したい、そして近い将来は、先ず日本、そしてアジアの国々でも、若い人たちが国際社会で活躍していくための一助となりたい」と抱負を語ってくださいました。

感想

インタビューの節々で伊東チーフが強調していた「とにかくネットワークを広げる」という考えがとても印象的でした。これまで出会ってきた多くの人からの支えなしに、今の彼女はいないからだそうです。伊東チーフの、やわらかい口調で語る強い思いや考えは、この20年間障害者を取り巻く課題に関わってきて感じる確かな手応えを反映していました。
最後に、将来的には日本で若者の国際社会進出の後押しをしたいとおっしゃっていました。障害分野に限らずとも、自分の専門分野を磨き、国際社会に貢献できるようなスキルを身につけることがいかに大切かを伊東チーフの話から再確認できました。