• プリント

グローバル・コミュニケーション担当事務次長による寄稿:「ウクライナの危機は、ソーシャルメディアにとっての重要な分岐点」

2022年05月02日

メリッサ・フレミング
グローバル・コミュニケーション担当事務次長

 

画像はhttps://socialnetworking.procon.orgより

 

2022年3月19日

私たちは皆、恐ろしいニュースの嵐の中で過ごしています。この数週間、多くの人がスマートフォンにくぎ付けになり、ロシアによるウクライナ侵攻の最新情報を、昼夜を問わずソーシャルメディアで確認しています。恐怖と不安から、確認し続け、目をそらすことができないのです。

ソーシャルメディアのプラットフォームは貴重なツールであることが証明されています。リアルタイムに伝えられる出来事の展開と私たちを耐えがたいほどまでに近づけてくれます。記者や市民ジャーナリストの勇気のおかげで、世界は、包囲下にあるウクライナの人々が日々経験している恐怖を目にし、そして感じています。私たちは彼らの痛みを感じ、助けたいと思っています。

しかし、インターネット上では、特に感情が高ぶっている時こそ、慎重にならなければなりません。私たちは、情報戦の只中にいるのです。目撃者から正確な情報が得られる場合でも、共有する際は慎重になるべきです。いったん立ち止まって情報源を確認し、情報を確かめることを、私たち皆が習慣化しなければなりません。

結局のところ、ソーシャルメディアのプラットフォームは便利でありこそすれ、私たちが知見を深めるためではなく、私たちが関与するために作られました。そのために、運営者は私たちの行動を研究し、私たちが反応しそうなコンテンツを表示しているのです。その確実な方法の一つが、私たちを激怒させ怒り分極化、そして流血さえも助長することです。

ウクライナの危機以前でさえ、これらプラットフォームは、設計上、何千万という人々に対して、虚偽、憎悪に満ちた、あるいは扇動的なメッセージを広めたい悪者にとって、便利なツールとなっていました。とりわけ挑発的な投稿が、注目を引くよう設計されたアルゴリズムによって押し上げられ、私たちのフィードの上位にたびたび上がります。

そうした投稿は、本物でもなければ公益に資するものでもありません。極めて挑発的な投稿です。事実に忠実である必要がなければ、挑発するのはたやすいことです。多くの場合、嘘の方がより興味をそそるため、アルゴリズムが嘘を押し広めるのです。ソーシャルメディアではデマの方がより速く伝わるという研究結果が出ているのは、そのためです。

ノーベル平和賞を受賞したジャーナリスト、マリア・レッサ氏は、最近、CNNの番組『リライアブル・ソース』で、そうした設計上の欠陥が「現実の分裂」を許していると指摘しました。「ニュースを提供する世界最大のプラットフォームは、実際のところ、事実よりも怒りや憎悪が織り交ぜられた嘘の拡散を優先してきた」と付け加えました。

これは、平和な時代においても十分に問題であり、現実を共有しているという感覚をむしばみ、自分たちの意見しか聞こえてこない閉ざされた空間に私たちを閉じ込めてしまうのです。しかし、社会が暴力へと陥っていく時、それは大惨事になりかねません。国連は2018年に、ミャンマーにおける恐ろしい暴力にフェイスブックの乱用が「重大な」役割を果たしたと指摘しました

そしてこれは、決して特殊な事例ではありません。国連は世界中で、デマや人種主義、反ユダヤ主義の拡散が急増しているのを確認しています。エチオピアや、かつて紛争状態にあったバルカン諸国の地域では、大量虐殺の否定や戦争犯罪者の賛美が急増しています。

私は、プラットフォームがすべての責任を負うべきだと言いたいのではありません。プラットフォームは媒体であり、伝達者ではないことは、明確に理解しなければなりません。しかし、こうした欠陥が悪用された場合の被害について、今こそ率直に議論すべき時です。ウクライナの危機は、すでに手遅れとまでは言わずとも、こうした議論の緊急性を今までにないほど高めました。

しかし、この数週間で変化が見られました。テクノロジー企業はプラットフォームとしての役割を盾に隠れるのをやめ、プラットフォーム上で発信されたコンテンツが、現実世界の出来事に実質的な影響を与え得ることを認めるようになりました。前例のない対応が見られており、中にはより配慮の行き届いたものもあります。

良い面としては、不適切なコンテンツの監視作業が強化されつつあります。嘘の特定と削除がより体系的に行われるようになってきています。一方で、場当たり的な対応になっているところもあります。フェイスブックは、特定の状況についてヘイトスピーチと暴力の扇動の全面的な禁止を解除しましたが、これはメディア社会学者のジェレミー・リタウ氏が指摘したように「途方もなく厄介な事態」でした。

「フェイスブックにはルールがある、なくすまでは」とリタウ氏は続けています。「フェイスブックは単なるプラットフォームであり、一方に味方することはありません、そういう方針を取らない限り」。これは的を射た見解であり、他のソーシャルメディアのプラットフォームにも当てはまり得るものです。何よりも、ウクライナの危機への対応は、プラットフォームは中立的であるという主張と矛盾しています。プラットフォームには、そうしたいと思えば大きな変化をもたらす力があるということを示すものです。

以上のことから、ウクライナ問題は重要な分岐点となっています。これを機に、ソーシャルメディアの設計上の最悪の欠陥の一部の直し方についての対話を促しましょう。再設計は非現実的に聞こえるかもしれませんが、まずは想像してみてください。思っているよりも簡単なのかもしれません。

アルゴリズムというと、自動的で、自分たちには制御できないものと思いがちです。しかしプラットフォーム側が言うには、ユーザーにより良い体験を提供するべく、人間のエンジニアが定期的にアルゴリズムに手を加えて更新しているのです。では、私たちの優先順位が変わったとしたらどうなるでしょう? アルゴリズムが、オンライン空間をより人道的にするためのコンテンツを押し広めたらどうなるのでしょうか?

ソーシャルメディアは人類の最善の利益に資することはできない、という決まりはありません。なぜ、プラットフォームが平和や尊厳、法の支配を下支えすることができないと言えるのでしょうか? 友好的な自由な意見交換の場を築けるかもしれません。危機下において、プライバシーや人権が守られながら、信頼できる情報が得られる場所です。

これが、私たち国連が持つビジョンです。私はチームとともに、社会に実害を与えている欠陥に対処するグローバルなコミットメントに取り組んでいます。私たちは幅広い関係者と相談しながら、情報公開の誠実性のための行動規範を策定していきます。これは、世界の公益に資するデジタルコモンズを復活させて再び重点を置くことを目指すものです。

この取り組みは、まだ始まったばかりです。しかし、これは私たちが共有するオンライン空間において信頼を再構築する絶好の機会だと私は考えています。事実と科学を推進し、嘘や憎悪がもたらす害を減らす機会です。この数週間に起きた出来事は、今こそが変革の時だということの、決定的な証拠なのです。

* *** *

原文(English)はこちらをご覧ください。