変化を引き起こす「声の力」(UN Chronicle 記事・日本語訳)
2025年05月09日

*この記事は、国連グローバル・コミュニケーション局の発行する『UN Chronicle(ユーエヌ・クロニクル)』に掲載された記事の日本語訳です。
*****************
執筆者について
マーヘル・ナセル
国連事務次⻑補兼2025年⼤阪・関⻄万博国連陳列区域代表。国連グローバル・コミュニケーション局アウトリーチ部長も務める。
2025年4月16日
今年1月30日、私はフロリダ州タラハシーのフロリダ州立大学で開催された第11回南アジア・メディア・文化研究会議年次大会で、「声を称える(Celebrating Voices)」のテーマの下、開会の基調講演を行う機会に恵まれました。私は国連での35年余りのキャリアを基に、国連がその取り組みを導き、その活動が人々の生活に及ぼす影響を伝え、その使命をより多くの人に支持してもらえるよう人々に働きかける中で、どのようにして「声の力」を活用してきたかについて、私なりの見解を共有しました。以下は、講演での発言を編集したものです。
ユヴァル・ノア・ハラリ氏は、自身のベストセラーである著書『サピエンス全史』の中で、人類(ホモ・サピエンス)が世界で最も成功した種になった主な理由は、大勢で協力する能力にあると述べています。そして、それは想像の中に存在するものを信じる、言い換えれば、物語やナラティブを創作する人類独自の能力があってこそ可能なのだと述べています。いくつかの研究では、あらゆる人間のコミュニケーションの大部分はストーリーテリング(物語を使って情報やメッセージを伝える手法)に基づいていることが示されています。ストーリーテリングは、私たちしか持たない独自の声を用いて情報を伝達すると共に、それに加えて、考え方や行動の変容を求める希望を伝える手段なのです。
企業、ブランド、社会運動、宗教、政党、政治家は、その時々において、他者との差別化を図るナラティブを作り出すことで成功を収めています。
したがって、物語とナラティブは重要であり、だからこそ、物語やナラティブが国連のコミュニケーション戦略の重要な部分を占めてきたのです。今日の相互につながり合った世界では、加盟国から与えられたマンデートを履行するためにオーディエンスにリーチできるか否かは、事実や科学に基づいたデータや情報を利用するだけでなく、そうした知識を適切で信頼できるストーリーアーク(主人公が葛藤を乗り越える個人の物語)の中で伝えられるかにかかっています。
さらに、調査や研究からは、世界中の人々がニュースに背を向けつつあることがわかっています。オックスフォード大学ロイタージャーナリズム研究所の2024年6月の報告書によると、世界の約40%の人々が積極的にニュースを避けることが「よくある」「時々ある」と回答しており、2017年の29%から増加しています。そうした回答者は、ニュースを「気が滅入る」「容赦ない」「退屈」と表現しています。
しかしながら、問題そのものについてだけでなく、その問題がどう対処され、成功あるいは失敗したかについても取り上げている記事を読むと、人々はさらに記事を読もうとする、というエビデンスも増えつつあります。つまり、問題や課題を取り上げるだけでは不十分であり、解決策を提示し、読者や視聴者に対して、その解決策について学び、自らが解決策に関わる機会を提供することが必要なのです。
そうした観点から、2013年にあるジャーナリストのグループが「ソリューションズ・ジャーナリズム・ネットワーク(SJN)」を設立しました。SJNの目的は、人々がどのように問題解決に取り組み、そうした取り組みから何を学べるのかについて正しく報道することに焦点を当て、ジャーナリズムにおける世界的な変革を主導することにあります。(社会的課題への)対応、洞察、エビデンス、そして限界が、ソリューション・ジャーナリズム(課題解決型の報道)の重要な要素であり、SJNはこれまでに、5万7,000人を超えるジャーナリストを訓練してきました。
こうした概念に基づき、国連グローバル・コミュニケーション戦略は2020年以降、いわゆる「3つのW」を指針として掲げています。
- What?(何を)
国連の優先課題について信頼できる情報を適時に提供することで、ナラティブを主導する。 - Why care?(なぜ関心を持つべきか)
ターゲット・オーディエンスが関心を持つようにストーリーテリング・コミュニケーションを設計し、そうしたオーディエンスが利用するプラットフォーム上で積極的に届ける。 - What now?(次に何をすべきか)
解決策を取り上げ、具体的な行動を後押しするキャンペーンやコンテンツを開発する。
今年は国連創設80周年に当たります。国連は、私自身も含め世界中の何十億の人々の生活に多大な影響を与えてきました。
国連は、私が5歳の頃から私の人生と直接的な関わりを持っています。私はパレスチナ難民の子どもとして国連パレスチナ難民救済事業機関(UNRWA)が運営する学校に通い、大学の学費に充てる奨学金の支給をUNRWAから受け、後に1987年にはガザでUNRWAの広報官として働き始めました。その後はエルサレム、アンマン、ウィーン、カイロ、ドバイ、ニューヨークで働き、生活してきました。

平和、尊厳、繁栄、正義の希求によって形づくられた私は、自分が成長する過程で身に着けた価値観と、国連憲章や世界人権宣言に謳われている価値観とが一致していることに気付きました。私は昔から物語を読み、語ることが好きで、もしかするとそれが、私がコミュニケーション分野での道を見つけ、大学で学んだ土木工学分野の職業には就かなかった理由なのかもしれません。
個人の未来の一部が国連によって形成されるという数え切れないほどの物語の例が、条約や決議の文言よりも人々の認識に大きな影響を与えることがよくあります。
国連や他の機関で人命救助に取り組んでいる職員たちが、難民や避難民であれ、子どもや少数者であれ、脆弱な立場に置かれた人々を支援・保護するための活動に対して、共感を生み、資金調達をする上で、数字に頼らない理由はここにあります。職員たちは、統計や表では伝えられない方法として、人々の心に触れる物語を頼りにしているのです。
こうした物語は、搾取的であってはなりません。物語の主人公である人々の尊厳、プライバシー、機密性を損なうことなく語られなければならないのです。
2020年のドバイ国際博覧会で国連陳列区域代表としてドバイに滞在していた時、私は「尊厳あるストーリーテリング」というプラットフォームを開発した語り手グループと協働する機会がありました。このプラットフォームは、あらゆる人々の尊厳を守り、称えるためのストーリーテリングについて共通理解や実践を促進するものです。私たちが物語を、特に解決策をもたらす物語をますます重要視する中で、尊厳あるストーリーテリングの原則が、これまで以上に重要となっています。
しかし、一人の人間の物語に結びつけられない話題を発信する場合はどうでしょうか。私たちはそうした場合でも、結びつきを生むようにストーリーアークを作らなければなりません。
国連を例に見てみましょう。国連は完璧ではありませんが、対話や関わりは戦争や紛争よりも良いものであり、共に協力することで、あらゆる人々が健全な地球の上で平和、尊厳、平等のうちに活躍できる世界を構築できるという大胆な前提を掲げることで、希望の光としてあり続けています。
過去80年間、国連は平和創造、平和維持、平和構築を通じて、戦争や強制移住の地獄から、天然痘やポリオなどの疾病から、そして不公正から、数え切れないほどの人々を救ってきました。
国連は、決議を協定や条約に発展させて世界的な規範を設定する枠組みを提供し、貿易、コミュニケーション、移動が安全に実施されるための基準を確立しています。国連の活動は、飢饉の回避、核拡散の防止、疾病の封じ込めや根絶、何百万もの子どもたちに対する教育、そして環境危機に対処するための連携などに寄与しています。
しかし今日の世界は、国連が創設された1945年当時から大きく様変わりしました。加盟国は51から193に増え、世界人口はほぼ4倍に増加し、現在では人類の大半が農村部ではなく都市部に暮らしています。
こうした変化は今日の国連には反映されていません。総会は国連の中で最も代表性が高い審議機関であり、人類の「タウンホール」のような役割を果たしていると見なされている一方で、安全保障理事会は、平和と安全に関する重要な問題でも5カ国が拒否権を握っているなど、今日の世界を代表しているとは見なされていません。同様の不調和は、グローバル金融機関にも存在していると言えるでしょう。
昨年9月に開催された未来サミットで、加盟国は「未来のための協定」を採択しました。この協定には、安全保障理事会を拡大するためのプロセスや議論を開始し、国際金融システムを改革し、人工知能(AI)のためのグローバル・ガバナンスを導入する規定などが盛り込まれています。
「未来のための協定」は、一年にわたり世界各地の人々から優先課題や国際協力に期待することについて意見を募った活動の集大成です。193の加盟国から150万人を超える人々がオンライン調査に参加しました。独立した世論調査会社が70カ国で調査を実施し、94カ国での1,000回を超えるオンライン対話から意見が寄せられました。

こうして集められた声が、その後の展開を形作りました。その世界的な公聴の結果に基づき、加盟国は今後の方向性に関する報告書を要請しました。それに対して、アントニオ・グテーレス国連事務総長は、『私たちの共通の課題(Our Common Agenda)』と題した報告書を発表しました。同報告書は、国連を持続可能な開発目標(SDGs)に直ちに再適合させ、今後25年間で国連を強化することを訴えています。
「グローバル・ゴールズ」とも称されるSDGsは、依然としてこの数十年で最も普及した国連が発した成果の一つですが、それが他のサミットや決議よりも高い正当性を持っていると見なされているのはなぜでしょうか。
2015年に採択されたSDGsはもまた、2015年以降の開発アジェンダにおける人々の優先事項を把握すべく実施された世界的な協議プロセスの集大成でした。SDGsは、持続可能な開発の経済・社会・環境面を統合しており、その関連する指標やターゲットを持つことから、本質的に有用なものです。しかし、もともとSDGsは私たちが内々に「国連語」と呼ぶ、やや官僚的な言葉遣いで書かれていたため、もし元の文章のままであったなら、SDGsが現在のような知名度や支持を得ることはなかったでしょう。
SDGsが他と異なる点は、その伝え方にあり、それはオーディエンスに対して、2030年までに貧困や飢餓に終止符を打ち、地球を守り、あらゆる人々のための繁栄と平等を確保するというアジェンダに参加するよう促しています。そして、それは政府だけで達成することではなく、私たち全員に、達成に必要な行動を起こす能力と責任があるのです。
クリエイティブ・パートナーと協力し、短いテキストを載せたカラフルなアイコンを作成し、一つひとつがそれぞれの目標を表すようにしました。国連のプラットフォームを超えてオーディエンスに届けられるよう、著名人たちが国連の課題に関するメッセージやアドボカシーの拡散に貢献してくれました。私たちはクリエイティブ産業との連携を拡大する機会や、映画やテレビ番組に課題を取り入れ、より広範に、より強いインパクトをもたらす機会を求めています。
私たちは、ソニー・エンタテインメントと共同で「アングリーバード」シリーズや「スマーフ」シリーズのキャラクターが登場する動画シリーズを制作し、SDGsを普及させると共に、カーボン・フットプリントを削減する上で人々が取り得る行動を促進してきました。日本では、サンリオと共同で動画シリーズを制作しました。そこでは、一つの動画がそれぞれ一つのSDGsの目標に焦点を当て、同社の最も人気のあるキャラクターであるハローキティが、その目標に最も関連が深い国連機関と連携して紹介しています。また、マテルとも共同し、テレビアニメシリーズ「きかんしゃトーマス」の1シーズンを通じて未就学児童に向けてSDGsを紹介しました。
国連は、持続可能性に沿った原則にコミットするよう加盟機関に促す国連アカデミック・インパクト(UNAI)を通じて、大学や学術機関とも連携しています。UNAIは現在、130を超える国々に1,700を超えるメンバー校を擁しています。昨年夏、私たちはメンバー校に対して、SDGsの目標のひとつひとつに焦点を当てた17のSDG Hubのうち、いずれかの議長・副議長に就任することへの関心の表明を呼びかけたところ、300を超える大学から関心が寄せられました。
私たちは、経済社会理事会(ECOSOC)やグローバル・コミュニケーション局を通じて長期にわたって築き上げた市民社会との関係を引き続き活用している一方で、新たな産業への展開も進めています。2022年7月には、「フットボール・フォー・ザ・ゴールズ(Football for the Goals)」イニシアチブを立ち上げ、約40億人のファン層を擁する世界のサッカー・コミュニティーがSDGsの啓発活動を行うためのプラットフォームを提供しています。これまでに、6地域のサッカー連盟すべてと、330を超える各国の連盟、リーグ、プロ・アマチュアのクラブ、財団、報道機関、市民社会組織が参加しています。
コミュニケーションは、社会・文化・環境を変革するツールであり、これらの例は、職業、情熱や趣味のレベルで人を引き込むことで、そうした人々が未来を変えられることを知り、目的や決意をもって声を上げるようになることを示しています。私たちの声は、先人たちの声と同じくらい力強く、過去に変革をもたらした力と同じくらいの潜在力があり、その力は私たちが現在のグローバルな課題や機会に取り組む中においても、引き続き「善のための力」となり続けることができるのです。こうした中で、私は皆さんも、皆さんが信じる変革のために声を上げ続け、耳を傾け続け、闘い続けることを期待しています。
*****************
UN Chronicle(ユーエヌ・クロニクル)は、公式記録ではなく、国連の高官や、国連システム以外の著名な寄稿者が意見を述べる場であるため、ここで表明された意見は必ずしも、国連の立場を示すものではありません。同様に、地図や記事に示されている国境や名称、呼称は、国連による支持や承認を受けて使われているものとは限りません。
本記事の原文(English)はこちらをご覧ください。