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「みんなで乗り越えよう、新型コロナパンデミック:私はこう考える」(31) 小松原茂樹さん

国連諸機関の邦人職員幹部をはじめ、様々な分野で活躍する有識者を執筆陣に、日本がこのパンデミックという危機を乗り越え、よりよく復興することを願うエールを込めたブログシリーズ。第31回は、小松原茂樹さん(UNDPマラウイ常駐代表)からの寄稿です。

 

コロナ禍のマラウイから考える:アフリカの可能性とTICADへの期待 

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徳島県生まれ。東京外国語大学卒業後、ロンドンスクールオブエコノミクス大学院で経済学修士号(国際関係学)を取得。(社)経済団体連合会事務局、OECD経済協力開発機構)民間産業諮問委員会(BIAC)事務局出向を経て2002年より国連開発計画(UNDP)に勤務。本部アフリカ局カントリーアドバイザー、ガーナ常駐副代表、本部アフリカ局TICADプログラムアドバイザーなどを歴任、2019年6月より現職。© ︎UNDP Malawi

 

私が国連開発計画(UNDP)の常駐代表を務めるマラウイ共和国は、アフリカ大陸の東南部に位置する人口約1900万人の国です。淡水湖として世界で5番目に大きいマラウイ湖(瀬戸内海程度)と、それを抱く陸地(近畿・中国・四国・九州を合わせた程度)で構成され、3000メートルを超える山もある、起伏に富んだ国土です。農業国で、タバコ、茶、コーヒーなどが商品作物ですが、目立った天然資源はなく、経済がなかなか発展しない一方で、人口は毎年数%増え続けており、一人当たり国内総生産GDP)は401ドル(日本は約4万ドル)と最貧国に留まっています。首都のリロングウェは標高約1000メートルの高地にあり、湿度が低く快適な気候に恵まれており、首都から一歩出れば風光明媚な光景が広がる一方で人々の生活は大変厳しいのが現状です。

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(外務省ウェブサイトより)

 

マラウイでは昨年4月に新型コロナウイルスが初めて確認され、6月から9月にかけて第一波が、12月から3月にかけて第二波がマラウイを襲いました。7月からは第三波が襲っており、第一波と第二波で既に厳しい状況に置かれているマラウイの経済や社会は更なる試練に晒されています。マラウイ保健省の発表によれば(2021年8月20日現在)新型コロナウイルス感染症の感染者は累計で5万9249名、死者が2044名となっていますが、マラウイでは元々医療システムが非常に脆弱(人口10万人あたり医者が3名)な上に、基本統計が整っておらず、死者の8割が病院に行かずに亡くなるとも言われていることを考えると、実際のコロナ関連の死者数は遥かに多いのではないかと思われます。

 

このような状況で、強く望まれるのがワクチン接種の拡大・加速です。マラウイは、ワクチンの公平な分配をめざす国際的な枠組みである「COVAXファシリティ」を通じて3月に約40万回分の供給を受けました。その後、アフリカ連合AU)、インド、米国、フランス、英国などからも二国間協力によってワクチンが追加提供されましたが、一度でもワクチンを接種した人は人口の3%強、完全に接種を済ませた人に至っては2%弱に過ぎません。世界保健機関(WHO)によれば、アフリカ全体では今までに約1億2000万回分のワクチンが供給され、9000万回弱の接種が行われましたが、13億人以上の人口に対する接種率は6%強に留まっており、WHOが目標とする年末までに40%の接種率達成は困難な状況です。

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COVAXファシリティを通じたワクチンの提供 © UN Malawi

 

更に、ワクチンの供給が進んだとしても、それを現場まで輸送した上で、安全に管理し、接種状況を把握するためには、サプライチェーンの強化が不可欠です。マラウイでは、道路、電力、通信全てが不十分・不安定ですが、日本政府がコールドチェーン(低温物流)の強化を支援しており、UNDPでも保健省と協力して、2Gの携帯通信網でワクチンの温度・在庫管理ができる技術(Electric Health Information Net-work:E-HIN)の展開を進めています。また、UNDPでは、マラウイの有力6大学と協定を結び、日本政府の支援で、産学協力を通じたコロナ対策に不可欠な個人用防護具(PPEs)のマラウイ国内生産を支援しており、あわせて、イノベーション、起業家支援、観光セクターへの支援など、民間経済分野の支援も進めています。

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日本政府が支援するPPEプロジェクトのローンチ ©︎ UNDP Malawi

 

世界各地で様々な緊急事態が発生した際、状況が許す限り現地に留まって支援を続けるのは多くの場合国連機関です。国連職員は世界各地の現場で、「エッセンシャルワーカー」(必要不可欠な人員)として日々汗をかいています。マラウイでは、約800名の国連関係者が広範な支援業務に携わっていますが、医療インフラが極めて脆弱なため、コロナウイルスに感染したとしてもマラウイ医療機関での治療を期待することはできません。そこでマラウイで活動する国連機関が連携・協力し、最初のコロナ感染から4ヶ月後の2020年8月に、世界で2番目となる国連職員及び家族向けのコロナ一時治療施設を立ち上げました。2020年12月から2021年3月にかけてマラウイを襲った第二波では、残念なことに8名の国連職員・関係者がコロナに感染して亡くなりましたが、多くの関係者が、このクリニックに救われました。2021年3月以降は、マラウイ政府の厚意で国連・外交・援助関係者向けにもワクチンが割り当てられ、国連のコロナクリニックを通じてワクチン接種が行われています。2020年4月に空港と国境が閉鎖され、情報、物資、人的サポートなど、全てが不足する中で国連関係者が文字通り暗中模索で立ち上げたクリニックは、国連のスタッフや家族だけでなく外交・援助関係者の命を救うことに大きく役立ちましたが、職員や関係者の全てがワクチン接種を済ませるまでには至っておらず、第三波でも職員や関係者にコロナ感染者が出ています。数名が重症化して飛行機で国外に緊急搬送されるなど、依然として油断ならない状況が続いており、残る職員と家族へのワクチン接種を急いでいます。 

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国連が支援している治療センター(Treatment Centre)が携わった飛行機による緊急搬送では、患者をビニール製の隔離用チューブに覆って搬送することもあった © UN Malawi

 

アフリカでは2021年1月1日から、アフリカ大陸自由貿易地域(African Continental Free Trade Area)が発効し、人、モノ、資本の移動をアフリカ大陸で促進する世界最大の自由貿易地域の実現に向けた取り組みが始まりました。しかしながら、先進国を中心にワクチン接種が進み、経済や社会が急速に「ニューノーマル」に移行しようとする一方で、アフリカ・アジアの途上国や低開発国でコロナの感染拡大とともに死者、重症者が増加し、経済・社会活動に支障をきたす状況が続けば、コロナが次第に “Pandemic of Unvaccinated”(ワクチン接種を受けていない人たちのパンデミック)となり、世界で、あるいは各国内で様々な分断と格差が生まれるリスクが懸念されます。世界共通の取り組みであるSDGsの達成が更に遠のく状況にもなりかねません。

 

他方、コロナ禍はICT、デジタル技術、イノベーションなどによるマラウイ経済・社会の発展の新たな可能性を切り拓くきっかけともなりました。UNDPが支援してきた身分証明書(ナショナルID)プロジェクトでは、マラウイ政府がデジタル技術を活用して1000万人を超えるマラウイの成人全てに身分証明書を発行しました。この身分証明書は、すでに民間銀行の本人確認、パスポートをはじめとする出入国管理、年金や各種補助の不正受給防止、公務員の人員管理など、多様な分野で活用されており、その革新性が評価されて2021年5月に万国通信連合(ITU)のWorld Summit on Information Society(情報社会サミット、通称WSIS)で表彰されました。コロナ禍においては、ワクチン接種の管理とフォローアップに活用されています。さらに、マラウイ国会では、コロナの状況下でも安全に国会審議ができるよう、UNDPの支援でビデオ会議設備を導入し、それをきっかけに、インターネットを利用した「国会TV」を設立して、国会審議の生中継を始めました。

ビデオ会議用のデジタル機器は直接国会議長に寄贈した。国会TVの導入は、議員を感染から守り、人々と国会との距離を縮めることに貢献した 

 

マラウイはコロナ危機に襲われた2020年にも堅調な農業などに支えられて1%のプラス成長(世界銀行)を維持しました。2021年は2.8%(世銀)まで回復するものと見込まれています。アフリカ全体でも2020年はマイナス2.1%(アフリカ開発銀行)成長と、世界的に最も軽微な影響に留まり、2021年には3.4%(同)が予測されています。アフリカからアジア、南北アメリカ、欧州、中東の各地を結ぶエチオピア航空は、コロナ危機の2020年度も黒字を計上した世界的にも珍しい航空会社となりました。依然としてコロナの影響が懸念されるアフリカですが、将来に向けて着実に再加速が始まっています。

 

また、コロナ禍は今まで気がつかなかった働き方を発見する機会ともなりました。UNDPマラウイ事務所ではほぼ一年にわたって在宅勤務が続きましたが、様々なリモート会議ツールが日常的に活用されるようになり、国内外の様々な専門家や関係者から助言を得たり、プロジェクトに協力してもらったりすることが容易になりました。リモート会議では対面よりも周りの目線を気にせずに意見やアイデアを出しやすい(?)という意外な効果もあるようで、特に若手のスタッフから積極的に意見や提案が出るようになりました。これらのツールは「コロナ後」も引き続き活用したいと考えています。

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3月に開かれたUNDP人間開発報告書2020のマラウイでの発表もオンラインで行われた 

© UNDP Malawi

 

2019年にUNDPの常駐代表としてマラウイに赴任するまで、私はUNDPが日本、アフリカ連合AU)、世界銀行、国連事務局と共に運営するアフリカ開発会議TICAD)でUNDP側の調整窓口を務めていました。1993年に第一回のTICADが開催されて以来、TICADはアフリカの将来に関心を持つ多様な人々が一堂に会し、アフリカ各国の首脳と共にアフリカの安定と成長を議論し、具体的な行動に繋げる世界的なフォーラムとして発展を続けてきました。アフリカ各国首脳に加えて、欧米やアジア諸国、100を超える国際機関、民間企業、市民社会、研究者など、参加者は益々多様になり、取り上げられるテーマも開発援助や南南協力に加えて貿易投資、イノベーション、起業家支援、ビジネス環境の整備改善、市民社会同士の交流・協力を通じた草の根支援など多岐にわたっています。アフリカに特化してこれ程幅広い関係者を集め、多様な議論や交流を展開しているフォーラムは他に見当たりません。また、国連の場で合意されたミレニアム開発目標MDGs)や持続可能な開発目標(SDGs)などにはTICAD の議論や提言が反映されています。アフリカ開発に関する国際的な論調をリードしてきただけでなく、アフリカの声を世界に届ける役割も果たしてきた事もTICADが関係者に高く評価されてきた理由の一つです。

 

コロナ危機はアフリカの新たな可能性を発見するチャンスでもあります。TICADは政府間協力と民間経済を両軸とする、アフリカに関する総合的なフォーラムに進化しましたが、来年チュニジアで開催されるTICAD8が新たな時代の開発援助のあり方を考え、経済社会の可能性を引き出す大変重要な機会になることを期待しています。

 

マラウイリロングウェにて

小松原 茂樹