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世界人権宣言70周年記念展示の開会式におけるアントニオ・グテーレス国連事務総長挨拶(ニューヨーク、2018年12月6日)

プレスリリース 18-089-J 2018年12月11日

世界人権宣言の採択から70周年を記念したイベントでは、子どもたちが人権宣言のポスターを見つめる世界的に有名なアーカイブ写真を再現しました©UN Photo/Mark Garten

きょう、皆様と同席できることを光栄に思います。

これまで70年にわたり、世界人権宣言は革命的な影響力を及ぼしてきました。

宣言は普遍的な性質と、普遍的な適用範囲を兼ね備えています。

あらゆる地域の政策や憲法に浸透しています。

女性が全面的に参加する力を解き放ち、差別や人種主義との闘いを促進してきました。

また、法的拘束力を有する豊かな国際人権条約体系を生み出し、全世界の人々を鼓舞し続けています。

しかし、人権を真に普遍的なものとするには、まだ長い道のりが残っています。

宣言の文言は、まだ世界の現実とは一致しません。

実際のところ、世界中の人々が依然として、その人権を制限されたり、さらには全面的に拒絶されたりしています。

世界人権宣言第1条は「すべての人間は、生れながらにして自由であり、かつ、尊厳と権利とについて平等である」ことを高らかに謳っています。

この基本的文書で定められた社会的、政治的、経済的および文化的権利は、人種や肌の色、ジェンダー、言語、信条、意見に関係なく、あらゆる場所のあらゆる人に属します。

この画期的文書の起草という野心的な作業は、わずか2年で完了しました。

第2次世界大戦の残虐行為を二度と起こさないという決意のもと、オーストラリア、カナダ、チリ、中国、フランス、レバノン、ソ連、英国および米国の代表で構成される起草委員会は、極めて効率的に、忍耐強く作業を続けました。

起草委員会の委員長としてエレノア・ルーズベルト氏が果たした指導的役割は、広く知られています。

東西の緊張が高まる中、ルーズベルト氏は、起草プロセスを巧みに運営し、成功へと導きました。

その他、正式な起草委員会には加わらなかったものの、宣言の策定に不可欠な役割を果たした女性もいます。

そのうちの数名と彼女たちの貢献は、今回の展示会でも明らかにされています。

例えば、インドのハンザ・メフタ氏がいなければ、宣言に言う「人権」には、Human Rightsではなく、Rights of Manという表現が用いられていたことでしょう。

また、パキスタンのベグム・シャイスタ・イクラムッラー氏は、児童婚と強制結婚への対策として、婚姻における男女同権に関する第16条を唱えました。

さらに、ドミニカ共和国のミネルバ・ベルナディーノ氏は、世界人権宣言の前文に「男女の平等」を盛り込むことを主張し、認められました。

ベルナディーノ氏はまた、その数年前、ブラジルのベルタ・ルッツ氏、ウルグアイのイザベル・デ・ビダル氏という、他のラテンアメリカの女性代表とともに、国連憲章の起草にも欠かせない役割を果たしました。国連憲章は世界人権宣言に至る道を切り開き、男女同権を認識した初の国際協定です。

全世界でジェンダーの平等と女性のエンパワーメントを求める私たちの闘争が重要な局面を迎えた今、私たちはこうした先駆者たちに敬意を表したいと思います。

これらの先駆者は現代の若い女性と男性をはじめ、私たち全員を鼓舞する存在です。

闘いを続けていこうではありませんか。

世界人権宣言の強力な文言を行動に移そうではありませんか。

数百万人を貧困から救い出し、その不可侵の権利を行使できるようにすることを目指す「持続可能な開発のためのアジェンダ」は、人権をその中核と基盤に据えています。

人権の全面的な尊重なくして、恒久的平和と持続可能な開発を達成することはできません。

ですから皆様、この記念日にあたり、世界人権宣言の消えることのない重要性について深く考えるだけでなく、あらゆる場所で人権を求めて声を上げ、立ち上がろうではありませんか。

ありがとうございました。

* *** *

世界人権宣言を感慨深げに見つめているのは国連本部を訪れた日本人女性たちの一行。当時、本部は暫定的にニューヨークのレイクサクセスに置かれていました(1950年2月)©UN Photo/MB

原文(English)はこちらをご覧ください。

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