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「核実験に反対する国際デー」を記念する国連総会非公式会合での事務総長演説

プレスリリース 14-055-J 2014年09月18日

「核実験に反対する国際デー」を記念する国連総会非公式会合での
潘基文(パン・ギムン)国連事務総長演説
(ニューヨーク、2014年9月10日)

「核実験に反対する国際デー」を記念するため、この会合を開いていただいた国連総会に感謝いたします。

核軍縮は常に、私にとっての優先課題です。核実験の廃止はその中心的要素のひとつです。

「核実験に反対する国際デー」は、2つの重要な出来事に因んで設けられました。

1991年のこの日、カザフスタンはセミパラチンスク付近にあった核実験場を閉鎖しました。

そして1949年のこの日、ソ連は初の核実験を実施しました。

その後、さらに455回に上る核実験が実施され、現地の住民や環境に恐ろしい影響を及ぼしました。

私は2010年4月、セミパラチンスクを訪れ、今も続くその余波を目の当たりにするとともに、被災者の方々ともお話ししてきました。私はセミパラチンスクの核実験場を一方的かつ決定的に閉鎖したカザフスタンのナザルバエフ大統領のビジョンあるリーダーシップと勇気を称賛します。

私はあらゆる恐ろしい物事、そして、これら恐ろしい物事が住民にどのような影響を及ぼしてきたかを自分の目で見てきました。そして私は、セミパラチンスクの元実験場から世界に向けて、二度と核実験は行うべきでないというメッセージを発信しました。皆様のうちの誰かがそこを訪れ、同じ光景を目にしたとしても、私と同じ気持ち、そして同じ決意を持つことになるでしょう。私は、8月29日を「核実験に反対する国際デー」と定めた国連総会に深く感謝します。

これらの核実験と、冷戦期にその他の国々で行われたさらに数百件の核実験は、核軍備競争の時代を象徴する出来事となりました。

私たち人類の運命は細い糸、すなわち、まさにMADという略称に相応しい「相互確証破壊」というドクトリンに依存することになったのです。

核戦争の狂気と恐怖は1945年8月、わずか2個の原子爆弾が広島と長崎という2つの都市を壊滅させた時から、すでに明らかになっていました。

この原爆投下により、5カ月以内に約21万3,000人が、そして5年以内に30万人以上が命を失いました。

長崎と広島で被爆者の方々とお会いしたことは、私が無力感と悲しみを最も強く感じた経験のひとつでした。

広島と長崎で、そしてセミパラチンスクで私がお会いしたのは、決して悲劇に屈することがない人々でした。

それどころか、被害者の方々は、同じ運命に苦しむ人々がこれ以上増えないよう、勇気を持って自らの苦悩を語る道を選んだのです。

その決意とコミットメントを、核兵器のない世界を目指す私たちの作業の指針とすべきです。

それはまさしく、核実験に終止符を打つことを意味します。

18年前のこの日、総会は「包括的核実験禁止条約(CTBT)」を採択し、直ちに署名式を行いました。

世界的な核実験禁止が多くの利益をもたらすことを考えれば、条約が未だに発効していないことは残念でなりません。

私は事務総長として、そしてウィーンでのCTBT発効促進会議の元議長として、国際社会に対し、絶望や皮肉によって、この偉大な共通目標に対する私たちの決意を揺るがさないよう呼びかけます。

私はCTBTを批准していない国々、特に条約の発効に批准が必要な残る8つの発効要件国に訴えかけたいと思います。

CTBTはすでに18年もの間、発効できない状況が続いているものの、実際には大きな貢献を果たしています。私たちはこれを法的に有効とする必要があります。

私はこれらの国々に対し、世界が取り組もうとしている人間の苦悩を直視するよう促したいと思います。

「核実験に反対する国際デー」にあたり、私たち全員が被害者の話を新たな目で見直そうではありませんか。

その言葉に耳を傾け、私たち一人ひとりが自分の経験として、被爆の影響を想像しようではありませんか。

そうすることで初めて、核兵器と核実験のない世界を目指すという私たちの決意を新たにすることの大切さを、よりよく理解できるのですから。

皆様の決意に感謝します。

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核実験に反対する国際デー(8月29日)に寄せる事務総長メッセージはこちら