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「みんなで乗り越えよう、新型コロナパンデミック:私はこう考える」(28) 小野舞純さん

国連諸機関の邦人職員幹部をはじめ、様々な分野で活躍する有識者を執筆陣に、日本がこのパンデミックという危機を乗り越え、よりよく復興することを願うエールを込めた新ブログシリーズ。第28回は、小野舞純さん(国連事務局経済社会局(UN/DESA)「若者・高齢者・障害者・家族の社会包摂」部門チーフ)からの寄稿です。


コロナ禍で浮き彫りになった不平等 〜「誰一人取り残さない」ためには?            

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国連事務局経済社会局にて「若者・高齢者・障害者・家族の社会包摂」部門チーフ。米系民間金融機関勤務後、1995年よりニューヨーク本部国連経済社会局、在バンコク国連アジア太平洋経済社会委員会、国連事務総長室を経て現職。上智大学法学部国際関係法学科中退。米国コーネル大学経済学・国際関係論学士・経営学修士。©︎ Masumi Ono

 

世界的パンデミックにみまわれた2020年。年が明け、これからもまだまだ試練を乗り越えていかなければならないわけですが、ワクチンの接種が進み、さらには治療薬の開発が進んで感染が収束したとしても、そのままそっくり元の生活に戻りましょう、ということでは済ませられません。というのも、この度のコロナ禍で格差や不平等がいかに社会全体の脆弱性を増大してしまうか、顕著に突きつけられました。これまで社会のシステムが置き去りにしてきてしまった人々を、さらに追い込んでしまう危険性を強く実感する機会となったはずです。

 

2015年に採択されたSDGsの根底にある普遍的な理念の一つが「誰一人取り残さない」です。取り残されてしまいがちな人々は、女性やLGBT、移民や難民、先住民など実に様々な状況に置かれていますが、私のチームが担当している高齢者・若者・障害者も、ともすれば社会の弱者として見られ、コロナのような危機では差別や偏見の対象となり、不公平で理不尽な目にあって苦しんでいます。不十分な医療アクセス 、失業や雇用条件の悪化、困難な情報アクセスなど、問題は様々です。

 

同時に、コロナのおかげで開かれた道(リモートワーク・リモート学習など)もあり、彼らが活躍できる環境を作るきっかけにもなっています。彼らのために(for)という目線からだけでなく、彼らと一緒に(with)彼らの手で(by)作り上げてこそ、層の厚い社会を築き、包括的なアプローチで、どんな危機も乗り越えられる持続可能な社会を形成することができるはず、というのがまさにSDGsの真髄にあります。

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2015年9月国連事務局ビルに映し出されるSDGs ©︎ Masumi Ono


若者、高齢者、障害者に関わる問題は、医療面のみならず、経済社会的にもグローバルに数多くあります。世界で共通してみられるコロナ禍で特に浮き彫りになった3つの点について、何が問題でどんな対応策が提言されているかここで触れてみたいと思います。 

 

1) 子どもと大人の狭間にある若者への支援

コロナは当初、高齢者の方が重症化しやすいと言われ、警戒心の低い若者が感染拡大の要因となっていると責められました。しかし、経済および社会的に若者自身が各国で大きな打撃を受けているのも事実です。

 

昨年4月には学校閉鎖により、一時は世界中で16億人の生徒(なんと9割)が教育を受けられない事態に陥りました*1。その割合は、現時点(2021年1月)では1割以下まで下がりました。多くの教師ならびに学校関係者のたゆまぬ努力と工夫のおかげです。リモート学習が普及していますが、スポーツや音楽、入学式や卒業式などありとあらゆる学校行事が中止になり、感染対策を取りながらなんとか学業を続けていくという状況が長期にわたって続いており、教育上、将来どんな影響があるか、まだまだ懸念される事項は多々あります。

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新型コロナウイルス感染症による学校閉鎖の状況を色分けして表した国際連合教育科学文化機関(UNESCO)による世界地図 (2020年4月20日時点)


また、影響は経済的背景によって決して一律ではないことが浮き彫りになっています。特に低所得層は学校で受けられる給食や健康面でのサポートが断たれてしまい、リモート学習のための環境が整っていない家庭など、格差がもたらす問題がさらに状況を困難にしています。

 

一方、コロナ不況で就職先が見つからない若者や仕事を失った若者も世界的に数多くいます。コロナ以前から若者は失業や不安定な非正規雇用についている傾向にあり、不況のあおりを直に受けています。国際労働機関(ILO)の調査によれば、コロナ禍で世界の若者の6人に1人の雇用が失われ、仕事に就いていても労働時間が4分の1減ったとのことです。コロナ前でさえ若者は大人に比べて3倍失業率が高かったことから、コロナで貧困に落ち入るリスクがより一層高まっていることが予測されます*2

 

このような状況下で特に懸念されるのが若者のメンタルヘルスです。いくつかのケーススタディや研究報告があがっていますが、検証はまだこれからです。コロナ禍で隔離された状況下にあった子ども達とそうでなかった子ども達ではメンタルヘルスに何倍も悪影響があったといったケースや、情緒不安定やPTSD、自殺との関連性を示唆する研究もありますが、現段階ではまだデータが不十分です。

 

若者が置かれた経済社会状況が精神面でどのような影響があるのか、特に15歳〜24歳(国連の定義上の若者の年齢層)に焦点を当てた研究および分析がもっとなされるべきではないかというのが声高に言われるようになってきています。これに応え、若者とメンタルヘルスについて来年発行予定のWorld Youth Reportの準備を私のチームは昨年から進めています。その過程で最も大事なのがセミナーでの意見交換、アンケートやインタビューなどを通して若者の声を直に吸い上げることです。この手法はまさに彼らと一緒に(with)彼らの手で(by)政策提言を生み出すことを体現すべく試みです。そして誰一人取り残さないために、多様な境遇にある若者がどうしたら参加できるか、試行錯誤しながら作業を進めています*3

 

学校を卒業しても就職できず、教育と仕事のどちらにもよりどころがないままその狭間に生きる若者たちが世界で5人に1人いますが、今後増えることが予測されます*4。学校や職場で受けられる支援や社会保障システムの枠外にはみ出てしまう若者たちに向けた対策も必要に応じて実施していくことが大切だということを我々は引き続き推奨していきます。

 

2) 安心の場とは限らない家庭環境へのサポート

コロナ禍で自宅で過ごす時間が増え、家族との絆が一層深まった、或いは家族同士支え合っていろいろな危機を乗り越えたというポジティブな側面も経験できたという例がある一方、家庭が決して安心できる場所ではない人々もいるのが現状です。

 

暴力を受けた女性が声を挙げるのは難しいのが現実です。国連女性機関(UN Women)によると何かしらの助けを求めるのは被害者の4割以下、その大半は家族や友人への相談で、警察に通報するのは1割以下です。身近な人が加害者であることは少なくありません。パートナーから暴力を受けたことがある女性は3割に及びます。ホットラインや支援団体へ助けを求めるケースがコロナ禍で3割程増えたと様々な国で報告されています*5

 

ロックダウンや自粛で家庭環境が見えにくくなっている分、家庭内暴力、DV、児童虐待といった問題により一層意識を向けて、どんな状況でも支援が届く体制を作ることが重要です。

 

また、家庭内感染が日本でも問題になっていますが、途上国では世代間もまたがり大家族で暮らす家庭が多いことから、感染予防の難しさが指摘されています。感染問題以外にも家事育児の負担の増加や家族と離れて暮らす高齢者など問題は山積しています。

 

家族を一つの単位としてサポートすることが、個人と社会を支えていく大事な核を強化することになると、もっと認識されるきっかけとなればと思います。さらに、いろいろな形態の家族があるという多様性を鑑みた上での家族向けの政策が検討されることが望まれます。

 

3) 全ての人がアクセスできるテクノロジーの環境を目指して

ロックダウンや在宅勤務、リモートワークやリモート学習に大いに有効性が発揮されたテクノロジーですが、盲点もまだまだ多々あります。

 

国際電気通信連合(ITU)によるとインターネットの普及率は先進国では9割ですが最貧国では2割に留まっています。世界人口の半分はインターネットにアクセスできていません。その多くがアフリカとアジア太平洋地域の人々です*6。アクセスに男女で差があるのも顕著です。経済協力開発機構OECD) によればスマートフォンの所有率が南アジアでは7割、アフリカでは3割ほど女性が男性より低いとなっています*7

 

途上国や低所得層におけるアクセスの問題はハードウェアとソフトウェアの両方にあります。インフラ整備といった基本的問題もさることながら、スキルやコンテンツ面でもいろいろとハードルがあります。ITUUNICEFによれば、テクノロジーに馴染みがあるとされる子どもや若者でさえ、世界的に見れば3分の2は自宅でインターネットやコンピュータなどへのアクセスがなく、コロナ禍では特にデジタル経済の恩恵を受けるのに必要なスキルを身につけることへの支障となっています*8

 

リモートワークが普及したことで障害者の雇用の可能性が広がったという良い面がある一方、現在使用されているテクノロジーのプラットフォームでは、障害者にとっても利用しやすくするためにはまだまだ不十分です。このことは、昨年行われた障害者問題を取り上げた国連の大規模な国際会議で我々も実感しました。何時間にもおよぶ議論と検証を国連事務局内の関係部署と重ね、NGOの協力のもとテストランも実施して、ようやくある程度のアクセサビリティを確保できたものの、まだまだ改善の余地があり、今後の課題であるという認識をステークホルダーとともに共有しています。そしてここでも彼らと一緒に(with)彼らの手で(by) 作り上げていくことを心がけています。 

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障害者権利条約締約国会議(2020年11月30日)©︎ Masumi Ono


高齢者にいたっては、コンテンツも含め、高齢者が利用しやすい情報通信のあり方を見つめ直す機会にコロナ禍を経てなってきているという声が関連業界からも聞かれるようになり、NGOの後押しも活発になってきています。一人住まいの高齢者の健康をモニターするのに使えるスマートウオッチや、介護ロボット、リハビリ用VRなど具体的な商品やサービスの開発に高齢者を含めた利用者の声を反映していくことで、高齢者が自立しながら周囲と繋がりを持って生き生きとした生活を営み、テクノロジーの恩恵にみんながあやかることができる包摂的社会を築いていけることでしょう。

 

以上、これらはいずれも以前からある課題ではありますが、コロナ対策をしながら経済活動を回復させ、より持続可能且つレジリエンスのある社会を構築する上で、一層対応が必要とされている点であると感じています。もちろん、この他にも課題は多々あり、やらなければならないことは実にたくさんあります。

 

今こそやれること・やるべきこと

多くの課題に同時に対応するには、個人レベルの対策も大事ですが、社会全体による構造の変革が求められます。今までに効果が検証されている政策、さらにはテクノロジーの運用や成功事例として十分可能性のある対策などを地道に、なるべく相乗効果を狙って起用しスケールアップすることが、システムの変革につながるのではないかと思います。その意味でSDGsはその道しるべになるように17つの目標があるわけです。

 

行政、民間企業、市民団体、アカデミアなどが協力して、具体的な政策や制度を構築してシステムを変える。そのためには規制やガバナンスはもちろんのこと、投資・税制・財政、正確な情報へのアクセスと共に、取り残されがちな人々の声を反映すべく、ボトムアップ・アプローチの実現がより重要であるとの認識が共有されることが望まれます。

 

放っておけば自己中心的な人間の性質が世にはびこってしまうことが、残念ながら日々の報道から見受けられます。その反面、コミュニティの結束が増し、助け合いの精神が育まれることもあります。いずれにせよ、個人の行動は大事ですが、コロナの教訓を本当に生かすには、自助力だけに任せるのではなく、システムを社会全体で変えていくことが求められていると強く感じています。

 

「誰一人取り残さない」の誰一人とは誰か?と常に現状を見据え、「取り残さない」の意味を追求し、今こそやるべきことを考え対策を実行し解決策を創造する底力のある社会こそが持続可能な開発、発展を進める鍵なのではないでしょうか。

 

コロナ禍で浮き彫りになった社会の歪みに対処するための唯一無二な雛形があるわけではありません。その国、その地域、その社会にあったシステムを構築する。そのためにはその国、地域、社会に住む全ての人の意思を反映すべく方法を積極的に取り入れて、一緒に変革を進めていけることが必要だと痛感させられます。その多くの事例は、毎年7月に開催されているハイレベル政治フォーラム(HLPF)で紹介されています。日本も今年7月のHLPFにて2回目の自発的国家レビュー(Voluntary National Review)にのぞみ、SDGsを指導理念にしたコロナからの「より良い復興」について発表するとのことですが、誰一人取り残さないための施策について発信することが期待されます*9

 

国連では様々な場を通じてこれらの方法をあらゆるステークホルダーと一緒に模索し生み出していく場を提供し続けています。その役割を継続していくためにも、信頼と公平を損なわずに日々精進していかなければならないと思います。

 

コロナのおかげでこれほどまでに人と人の繋がりについて考えさせられたことは今までなかったのではないでしょうか。まず繋がりを意識して問題意識を共有し、共存していく上で必要な仕組みや支えを共に見出していく。SDGsにはその意志がしっかりと根底にあります。ぜひ、2030年に向かって、特に若い世代がリードしてくれることを期待します!

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2015年9月SDGs採択に総会議場にて立ち会う国連全加盟国出身の若者たち ©︎ Masumi Ono


アメリカ・ニューヨークにて

小野 舞純