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国連本部経済社会局統計部副部長 大崎(富田) 敬子さん

大崎(富田) 敬子(おおさき(とみた) けいこ)
国連本部経済社会局統計部副部長
(主に人口社会統計、開発指標を担当)

東京女子大学・社会学科を卒業後、(財)国際開発センターに就職。3年間のOL生活を経て、米国ジョージタウン大学大学院に留学。人口学で修士号を取得する直前に、国連競争試験に合格。1988年~2005年、ニューヨーク国連本部経済社会局人口部にて勤務。その間、タイのマヒドン大学Institute for Population and Social Research(IPSR)の客員研究員として、タイ国内の人口移動に関する研究に従事。その研究結果をもとに、米国フォーダム大学にて社会学博士号を取得。2005年~2009年、国連アジア太平洋地域経済社会委員会(ESCAP)社会開発部にて勤務。2009年から現職。

スリランカで抱いた「開発」への疑問

私が現在の仕事を選ぶようになったきっかけは、大学時代に初めての海外旅行先として、スリランカを訪れた経験にあります。当時、高度経済成長を謳歌していた日本では物質的豊かさの追求が主になっており、その先に何を目指しているのかわからないように感じました。その一方で、スリランカの人々は質素な暮しぶりの中に、気持ちの豊かさ、温かみを持ち合わせていました。これを受けて、「開発」や「発展」というのは、いったい何を目的とするものなのか、漠然と疑問に思ったことを覚えています。

国連で働くということは、必ずしも絶対的な目標ではありませんでした。しかし、私が大学院時代に専攻した人口問題という分野は、1980年代にグローバル・イシュー(地球的課題)として注目を浴びており、当時「人口爆発」や「人口の都市集中」などがニュースで頻繁に取り上げられ、人口数の急速な増加にどう対処するかが主要な開発課題となっていました。そんな中、多国間開発協力の牽引役として、国連は主導的な役割を果たしていました。そこで、自然と国連の仕事に興味を抱くようになったのです。

国際人口移動から障がい者問題まで、様々な課題に取り組む

国連では一貫して、人口・社会開発分野の仕事に従事してきました。人口問題というのは、人口数の増減だけでなく、少子高齢化を含む人口構造の変化、人口分布、国内・国際人口移動、都市化なども含む包括的な分野です。これまで3つの異なる部署で勤務し、調査研究、政策立案、技術協力という強い関連性を持つものの異なる業務に携わることができたのは、国連の仕事の多面性を理解する良い経験になったと思います。

2011年10月31日、世界人口は70億人を突破した
©UN Photo/Rick Bajornas

本部の経済社会局人口部に勤務していたときは、主に世界の出生率や国際人口移動の動向などの調査研究に従事していました。従来、国際人口移動は、主に送出国である開発途上国と、受入国である先進国との間に生じる、「南北対立の構図」で捉えられてきました。しかし、グローバル化の流れを受け、2000年頃から、それは南から北への一方的な流れではなく、より複雑な現象として理解され始めました。以来、送出国と受入国の両者にとって「win-winとなる国際人口移動のあり方」を検討するために、国連は率先して議論を引っ張っています。

ESCAP時代は、人口高齢化問題、障がい者問題、労働移民問題など、アジアに共通する社会問題に関する理解を促すことを目的とした仕事に携わりました。特に障がい者問題においては、NGOと政府の間に生じる対立の調整に奔走することがよくありました。今となっては国連とNGOの関係が強化されつつありますが、国連は従来、政府間協議の場であり、NGOの参画のあり方は課題の一つとなっています。そのような状況の中、非公式な会議や各種イベントを催し、障がい者の立場を代表するNGOの意見が広く理解されるよう努めました。

途上国で、戸籍や出生・死亡・婚姻届の普及を目指す

現在の経済社会局統計部での仕事のダイナミズムは、当該分野での統計的なグローバルスタンダード作りと、途上国の統計処理能力強化のための技術協力にあります。経済社会情勢の急速な変化のなかで、新たに顕在化してきた事象を的確に数値化し、国際標準化するための統計手法の開発に携わるとともに、統計処理能力が十分でない国々の政府関係者や統計官を対象に、セミナーや研修を開催し、統計技術や統計行政の向上のお手伝いをしています。例えば、多くの途上国では、戸籍や住民登録、出生・死亡・婚姻届などの制度が未だ十分に普及していません。こういった制度の確立は、人々が権利や行政サービスを享受するために不可欠であるとともに、人口動態,静態を把握するための重要なデータソースとなります。国連として、このような制度を確立するためのノウハウを提供しています。

統計と聞くと、大変地味な仕事である印象を持つ方が多いと思います。しかし、効果的な政策策定のためには、経験則的な議論のみならず、エビデンス、すなわち数値的データに裏付けされた分析と目標設定が必要です。そのような認識が高まるにつれ、統計業務の需要は国連においても拡大しています。

アフリカ諸国を対象とした人口推計のワークショップ(2012年、モロッコ)

民族問題を抱える国々も含め、国勢調査の標準化を図る

私が現在関わっている仕事の中で、特に力を注いでいる業務が二つあります。一つは、「世界人口センサス計画」に関する仕事です。国連はこの計画を通して、国際的な国勢調査の普及と、調査内容の標準化に努めています。国勢調査は、人口や社会の推移を全国一斉に把握するものであり、調査から得られるデータが、国及び地方政府における施策の基礎資料として重要な役割を果たしています。2005~2014年間のセンサスはほぼ全ての国で行われ、世界人口の97%がカバーされました。この10年間のセンサスがこれほどの成功を収めたのは、アフリカの各地で国内紛争が落ち着き、また、従来閉鎖的であった国々が国家計画の基礎資料として国勢調査の大切さを再認識したことが関係しています。

私の仕事は、各国の国勢調査の計画、実施を支援するための国際的なガイドラインづくりをする他、要請に応じ、特定国の国勢調査業務に関するアドバイスを行うことにあります。例えば、諮問委員として、これまで紛争終結後のボスニア・ヘルツェゴビナや、30年ぶりに調査を行ったミャンマーの国勢調査に関わってきました。これらの国では、複数の民族の存在が、効果的な国勢調査の妨げになることがあります。ボスニア・ヘルツェゴビナでは、セルビア人、ボスニア人、クロアチア人の居住する地域にそれぞれの統計局が存在するような状態であり、一部の民族による国勢調査のボイコットが問題となりました。ミャンマーでは、バングラデシュとの国境近くに暮らすロヒンギャという無国籍民族を国勢調査でどう扱うべきか、というセンシティブな問題が今なお残されています。

政府担当官より国勢調査について説明を受ける小学校教師たち。責任感が強く、国勢調査の意味をよく理解する彼女たちは、調査員として活躍した(2014年1月、ミャンマー)
国勢調査の指導のため訪れた村で出会った小学生たち。笑顔がまぶしかった(2014年1月、ミャンマー)

「ミレニアム開発目標報告」、そして新たな開発アジェンダに向かって

もう一つの仕事は、編集主幹として「ミレニアム開発目標(MDGs)」の年次報告書を作成することです。2000年に国連ミレニアムサミットで採択されたミレニアム宣言に沿って提唱された8つの開発目標は、その後、60余りの数値的な目標ターゲットとして解釈され、国々の開発計画の策定と目標達成に向けての進捗状況を把握するのに大いに役立ってきました。毎夏、事務総長名で発刊されるMDG報告書は、30ほどの国際機関から提供されるデータを元に、目標年次2015年に向けたMDGsの達成状況を精査するもので、数多い国連文書の中でも、とりわけ注目度の高い報告書の一つです。

現在、国連では既に、2015年以降に導入される新たな世界的開発目標をめぐって加盟国が熱い議論を繰り返しています。MDGsの達成目標年まで、1年余を残すこととなり、先日発表された2014年の報告書では、少しでも多くのMDGターゲットの達成に向けてまい進することが、次の開発目標に向けての磐石な基礎づくりになると謳っています。

2015年以降の新たな開発アジェンダは、「持続可能な開発」を中核にすえ、途上国のみならず先進国にもあてはまる普遍性を持つものになる見通しだ
©UN Photo/Eskinder Debebe
MDGsの目標5「妊産婦の健康の改善」を達成するためには、サハラ以南のアフリカを中心にさらなる努力が必要とされている
©UN Photo/Christopher Herwig

国連交響楽団でオフの時間を楽しむ

ニューヨークの国連本部では、仕事と家庭生活のバランスを図りやすい環境が整っています。小さい子供を抱えた職員が働きやすいように、国連の敷地内に託児所も併設されており、女性職員のワークライフバランスを支援することは、組織の優先課題でもあります。

個人的に言えば、仕事とプライベートの時間の切り替えの大切さを、年々、実感するようになりました。40の手習いで一念発起、子供のときに弾いていたチェロを再び手に取りました。昨年は、ニューヨークの国連職員を中心として編成する国連交響楽団に加わりました。この交響楽団には、プロの音楽家を目指していた職員を含め、70名ほどが所属しています。音楽を通して知り合った職員の友人も増えました。月に一度のペースで出張があり、十分な練習時間がとれないのが悩みの種ですが、最近では、アフリカの開発や、シリア難民のためなどのファンドレイジング・コンサートで演奏しました。

国連交響楽団 アフリカ支援のためのコンサートでチェロを演奏する筆者(2013年11月、ニューヨーク)

一生をかけて極めたいテーマを

国連は、自分がやっていることが世界につながっていると実感できるユニークな職場です。特に女性にとっては、とても働きやすい場所だと思います。国連で20年以上働いてきましたが、女性だからといって差別されたことは一切ないと断言できます。そもそも、結婚、出産したから仕事を辞めるとは、周りが思っていません。辞めるか否かではなく、いつ職場に戻ってくるのかが問われます。

私は、大学生のときスリランカで抱いた思いとともに、これまで20年以上突っ走ってきました。「好き」を仕事にできたことは、とても幸運であったと思います。若い方々には是非、自分が一生かけて極めたいテーマを見つけて欲しいですね。そのテーマが明確になれば、今後、何がやりたいか、何をすべきか、自然と見えてくるはずです。