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東日本大震災の教訓を東北から世界へ! 国連デー@東北大学 (後編)

2011年10月26日

700人が参加して「国連デー@東北大学」が開催されました

国連デー@東北大学、午後の部は国連の活動を報告するプロモーションビデオの上映で幕を開けました。

まず、国際労働機関(ILO)駐日事務所・長谷川真一代表より挨拶がありました。国連デーを東北の地において開催することができたことを東北大学に感謝するとともに、「このシンポジウムが東北から世界への第一歩となることを願う」と述べました。

続いて、気仙沼市立気仙沼中学校2年の髙橋脩悟君をスペシャル・ゲストに迎え、午後の司会を務める国連国際防災戦略事務局(UNISDR)駐日事務所の松岡由季代表によるインタビューが行われました。卒業式を翌日に控え、その準備のさなかに被災した経験を、写真で紹介しながら語る髙橋君。震災直後から自衛隊やたくさんのボランティアが現地に入り、安否不明者の捜索や支援活動が行われる様子を目の当たりにしました。また、自らも避難所の被災者のために演奏会を開くなどのボランティア活動を行い、スイス政府の招待によるサマーキャンプでは、現地で募金活動の協力を受けるなど海外の人々との絆を築くこともできました。この貴重な経験を通じて気仙沼の将来を考えるようになり、気仙沼のすばらしさ、自然との共存の大切さを感じたと語りました。

【パネルディスカッション:被災地:パートナーシップで取り組む】

山下真理・国連広報センター(UNIC)所長をファシリテータに、ビジネス、自治体、国連関連団体が連携して緊急支援活動を行った東北でのユニークな取り組みについてディスカッションを繰り広げました。山下所長は、このディスカッションを通して、「被災地でのパートナーシップの大切さを考えていきたい。もう一つは国連の活動について。東北で行った活動が世界で行った活動と似ている。世界での緊急支援を身近に考えてもらえたら」と語りました。

パネリストの一人、女優の紺野美沙子さんは、国連開発計画(UNDP)の親善大使を13年間務め、アジアを中心とした災害被災地を含む途上国を訪問してきました。国連デーの前の数日間は、宮城県南三陸町、石巻市、仙台市の被災地を訪れ、被災者一人ひとりの不安に被災者の目線からどう応えることができるのか、考えさせられたと語ります。

2005年10月の地震で4万6千人以上の人々が亡くなったパキスタンを昨年訪問した紺野さん。今ではすっかり地震があったことも忘れたかのように街が見事に復興していたことに感心したと言います。そして、「途上国と違い、先進国である日本において、東北は間違いなく早く復興できる」とする一方、今後は、へき地や遠隔地への支援の遅れが心配なこと、また心のケアなど、「行政では行き届かないきめ細やかな、息の長い援助をぜひNGOなどの民間団体に期待したい」と述べました。

国連で唯一、日本政府からロジスティックス支援要請を受けた国連世界食糧計画(WFP)の日本事務所民間連携推進マネージャーの佐野直哉氏は、今回の東日本大震災において企業、自治体、政府と連携した緊急支援を行ったことを紹介しました。

900トンの支援物資の輸送、またテント、プレハブの設置といった支援を時間のロスなく迅速に行うことができたのは、WFP協会との連携により食料物資の調達が実施できたこと、そして企業の協力、政府、自治体と連携があったからだと語りました。

また、日本ユニセフ協会東日本大震災緊急支援本部チーフコーディネーターの菊川穣氏も、日本国内では50年ぶりとなる支援をスムーズに行えたのは、企業、市民団体の協力が大きかったと言います。

物資援助には多数の企業や、生活協同組合など既存のネットワークとうまく連携できたことも大きな要因でした。また世界で活動を展開するユニセフから専門性をもった日本職員を派遣し、心のケア、子どもの保護といった支援を行いました。支援の実施・運営は大学、医師会、NPOなどとパートナーシップを組むことで、迅速に対応できました。さらに、8月末現在で約33億7千万円の募金が集まり、そのうち10億7千万円は海外から寄せられたもので、世界が日本に向ける温かい思いがうかがえます。

支援を受ける側として登壇した安住宣孝・女川町長は、役場職員が被災し、さらには公共施設がすべてない状況でどう運営したか、苦労を語りました。まず、各自治体から職員の派遣を受け、人員を確保。支援については、社会福祉協議会に窓口を一本化し、災害対策本部に報告を受ける形をとり、混乱を防ぎました。さらには、警察、消防、教育委員会、NTT、電力会社、派遣職員などすべての人が参加して1日2回の会議を開き、情報を共有したと言います。

支援については、「何が必要か、何をどう振り分ければよいか、指示する人物がいると大変助かる」とし、NPOなどが専門性のあるコーディネーターを早く現地に派遣することの重要性を述べました。また、阪神淡路大震災の経験を持った職員の派遣を受けたことから、自治体同士の連携の大切さを実感したと言います。

海外からも、2、3階建ての仮設住宅、診療所の設置などの援助を受け、世界各国との絆の必要性を感じたと語りました。

6カ月間でのべ3万5千人にも及ぶ、民間では最多のボランティアを現地に送り込んだのが、日本労働組合総連合会(連合)でした。総合組織局長の山根木晴久氏は「とても素人のボランティアが活動できる状況ではなかった。集団的に統率のとれた人員が必要だった」と振り返りました。地域の社会福祉協議会と連携して、活動地域から近い場所にベースキャンプを設置し、被災者との交流を大切にしながら、泥出し、片付けを中心に支援を行いました。

今回の支援において、企業、自治体、市民団体、政府、国連機関のパートナーシップがいかに重要な役割を担ったか、深く知ることのできるパネルディスカッションとなりました。

今後の復興に向けて、安住・女川町長は、心のケアに加え、雇用の問題、企業の再建が大きな問題になると述べました。連合の山根木さんは、震災前でも厳しい状況にあった雇用問題の深刻さが加速する可能性を指摘し、中小企業への二重ローン・税金の免除や、生活支援とセットの職業訓練などの必要を訴えました。WFPの佐野さんは、日本企業が復興・自立に向けての支援にさらなる力を発揮できるのではと語りました。

「復興していく様子を伝えることが途上国にも勇気を与える。関心が薄れることがないように、今後も支援を継続していきましょう」という紺野さんのメッセージで、パネルディスカッションは幕を閉じました。

【「災害とボランティア」からユース宣言へ】

国連デー@東北大学、最後のセッションでは、国連ボランティア計画(UNV)の長瀬慎治・東京事務所駐在調整官をファシリテータに、2人の専門家に今回の東日本大震災における民間団体、行政によるボランティア活動および支援について紹介していただき、また実際にボランティアとして携わった学生の方々にその経験と思いを語っていただきました。

まず、日本NPOセンター田尻佳史常務理事・事務局長からは、「災害救援活動におけるNPOの役割」として、今回の未曾有の大災害における災害ボランティアの活動についてお話いただきました。

日本NPOセンターは、NPO支援のための基金として設立されました。これまでに東日本大震災では20団体への資金支援を行い、10月からは公募で活動支援を行っています。災害時には、災害ボランティア活動支援プロジェクト会議がボランティアセンターを設置し、人、もの、情報の支援を行います。今回の震災においては、最多で110カ所にボランティアセンターを設置し、各地にコーディネーターを派遣、のべ80万人のボランティアが活動しました。コーディネーターを置くことで、全国からやってきた数千人ものボランティアを振り分けることができました。これは阪神淡路大震災でボランティアが殺到し、コーディネーターがいないことで混乱したことを教訓に作り上げた組織でした。

そして、3月11日の大震災後に、新たに東日本大震災支援全国ネットワークが設立されました。阪神・淡路大震災と違って、東日本大震災は広範囲にわたり、どこでどの団体が何をしているか、お互いに見えない状況にありました。これを可視化させ、連携をとろうというもので、650を超える団体が参加しています。

「今後はよりネットワークを強化し、6万人近い県外避難者への支援を行うことが課題です」と、県境を越えたネットワークの必要性を田尻さんは述べました。

続いて、兵庫県企画県民部防災企画課防災事業係長の小山達也氏からは、「カウンターパート方式による地域間災害対応支援とボランティア」と題し、阪神・淡路大震災を経験し、いかに防災に対する体制、そしてボランティア活動の推進、支援体制を作り上げてきたか、兵庫県の事例とともに、今回の震災における支援について紹介していただきました。

1995年1月17日の阪神淡路大震災より前に、この地域の人々が経験した地震は1946年12月21日の南海大地震。実に50年近く、地震に遭遇することのなかった人々は、当時どう対応したらよいのか、心構えもありませんでした。

阪神・淡路大震災で行政機能が喪失した状況において、がれきに埋まった人々の77%は、地域の人に助けてもらったというデータがあります。そして、1カ月で60万人、3カ月で117万人ものボランティアが活動しました。ところが、ボランティアをコーディネートする体制ができておらず、混乱した経緯がありました。

兵庫県では、コミュニティの防災力向上の必要性を感じ、「県民ボランタリー活動促進に関する条例」を制定、兵庫ボランタリー基金を創設しました。また「ひょうごボランタリープラザ」を開設して、ボランティアコーディネートの中核としました。

東日本大震災を受けて、3月13日に開かれた関西広域連合委員会では、カウンターパート方式による災害支援を決定しました。カウンターパート方式では、宮城チーム(鳥取県・兵庫県・徳島県)、福島チーム(滋賀県・京都府)、岩手チーム(大阪府・和歌山県)として、支援する県ごとにチームに分けることで、各県に同等の支援を継続的、効率的に行うことができました。

「今後は、たとえばコミュニティ支援、まちづくり専門家、またアドバイザー派遣など、長期・継続的に専門的知識を持った人員を派遣していきたい」と、大震災を経験したならではの支援の可能性を小山さんは語りました。

続いて、実際に今回の大震災で活動した学生ボランティアの皆さんが、その活動・経験について語りました。4名の学生のうち、3名は幼い頃に阪神・淡路大震災を経験していました。おぼろげながらあった当時の記憶が、今回の東日本大震災で掘り起こされ、悲惨な状況を目の当たりにして「何とかしたい」という思いに至った、と語りました。

神戸大学の野浪遙香さんは、神戸大学遠野ボランティアバスに参加して、岩手県陸前高田市や大槌町に行き、泥出し、片付けなどをしました。若い大学生という立場ゆえに、高齢者からはかわいがられ、子ども達からはお姉さんとして頼られた経験を語りました。

仏教大学の那須琢矢さんは、個人で被災地に入ってボランティア活動をしました。そして防災教育を学んできた経験から、今こそこれを生かし、次の世代に教育の中で伝えていきたいと話しました。

東北大学の本山敬祐さんと斎藤麻子さんは、「東北大学地域復興プロジェクト(HARU)」に参加しました。この活動にはのべ2,500人が参加し、泥出し、避難所の運営、支援物資の輸送・募集に携わりました。今後は大学生ならではの活動、教育支援プロジェクト、農村復興プロジェクトなどをしていく予定です。

斎藤さんは、この経験からボランティアに対する見方が変わったと語りました。「特別な人がやることではない。自然とやらなきゃと思った。誰でも人のためになれる」と実感したそうです。

ファシリテータを務めた長瀬氏は、「日本の未来を担う若者たちがボランティアに関わり、考えたということは大いに意味がある」と述べました。

そして、学生ボランティアによる経験を生かし、共有しようと「ユース宣言」が発表されました。ボランティアを経験し、若者ならではの力が発揮できることを学んだ学生たち。ボランティアを続けながら、自然との共生について考え、次の世代に伝えること、そして世界に東北が生まれ変わる姿を発信し続けたいと宣言しました。

ユース宣言 111024_Youth_Declaration.pdf

最後に、国連地域開発センター(UNCRD)の高瀬千賀子所長による挨拶で国連デー@東北大学は幕を閉じました。「東北での貴重な経験を世界に発信することは世界の防災、支援活動に対する貢献になる。東北は持続可能な社会を念頭においた復興と再生を実行する機会を与えられたとも言え、来年開催される、『持続可能な開発会議(リオ+20)』にとって貴重な事例となる」と述べました。そして、国連機関は東北から世界への発信に対して今後も助力していくことを誓いました。

前編はこちら

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長谷川真一・国際労働機関(ILO)駐日代表
気仙沼市立気仙沼中学2年の髙橋脩悟君に被災当時の状況を尋ねる松岡由季・国連国際防災戦略(UNISDR)駐日事務所代表
「パネルディスカッション 被災地:パートナーシップで取り組む」から。ファシリテータを務める山下真理・国連広報センター(UNIC)所長
パネリストとして登壇した国連開発計画(UNDP)親善大使の紺野美沙子さん、佐野直哉・国連世界食糧計画(WFP)日本事務所民間連携推進マネージャー
(左から)同じくパネリストの菊川穣・日本ユニセフ協会東日本大震災緊急支援本部チーフコーディネーター、安住宣孝・女川町長、山根木晴久・日本労働組合総連合会(連合)総合組織局長
ホール1階では駐日国連諸機関による展示ブースが設けられた
「『災害とボランティア』からユース宣言へ」
左から、ファシリテータを務める国連ボランティア計画(UNV)の長瀬慎治・東京事務所駐在調整官、小山達也・兵庫県企画県民部防災企画課防災事業係長、田尻佳史・日本NPOセンター常務理事・事務局長
「ユース宣言」を発表する学生代表。左から、仏教大学の那須琢矢さん、神戸大学の野浪遙香さん、東北大学の本山敬祐さんと斎藤麻子さん
高瀬千賀子・国連地域開発センター(UNCRD)所長
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