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世界報道自由デー(5月3日)に向けた
国連共同メッセージ

プレスリリース 02/041-J 2002年05月15日

 今年の世界報道自由デーは、テロリズムとメディアの自由の問題に光が当てられます。とりわけ、自分の仕事を果たすために深刻な危険の中に身を置き、ときには最悪の報いを受けることさえある勇敢なジャーナリストたちに捧げられます。

 過去2年間、毎年50人以上のジャーナリストが暴力的な紛争を取材している間に命を落としました。それも、戦いの中で起きた事故が原因で死亡することよりも、犯罪行為、汚職、テロ活動をメディアに暴かれたくないと考える人々によって意図的にジャーナリストが狙われることが増えています。ダニエル・パール記者のできごとも、そうした悲劇的な事件な一つでした。彼の残酷な死は、ジャーナリストという職業がいかに危険なものになりうるかをはっきりと示しています。

 テロリズムは直接的にも間接的にもメディアの自由と独立を脅かします。テロ活動はしばしば、暗殺、誘拐、拷問、事務所の爆破など、記者や発行者への暴力的な攻撃を伴います。私たちはそのような暴力を憎みます。ジャーナリストにも他のすべての人と同じく人権があります。それは、どのような職業を選ぼうとけっして失われることのない権利なのです。

 テロリズムの間接的な脅威には2つの側面があります。第1に、それは人をおびえさせ、恐怖と疑いを吹き込み、自分たちが同意しない意見を沈黙させようとします。これは権利と自由の行使にとって有害な状況です。第2に、テロリズムは政府の抑圧的な反応を引き起こすことがあります。政府は、テロリズム反対運動が擁護すべきまさにその権利と自由をむしばむような、法律や規則や監視を導入しがちになるのです。実際、反テロリズムの名において、何十年も、あるいは何世紀もかかって作り上げられてきた原則や価値が危険にさらされることがあります。

 基本的な自由、人権、民主主義こそが、自由を保証するために最も重要です。報道と言論の自由は、それ自体望ましいものとして、またテロリズムに対する闘いを遂行する手段として、保護されるべきです。テロリズムに対する闘いにおいてメディアが果たしうる最大の役割は、自由に、独立して、責任を持って行動するということです。それは、脅しに負けてはならず、また愛国的な感情や煽動的な意見の単なる代弁者になってもならないということを意味します。そうではなく、メディアは、真実を追究し、それを公表し、情報や意見を偏りなく提示し、自分たちの発する言葉や映像を注意深く考え、ジャーナリストの名に恥じない高い規範を守らなければなりません。また、責任ある報道界であるためには、自らを制することが不可欠です。メディアに厳しい国家規制を課したいという誘惑に抵抗しなければならないのです。

 世界報道自由デーを迎え、私たちは、すべての人の生まれながらの権利であり、また人類が進歩していく基礎の1つである表現の自由にとって、報道の自由が欠かせないものであることを再確認します。

コフィー・A.アナン
国連事務総長

松浦晃一郎
ユネスコ事務局長

メアリー・ロビンソン
国連人権高等弁務官

 世界報道自由デーは、19931220日、総会決議第48432号によって設けられました。その基礎となったのは、1991年にナミビアで国連広報局とユネスコが共同開催した会議、「独立し、多元的なアフリカの報道界の促進に関するセミナー」におけるウィントフーク宣言です。この宣言には、「国家の民主主義の発展・維持および経済発展にとって、独立し、多元的で自由な報道の確立、維持、育成が不可欠である」と述べられています。そして、報道が独立しているというのは、「政府、政治または経済の統制を受けず、新聞、雑誌、定期刊行物の作成と流通にとって重要な素材やインフラの統制を受けない」ことであると定義され、報道が多元的であるというのは、いかなる種類の独占もなく、「その社会におけるできるだけ幅広い意見を反映するできるだけ多くの新聞、雑誌、定期刊行物」が存在することであると定義されています。