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日本語訳(非公式)ができましたのでお知らせします
トルーマン大統領博物館・図書館での コフィー・アナン国連事務総長演説

プレスリリース 06/092-J 2006年12月22日

(米国ミズーリ州インディペンデンス、2006年12月11日)

(ヘイゲル)上院議員、素晴らしいご紹介をいただき、誠にありがとうございます。私が尊敬してやまない優れた立法者から紹介をいただけたことを、大変光栄に思います。また、このような機会を設けてくださったディバインさんとスタッフの方々、さらには国連協会(UNA)カンザスシティ支部の皆様にも感謝いたします。

ここミズーリ州を訪問できたことは、私にとって喜びであると同時に、名誉でもあります。ヘイゲル議員からもお話があったとおり、私は故郷に戻ってきたような気分でいっぱいです。今からほぼ半世紀前、私はここから北に400マイルほど行ったミネソタ州の大学に通っていました。アフリカから直接到着した私に、ミネソタは厚手のオーバー、暖かいスカーフ、そして、アフリカ人にとっては風変わりに見える耳当ての価値をすぐに教えてくれました。

住む場所が変われば、必ず学ぶべき教訓があります。私がミネソタから国連へと移り住んだとき、学ぶべきことはさらに多くありました。それから44年間、私はこの全人類に不可欠な共通の家を第1の住みかとしてきたのです。きょうは特に、私が事務総長という困難な、しかしやりがいのある仕事を務めてきた過去10年間に学んだ5つの教訓について、皆様にお話ししたいと思います。

これは特に、ハリー・S・トルーマン大統領の遺産をたたえる場所にふさわしい話ではないかと思います。フランクリン・D・ルーズベルト(FDR)大統領が国連の設計者であるとすれば、トルーマン大統領は建築責任者として、国連が設立当初、FDRの予想とは大きく異なる問題への対処を迫られた時期に、その忠実な擁護者としての役割を果たしたからです。トルーマン大統領の名前はこれからも永遠に、長期的な視野からグローバルな大事業に乗り出した偉大な指導者として、人々の記憶に残ることでしょう。そして、私がこれからお話しする5つの教訓から、このような指導者は60年前と変わらず、今も必要とされていることが、皆様もきっとお分かりになるでしょう。

私の第1の教訓は、今日の世界で、私たち一人ひとりの安全は他の人々の安全と結びついているということです。

  • トルーマン大統領の時代もそうでした。1945年、史上はじめて(そして願わくはその時だけ)核兵器の使用を命じた大統領は、他者の安全を損ない、一部の人々の安全のみを確保することは二度とできないことを理解していました。サンフランシスコで開かれた国連創設会議での発言にもあるとおり、大統領は「人間の頭と心、そして希望で防げるのならば、全世界が何年も苦しみ続けるような惨劇(世界大戦のこと)の再発を予防する」決意を固めていたのです。これからの安全保障は集団的なものとし、個別に考えてはならないとの確信を示す発言といえましょう。例えば、1950年に北朝鮮が韓国に侵攻した際、大統領がこの問題を国連の場に持ち出し、米軍を多国籍軍のリーダーとして、国連旗のもとに展開することに固執したのも、こうした理由があったからなのです。
  • しかし、今日の世界情勢を見れば、こうした事情は一目瞭然といえましょう。大量破壊兵器はならず者国家だけでなく、過激派集団の手に入るおそれもあります。新型肺炎(SARS)や鳥インフルエンザなどの感染症は、国境はおろか、大洋さえ数時間で越えてしまいます。アジアやアフリカの真ん中に崩壊国家ができれば、テロリストの隠れ家にもなりかねません。そして気候さえ、地球上の全人類の生活に影響するような変化を遂げているのです。
  • このような脅威に直面する中で、他のあらゆる国々に対する覇権を追い求めることにより、自国の安全を確保できる国などあり得ません。私たちはお互いの安全に対する責任を共有しているのです。自分たちの安全を永久に保障したいのなら、互いの安全確保に努める以外に道はありません。
  • お互いが攻撃された場合に、各国が助け合うことも重要ですが、この責任はそれだけにとどまらないことを認識する必要があるでしょう。そこにはジェノサイドや戦争犯罪、民族浄化や人道に対する罪から人々を守るという、共通の責任もあるからです。昨年の国連世界サミットでは、あらゆる国がこの責任を受け入れました。つまり、国家の主権尊重は、政府が自国民の虐殺をもくろむ際の隠れみのとしても、私たちが忌まわしい犯罪を見て見ぬふりをする言い訳としても、もはや使えなくなったのです。
  • しかし、トルーマン大統領は「素晴らしい理想を口先だけで支持しながら、平然と正義を踏みにじるようであれば、生まれくる世代から激しい仕返しを食らうことになろう」とも述べています。私はダルフールの人々が殺害、レイプ、そして飢餓に苦しむ姿を見るにつけ、私たちの対応が実は「口先だけの支持」程度にすぎないのではないかという不安を抱かざるを得ません。「保護の責任」などという崇高に見える主張を掲げてみたところで、実際に介入する力を持ち合わせている者たちが政治的、経済的措置、そしてさらに最終的手段として軍事力に訴えることにより、先頭に立って理想を実現する用意を示さない限り、それは絵に描いた餅にすぎないというのが、ここでの具体的な教訓といえるでしょう。
  • また、私たちには、現代を生きる人々だけでなく、将来の世代に対する責任もあるはずです。それは私たちだけでなく、子孫たちの生存にとっても欠かせない資源を守ってゆく責任に他なりません。つまり、気候変動を予防したり、緩和したりするためには、さらに多くの取り組みが緊急に必要なのです。私たちがまったく、またはほとんど何もしないままで1日を過ごせば、私たちの子孫が払わねばならぬ代償はその分だけ大きくなります。もちろん、そこで思い起こされるのは「地球は私たちのものでなく、将来の世代から託されたものだ」というアフリカのことわざです。私たちの世代が、こうして託された責任を全うできることを期待します。

私たちはお互いの安全に責任を負っているだけではないというのが、私にとっての第2の教訓です。私たちはある意味で、お互いの福祉にも責任を負っているからです。グローバルな連帯は必要かつ可能なのです。

  • それが必要な理由は、ある程度の連帯がなければ、いかなる社会も真の意味で安定することはなく、誰の繁栄も真に安全とはならないことにあります。これが国内社会に当てはまることは、すべての主要な民主主義工業国が20世紀に学んだとおりです。しかし、ますます統合を深めつつある今日のグローバル市場経済にも、このことは当てはまります。一部の人々がグローバル化から大きな利益を受ける一方で、その仲間であるはずの数十億の人々が極貧状態で置き去りにされたり、さらにはそこに放り込まれたりするような状況が続くはずはありません。私たちは国内だけでなく、国際社会においても、同胞である市民に少なくとも繁栄を共有するチャンスを与えねばならないのです。
  • このような理由から、5年前の国連ミレニアム・サミットでは、2015年までに達成すべき一連の目標として「ミレニアム開発目標」が採択されました。具体的には、世界できれいな飲み水を利用できない人々の割合を半減させること、女の子も男の子も、すべての子どもが少なくとも初等教育を受けられるようにすること、母子死亡率を引き下げること、HIV/エイズの蔓延を食い止めることなどが、目標に掲げられています。
  • 貧しい国々の政府や人々が自分でできることも多くあります。しかし、豊かな国が担うべき役割もきわめて重要です。ハリー・トルーマンはこの点でも開拓者でありました。1949年の大統領就任演説で、後に開発援助として知られることになるプログラムを提案したからです。債務救済と対外援助の増額を通じ、ミレニアム開発目標の実現を助けてほしいという援助国への働きかけが実を結んだことで、私は、グローバルな連帯が必要なだけでなく、可能でもあるという確信を新たにしています。
  • もちろん、対外援助だけで事が済むわけではありません。今日では、市場アクセスや公正な交易条件、そして差別のない金融システムも、貧しい国々のチャンスを広げる上で欠かせないことが分かっています。米国の皆様も、ドーハ・ラウンド貿易交渉を決裂させない決意がおありになれば、今後の数週間、数カ月間で大きな成果をあげることができるのです。そのためには、一部の強力なロビー団体の利益よりも、幅広い国益を優先させながら、ヨーロッパや主要な途上国にも同じ姿勢を見せるよう、強く働きかけるべきでしょう。

私の第3の教訓は、安全保障と開発が最終的に、人権の尊重と法の支配にかかっているということです。

  • 私たちの世界は相互依存を強めながらも、分裂を解消できていません。その要因としては、経済的な差異のほかに、宗教と文化の違いもあげられます。このことはそれ自体、問題ではありません。有史以来、人間の生活は多様性によって豊かになり、さまざまなコミュニティはお互いから、いろいろなことを学んできました。しかし、多様なコミュニティが平和共存してゆくためには、私たちを結びつける共通項も強調しなければなりません。それは私たちに共通の人間性、そして、人間の尊厳と権利は法によって守るべきだという共通の信念に他なりません。
  • これは開発にも欠かせません。外国の投資家も現地の国民も、それぞれの基本的権利が保障され、法に基づく公正な取り扱いを確信できてはじめて、生産的な活動に専念できるようになるでしょう。そして、開発を最も必要としている人々が発言権を持っていれば、真の経済発展を促す政策が導入される確率もはるかに高まるでしょう。
  • つまり、人権と法の支配は、グローバルな安全保障と繁栄に欠かせないということなのです。トルーマン大統領も「私たちは決然たる行動によって、権利にこそ実利がある(Right Has Might)ということをはっきり立証してゆかねばならない」と述べています。皆様の国が歴史的に、グローバルな人権運動の先頭に立ってきた理由も、まさにここにあります。しかし、米国がこの立場を維持するためには、例えテロとの闘いであっても、この原則を忠実に守り続けなければなりません。理想も目標も捨てたと見られてしまえば、米国の友好国が困惑、混乱するのも当然といえるでしょう。
  • また、各国はそれぞれの国民に対してだけでなく、お互いに対してもルールを守る必要があります。場合によってはこれが不都合なこともありますが、最終的に重要なのは都合ではありません。正しい行いこそが大事なのです。自らの行いに対する他国の判断を左右できる国はありません。力、特に武力を行使する場合には、広く受け入れられた規範に従い、かつ、正しい目的、つまり広く共有された目的を備えていない限り、世界からの賛同は得られないでしょう。
  • どこを見ても、法の支配の行き過ぎに苦しんでいる社会はありません。その一方で、法の支配が足りないために苦しんでいる社会は多くあります。国際社会もそのひとつです。この状況は変えねばなりません。
  • 米国は、最も強い者でも法の制約を受けるという民主主義の模範を世界に示してきました。米国が世界で圧倒的な優位に立っている今こそ、この原則を全世界に根づかせる絶好の機会ではないでしょうか。ハリー・トルーマンの言葉を借りれば、「私たちの力がどれほど強かろうとも、いつも自分勝手に振る舞う権利などないということを一人ひとりが自らに言い聞かせなければならない」ということです。

この第3の教訓とも深く関係しますが、政府は国内だけでなく、国際舞台での行動にも責任をとらねばならないというのが、私の第4の教訓です。

  • 今日では、ある一国の行動が他国の人々の生活を決定的に左右しかねないことが多くあります。ですから、各国はそれぞれの国民だけでなく、他の国々やその国民にも、ある程度の責任を負っているのではないでしょうか。少なくとも私はそう思います。
  • 現状では、国家間の責任構造が大きくゆがんでいます。貧しい弱小国は、外国からの援助を必要とするため、責任を問われやすい立場にあります。一方、強大な国々は、その行動が他国に極めて大きな影響を及ぼすにもかかわらず、国内機構を通じた自国民による制約しか受けていないのが実情です。
  • よって、このような強大国の人々と機構には、国内の世論や利益だけでなく、グローバルな世論や利益も考慮する特別な責任があるといえます。しかも今日では、国連で私たちが「非国家主体(non-state actor)」と呼ぶ人々の意見も考慮する必要があります。その中には営利企業、慈善団体や圧力団体、労働組合、慈善基金、大学、シンクタンクなど、世界について考えたり、世界を変えようとしたりする人々が自主的に集まって結成した、さまざまな組織形態が含まれます。
  • こうした主体が国家に代わったり、国民が政府を選び、政策を決定する民主的プロセスに代わったりすることを認めるべきではありません。それでも、非国家主体はすべて、国内レベルだけでなく国際レベルでも、政治過程に影響を及ぼす能力を秘めています。このことを無視しようとする国は、現実を直視していないのです。
  • 実際のところ各国は、仮にこれまでそうできていたとしても、もはや単独でグローバルな課題に立ち向かうことはできません。グローバルな戦略を作り上げる際にも、合意を経てこのような戦略を実行に移す際にも、こうした非国家主体の助けを借りねばならぬことがますます多くなっています。国連の目的を達成するために、こうした人々の助けを借りることは、事務総長である私を導く指針のひとつでした。私が国際ビジネス界との間で1999年に発足させた「グローバル・コンパクト」は、そのひとつの具体例でした。また、全世界的なポリオとの闘いも、国連ファミリーと米疾病管理センターに国際ロータリー・クラブという重要な存在が加わった見事なパートナーシップにより、その終章ともいえる段階にまで到達することができました。

以上が4番目までの教訓です。もう一度、簡単に復唱させてください。

第1に、私たちはすべて、お互いの安全に責任を負うということ。

第2に、私たちはすべての人々に、グローバルな繁栄から利益を得るチャンスを与えることができ、また、そうせねばならないこと。

第3に、安全と平和はともに、人権と法の支配に依存するということ。

第4に、各国は国際的な行動について、お互いに対し、そして幅広い非国家主体に対し、責任を負わねばならないこと。

これら4つの教訓から必然的に引き出されるのが、最後の5番目の教訓です。このような教訓を生かすためには、多国間システムを通じて協力すること、そして、ハリー・トルーマンが私たちに残した国連という比類のない遺産を最大限に活用することが必要なのです。

  • 事実、多国間の機構がなければ、各国がお互いの責任を問うことはできません。それゆえ、こうした機構を公正かつ民主的に組織し、貧しく弱い国が豊かで強い国の行動にある程度の影響力を及ぼせるようにすることが、とても大切なのです。
  • これは特に、世界銀行や国際通貨基金(IMF)のような国際金融機関に当てはまります。開発途上国は、事実上その生死にかかわる決定を下しかねないこうした機関で、より大きな発言力を与えられるべきです。同じことは国連安全保障理事会にも当てはまります。その構成は依然として、今日とは程遠い1945年時点での現実を反映しているからです。
  • 私が安全保障理事会の改革を急いできた理由もここにあります。しかし、改革には2つの異なる論点が絡んでいます。そのひとつは、恒久的または長期的に新たな理事国を加え、現時点で発言力の限られている地域をよりよく代表させるべきだという点です。しかし、もうひとつの論点のほうが、これよりさらに重要といえそうです。それはすなわち、すべての理事国、特に常任理事国である大国が、その特権に伴う特殊な責任を受け入れねばならないということです。安全保障理事会は単に国益を争う場のひとつではありません。それは、今後成長してゆく集団安全保障システムの管理委員会ともいうべき存在なのです。
  • トルーマン大統領も「大国の責任は世界の人々に奉仕することであり、これを支配することではない」と述べています。大統領は、米国がこの責任を全うすれば、どれだけのことを実現、達成できるかを示したのです。そして今日でも、米国の関与なしに多くを達成できるグローバル機構は存在しません。しかし、米国の全面的な関与があれば、達成できないことなどないに等しいでしょう。

この5つの教訓は、集団的責任、グローバルな連帯、法の支配、お互いに対する責任、そして多国間主義という5つの原則にまとめることができます。私はこうした原則が、今後の国際関係の運営に欠かせないと信じています。後任の事務総長への引継ぎを3週間後に控えた今、私は皆様にこれらの原則を厳かに託したいと思います。

親愛なる皆様、1945年の国連創設以来、私たちは多くの成果をあげてきました。しかし、この5原則を実施に移すためには、さらに多くの取り組みが必要です。

ウィンストン・チャーチルが最後にホワイトハウスを訪問したのは、トルーマン大統領が退任を間近に控えた1953年のことでした。私はこの壇上で、そのときの様子を思い浮かべています。チャーチルは1945年のポツダム会談で1度だけ、トルーマンに会っていました。それを思い出したチャーチルは、大胆にもこう切り出しました。「今だからいえるのだが、私はあのとき、あなたのことを見下していた。あなたがフランクリン・ルーズベルトの後任になったのを、忌まわしいとさえ思っていた」。そして一息つくと、次のように続けたのです。「私はあなたを見損ねていた。あのとき以来、あなたほど西洋文明を救ってきた人はいないからだ」

親愛なる皆様、私たちにとって、今日の課題は西洋文明を守ることでも、東洋文明を守ることでもありません。すべての文明の存亡がかかっています。これを救うためには、あらゆる民族が一致団結して問題に取り組むしかないのです。

米国の皆様は20世紀中、国連を核とする効果的な多国間システムの構築に大きく貢献されました。60年前に比べ、皆様はこのようなシステムを必要とされていないのでしょうか。あるいは、このようなシステムが皆様を必要としなくなったのでしょうか。

そんなことは決してありません。世界の諸民族が一丸となってグローバルな課題に取り組める世界的なシステムの必要性は、全人類にとってこれまでになく高まっています。米国の皆様もその例外ではありません。そして、このシステムがさらに効果的に機能するためには、トルーマンの伝統に根ざし、長期的な視野に立った米国のリーダーシップが引き続き欠かせないのです。

米国の今日の、そしてこれからの指導者の方々が、こうしたリーダーシップを発揮されることを期待してやみません。

ご清聴ありがとうございました。