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なぜ国連本部をおとずれるのか
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なぜ国連本部をおとずれるのか  
歴史が作られるところ 国際領土 ニューヨーク市の観光地 国際ツアーガイドたち 多国籍の家  

歴史が作られるところ

国連は、近代史において、いくつもの重要な出来事が起こった場所です。1948年の「世界人権宣言」採択から、約150カ国の首脳が集まった2000年9月のミレニアム・サミットまで、大きなことがいろいろありました。

 

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世界人権宣言を手にするエレノア・ルーズベルト、レークサクセス、1949年

総会演説するネルソン・マンデラ南アフリカ大統領、1994年10月3日

ミレニアム・サミット、ニューヨーク、2000年9月

国際領土

国連本部の入場門を通ったら、そこはもう国際領土。広さは18エーカーで、その範囲は、42丁目から48丁目まで、1番街からイースト・リバーまで。

国連本部の土地は特定の国に所属するものではなく、すべての加盟国のものです。国連は自らの警備・消防隊をもち、切手の発行もします。公用語は、アラブ語、中国語、英語、フランス語、ロシア語、スペイン語の6ヶ国語です。

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ニューヨーク国連本部に翻る加盟国旗

ニューヨーク市の観光地

1952年以降、ニューヨーク国連本部を訪れ、ツアーに参加した人は3700万を超えます。毎年、100万人に上る人々が世界中から国連を訪れ、世界首脳が集い、国際問題を討議する場所を見学します。

 

 

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百万人目の訪問客、キャサリン・ウィルソン、1954年6月

ニューヨーク国連本部に入る訪問客たち

イースト・リバーから見た国連本部

 

国際ツアーガイドたち

30カ国出身の若者たちが20を超える言語で、国連本部を案内します。アラブ語、クロアチア語、デンマーク語、英語、フランス語、ドイツ語、ギリシャ語、ヘブライ語、イタリア語、日本語、韓国語、中国語、ポーランド語、ポルトガル語、ロシア語、スペイン語、スワヒリ語、スウェーデン語など。

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ツアーガイドたち、国連本部「バラの庭園」で

 

多国籍の家

国連は、様々な国籍、宗教、年齢の人々がひとつの屋根の下に結集するところです。189の加盟国の代表に加えて、200カ国近い国の出身の職員が国連本部で働いています。毎日、数多くの訪問客が国連本部ガイドツアーに参加したり、ビジターズ・ロビーの展示を見学したりします。

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連絡先 ガイドツアーホームページ