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日本から世界に伝えたいSDGs④ 【地熱の恵み ”再エネ”で立ち上がった福島の温泉町の物語】

土湯温泉と町の未来を拓いた地熱発電

 

【団体概要】 株式会社元気アップつちゆ  福島県福島市にある土湯温泉東日本大震災福島第一原子力発電所事故からの復興と振興を目指し、2012年に地元の団体が出資して設立したまちづくり会社。温泉を利用した地熱バイナリー発電所を2015年に稼働開始させ、再生可能エネルギーを通した新たなまちづくり事業を展開している。

 

世界的に求められる再生可能エネルギーへの転換

福島県福島市の中心部から西に16キロにある「土湯温泉」は、豊かな自然広がる磐梯朝日国立公園内に位置しています。この温泉のある土湯温泉町は、2015年に地熱バイナリー発電を導入し、次世代エネルギーを軸に町づくりを推進し、全国から注目を集めています。

土湯温泉全景 提供 土湯温泉観光協会

再生可能エネルギーの活用はいま、世界的に大きく進んでいます。気候変動の原因である温室効果ガスを発生させる化石燃料から、再生可能エネルギーに転換することが急務となっているからです。国際エネルギー機関(IEA)が先月出した報告書では、再生可能エネルギーは、2025年には石炭を抜いて最大の発電源になると予測されています。

持続可能な開発目標(SDGs)のゴール7「エネルギーをみんなに、クリーンに」でも、石油・石炭などの化石燃料ではなく、太陽光・風力・地熱・水力などをエネルギー源とした「再生可能エネルギー」への移行がターゲットの一つにあります。

デンマークの洋上風力発電  
© UN Photo/Eskinder Debebe

日本政府は、2050年までに温室効果ガスの排出を全体としてゼロにする「カーボンニュートラル」を目指し、再生可能エネルギーの割合を引き上げようとしていますが、まだ多くの前進が必要です。

土湯温泉は、地熱発電を導入して町を活性化した”再エネ”の先進事例として、視察の依頼が堪えません。しかし、少し前には、東日本大震災という未曾有の困難を経験し、地域の先行きは危機的状況にありました。地熱発電事業を推進する「元気アップつちゆ」代表取締役CEOの加藤貴之さんに、震災からの復興とその先の未来を描いて立ち上がった挑戦を聞きました。

土湯温泉の温泉施設    提供 土湯温泉観光協会

 

3.11 東日本大震災で苦境に立たされた土湯温泉

東日本大震災は、1400年以上の歴史を持つ土湯温泉に大きな衝撃を与えました。多くの客が宿泊する中で発生した停電は3日で復旧しましたが、福島第一原子力発電所の事故により約70キロ離れた土湯温泉も客足が遠のきました。

震災の前から観光は下火で苦境にあったところに、震災が追い打ちをかけました。当時、温泉街には16軒ほどの宿がありましたが、地震の被害で5軒が廃業を余儀なくされ土湯温泉そのものの存続が危ぶまれるほどの危機感でした

なんとかしなくてはならないと、加藤さんたち住民は、「土湯温泉町復興再生協議会」を立ち上げます。温泉宿、飲食店、行政など、立場を超えて約300人の住民の1割が結集しました。

「震災は大きな出来事であるけれど、負けるわけにはいかない。復興させようと。協議会では大きく2つの事業を進めていきました。”復旧復興”と、”新しい価値の創造”です。元に戻るだけじゃく、ピンチだけれど、だからこそ前を上回る観光地にしようと話し合いました」

元気アップつちゆ代表取締役CEO 加藤貴之さん 
© UNIC Tokyo/Ichiro Mae

その議論の中で出た案が、”再生可能エネルギー”を中心とした街づくりでした。原発事故が起きたことで、新たなエネルギーなしには持続可能な地域は実現できないという強い意識が生まれたのです。町ではこれまでも温泉の熱水を利用して雪を溶かす「ロードヒーティング」を取り入れていました。さらに温泉を活かせないかと考え、行きついたのが「地熱発電」でした。加藤さんたちは、専門家や大手企業にアドバイスをもらいに奔走を始めます。

 

町の再起をかけた地熱発電への挑戦

地下の地熱エネルギーを使う「地熱発電」。火山地帯に位置する日本は、世界第3位の地熱資源量を持つとされ、日本の高度な地熱発電技術は世界をリードしてきました。しかし、日本国内での地熱発電は2019年時点でエネルギー全体の0.3%にとどまっています。

これまで地熱発電が普及しなかった理由は、数千万円から数億円にのぼる掘削コストや、掘削成功率が3割程度というリスク、発電にいたるまで10年ほどかかるという長い月日などがあります。また、山間部にあたることが多いので造成作業も簡単ではありません。

それでも、加藤さんたちは地熱発電所建設に向け、観光協会と温泉組合の出資でまちづくり会社「元気アップつちゆ」を設立しました。

調査を進めていくと、土湯温泉は「バイナリー発電」という小中規模な地熱発電に適した条件がそろっていることがわかりました。地熱バイナリー発電は、150度以下の熱水に沸点の低い熱媒体を加えて生まれる蒸気でタービンを回し発電する仕組みで、天候や季節に左右されず安定的に供給できる持続可能な再生可能エネルギーです。

土湯の源泉は130度あり、源泉の1つが平地にあったため、整備にかかる費用や時間が抑えられました。資金調達が一番の課題でしたが、再エネの機運が社会で高まっていたこともあり、地熱発電を進める独立行政法人の支援を取り付けることができました。

地熱発電に利用された土湯温泉16号源泉 © UNIC Tokyo/Ichiro Mae

発電事業について一つ一つ学び、行政と交渉を重ね、複雑な認可申請をクリアしていきました。住民にも泉質に影響は出ないことなどを説明し、町の未来に貢献できることを訴え続けました。日本国内で地熱発電の実例が少ない中での挑戦は、数度の計画延期を迫られながらも、2015年、ついに工事の着手にこぎつけます。奇跡のようだったと加藤さんは言います。

「有事だったということが大きいと思います。福島県原発事故があって、エネルギーのことは県民総ぐるみで絶対に考えていかなければなりませんでした。震災があり土湯温泉町がどうなるか分からない中、住民のみんなが心を一つにしていました。再エネを中心に新たな魅力を創出して町づくりをしていこう、少しの希望や光であっても掴んでいこうという思いがみんなにありました」

豊かな自然の中に湧出する温泉が希望となった 
© UNIC Tokyo/Ichiro Mae

 

地熱発電が住民にもたらしたもの

土湯温泉16号源泉バイナリー発電所 © UNIC Tokyo/Ichiro Mae

2015年11月、「土湯温泉16号源泉バイナリー発電所」の運転が開始しました。発電量は400キロワット。これは800世帯を賄える数字で、約160世帯の町には十分な量です。余剰電力を売った収入は1億2000万円になりました。町の再起をかけてつくった発電所の売電収入は、土湯温泉の復興や観光振興にあてています。

発電所について説明するスタッフの佐久間富雄さん 
© UNIC Tokyo/Ichiro Mae

例えば、売電収入から56%という高い高齢化率の土湯温泉町の高齢者に、町のバスの定期代を無料にする予算を組みました。少子化問題への対策として、高校生までの生徒が通学に使うバスの定期代も無料です。

住民の足となるバス、高齢者と通学する生徒は定期代が無料に
 © UNIC Tokyo/Ichiro Mae

さらに、新たな産業と観光スポットを生み出しました。バイナリー発電時に出る温水を二次利用したオニテナガエビの養殖です。26度から27度で育つ繊細なオニテナガエビを育てる難点は水温管理にかかる光熱費ですが、バイナリー発電で出るぬるめの温水を温泉の熱で再び温めて活用することができました。全国でもユニークなこの取り組みで、4万匹を育てています。

バイナリー発電で出る温水を利用したオニテナガエビの養殖 
© UNIC Tokyo/Ichiro Mae

空き店舗が多い町中に「エビ釣りカフェ」も開きました。その場で釣ったエビを調理し、焼いて食べられると、新たな観光スポットになっています。

エビ釣りができるカフェ「おららのコミセ」 
© UNIC Tokyo/Ichiro Mae

 

故郷を持続可能な再エネの町に 

土湯温泉の取り組みには全国から熱い視線が注がれ、新型コロナウイルス感染症が広まる前は年間で2500人ほどが視察に訪れていました。加藤さんたちは視察や講演の依頼を積極的に引き受けています。

土湯温泉の復興と利益のために始めたことではありますが、それが日本全体のカーボンニュートラルに向かうエールにもなるのではと思っています。再生可能エネルギーの理解促進にも貢献したいと思っています」

温泉街の中の足湯の前に立つ加藤貴之さん 
© UNIC Tokyo/Ichiro Mae

加藤さんの思い描く町の未来はどのようなものなのでしょうか。加藤さんは当初、土湯温泉のいたる所に再生可能エネルギー発電所を作ることを考え、町には新たに小水力発電所もできました。他方で、ごみをなるべく出さない事や、自然環境を保つことなども持続可能な町づくりには必要だと考えるようになりました。今後、温泉街で食品ロスを抑えたり、脱プラスチックに取り組んだりして、総合的なエコタウンにしていければと考えています。

苦境を経験し、立ち上がった地域だからこそのメッセージを発信していくつもりです。

土湯温泉のある福島県は震災から10年以上経っても、マイナスイメージの地域になっていると思います。反面、有名であることは間違いない。これを逆手にとって、福島がどういう所なのかをしっかりとPRするきっかけにと考えています。

人々が幸せで喜び暮らせる地域づくりを行っていって、最終的にはなぜ日本の小さな温泉地がそんなに輝いてるんだという地域にしたいなと思っているんです」

町を流れる清流は小水力発電のエネルギーの源
© UNIC Tokyo/Ichiro Mae

世界では、開発コストの低下やエネルギー危機に押され、再生可能エネルギーの導入が過去最高となり、新たな雇用も生まれています。日本の各地にも、洋上風力を含む風力発電バイオマス発電、地熱発電、次世代型太陽電池の推進など、再生可能エネルギー開発の現場で日々挑戦する人たちがいます。

私たちの暮らしに欠かせないエネルギー、皆さんはどんな未来を描いていきますか。

 

冬景色の土湯温泉 提供 土湯温泉観光協会