• プリント

ロンドン大学東洋アフリカ研究学院(SOAS)での事務総長演説(ロンドン、2017年11月16日)

プレスリリース 17-065-J 2017年12月03日

「テロ対策と人権:私たちの価値を守りながら闘いに勝つために」

今晩、私たちが集まる機会を作っていただいたSOASとヴァレリー・エイモス氏に感謝いたします。

ヴァレリーからも申し上げましたとおり、私は彼女とともに、最も悲劇的な状況で最も弱い立場に置かれた人々を支援する機会に恵まれました。

ヴァレリーは優れた人道主義者であると同時に、素晴らしい同僚、そして非常に親しい友人であることもお伝えしたいと思います。

私はまた、人権を尊重するという私たちの姿勢を崩すことなく、テロの世界的脅威と闘うという、今の時代で最も困難かつ取り組む価値のある問題の一つについて話し合うため、ここに参集された皆さんにも感謝いたします。

まず明らかにしておきたいのは、いかなる大義であれ、いかなる不満であれ、テロを正当化できるものは何もないということです。

何があろうとも、民間人を無差別に標的とし、人命や暮らしを理不尽に破壊し、パニックを引き起こすために手段を選ばない言い訳にはなりません。

残念ながら、テロは時代や大陸を問わず、様々な形で私たちを悩ませてきました。

しかし、現代のテロはその規模をまったく異にしています。特に、影響を受ける地域が広範に及んでおり、テロの可能性がないと言える国はありません。

テロは国際の平和、安全、開発にとって、かつてない脅威となっています。

過去数十年の間に、紛争がその激しさと数を増す中で、テロ攻撃も増加、拡大し、社会を破壊したり、地域全体を不安定化させたりしています。

昨年は、100カ国以上で1万1,000件を超えるテロ攻撃が発生し、死者は2万5,000人、負傷者は3万3,000人をそれぞれ超えています。

また、欧米で起きたテロ事件に関心が集中する傾向にありますが、私たちはテロ攻撃の大多数が開発途上国で生じていることを決して忘れるべきではありません。

2016年のテロによる死者を見ると、イラク、アフガニスタン、シリア、ナイジェリア、ソマリアの5カ国だけで、全体の4分の3近くを占めています。

テロによるグローバル経済への被害は、2015年に900億米ドルに達したと見られていますが、実際の被害額はもっと大きい可能性があります。同じく2015年には、テロの被害額がイラクでGDPの17.3%、アフガニスタンで同16.8%に達しています。

現代のテロはその規模だけでなく、性質も異にしています。

複雑化し、新たな手口が生まれているからです。

人に重傷を負わせたり、殺したりする意図で、平穏な群衆に突っ込むトラックや車に、恐怖を感じないでいられるでしょうか。それはここロンドンの路上だけでなく、エルサレムやバルセロナ、さらに最近ではニューヨークでも起きたことです。10歳にもならない幼い女児が、ナイジェリアのマイドゥグリで自爆テロ犯として使われる様子を見て、激しい動揺を感じないでいられるでしょうか。

それは私たちの安全だけでなく、人道それ自体に対する攻撃なのです。

また、こうした残忍な攻撃に対するショックや恐怖が現在、24時間体制の報道やソーシャルメディア、ひねくれた政治的操作によって増幅されているという事実が、その影響をさらに大きくしています。

このことにより、コミュニティーの間には激しい不安感が生まれ、これが社会機構に挑戦を投げかけています。

「寛容を実行し、かつ、善良な隣人として互いに平和に生活」するために設置された組織の事務総長として、私は世界的テロがもたらす分断のリスクを痛切に感じ、これを懸念しています。

友人の皆さん、

私はいま、ロンドンにいます。そして、ここからほど近い英国図書館には、マグナ・カルタの原本が所蔵されています。

800年以上前、この大憲章は、いかなる者も法的な適正手続きなしに投獄してはならないという原則を定めました。こうして、法の支配という原則が確立されたのです。

テロが直接、攻撃の対象としている自由の基盤は、ここから生まれたといっても過言ではありません。

その核心である人権は、私たちに共通の人間性を実質的に認識するものです。人権が人々を結束させるのに対し、テロは分断を温床として広がります。

私はここロンドンで、人間が希求する正義、自由、そして人権が認められるまでの歴史の長い道のりに、畏怖の気持ちを抱いています。

私がポルトガルのサラザール独裁政権下で暮らしていた当時、多くの若い男女を自国で人権と民主主義を求める闘いへと衝き動かしたのは、まさにこの希求でした。

そして、こうした絶えることのない希求の灯を引き継げるのは、皆様のような若者であると、私は確信しています。

自分自身の半生の経験に基づき、かつ緊迫感を持ちつつ、私はここロンドンで、単純明快なメッセージを発したいと思います。

テロは根本的に、人権の否定と破壊であり、同じ否定と破壊を永続させることによって、テロとの闘いに勝利を収めることは決してできません。

私たちは人権を守るために、容赦なくテロと闘わねばなりません。

それと同時に、私たちは人権を守ることで、テロの根本的原因に取り組むことにもなります。

なぜなら、人権が人々を結束させる力は、テロが人々を分裂させる力よりも強いからです。

友人の皆さん、

私は改めて、重要な点を2つ強調したいと思います。

第1に、テロをいかなる宗教にも、民族にも、人種にも関連づけて考えるべきではありません。

第2に、テロを正当化できる言い訳はありません。この点はもう一度、強調させてください。

テロリストによる爆弾使用の防止に関する国際条約第5条は「かかる犯罪行為が政治的、哲学的、思想的、人種的、民族的、宗教的または他の同様の考慮によっていかなる場合にも正当化されない」と定めています。

テロ集団のプロパガンダとは裏腹に、テロ行為は正当な殺人であるどころか、単純明白な殺人であり、よって犯罪行為なのです。

しかし私たちは、テロと暴力的過激主義の温床となる条件が実際に揃っていることを認めなければなりません。

このグローバルな脅威と私たちの集団的な対応との間にあるギャップに取り組み、これを避けるためには、その所在を突き止める必要があります。

第1に、テロ集団が紛争地帯や無政府状態の地域を利用していることは明らかです。

テロは紛争地帯に端を発することが多いものの、そのはるか遠くにまで影響力を及ぼし、国境や大陸を越えて攻撃を組織、鼓舞したり、人々を過激化させたりしています。

第2に、極度の貧困や不平等、さらには排除や差別を含め、開発と包摂的ガバナンスの欠如も、テロと暴力的過激主義を助長します。

所得の不平等は途上国、先進国双方で拡大する傾向にあります。

アフリカにおける暴力的過激主義に関する新たな研究によると、教育の欠如と貧困は、過激化を促す要因となっています。しかし、最後の転換点は、国家による暴力や権力乱用であることが多くあります。

1989年から2014年までのテロ攻撃全体の93%は、法的に認められない殺害や拷問、裁判なしの投獄が多く見られる国で発生しています。

第3に、テロ集団は暴力的過激主義のプロパガンダを流布する手段としてインターネットを活用し、新たなメンバーの募集や資金の調達を行っています。

インターネットはまず、1990年代に米国の白人至上主義者が、簡単かつ安価にメッセージを広めるために利用し、多くの形態の人種主義や反ユダヤ主義を提唱する場を与えました。

ソーシャルメディアを通じた暴力的過激主義者の募集は現在、ダーイシュ(ISIL)によるテロ活動の中心的要素となっています。

過激化と暴力を促す要因には、国によって、さらには同じ国の中でも違いがあるものの、テロが恨みや屈辱、教育の欠如から力を得ていることに違いはありません。

無力な人々が無関心や虚無主義にしか出会えなければ、テロが広がります。テロは絶望と失望に深く根差すからです。

人権、それも政治的・市民的権利だけでなく、経済的・社会的・文化的権利も含むすべての権利が、間違いなくテロ対策において解決の一部となる理由は、ここにあります。

友人の皆さん、

テロの脅威は現実的かつ危険であり、残念ながら今後数年はなくならないでしょう。

加盟国には、それぞれの国民を守る第一義的な責任があります。私も元首相として、安全と安心を高めるというこの優先課題が、嫌というほどわかっています。

ダーイシュはシリアとイラクでの軍事作戦により、モスルとラッカの拠点から一掃されました。

しかし、軍事作戦だけでテロをなくせると考えることは誤りでしょう。

テロリストは依然として、テクノロジーを活用して全世界の無力な人々に情報を発信し、影響を与えているからです。

だからこそ、暴力的過激主義の根本的原因に取り組む、スマートで包括的なテロ対策のグローバル戦略が欠かせないのです。

私は、テロ対策における5つの最優先課題を提示し、人権の尊重と法の支配が、テロ対策の長期的効果を確実にするという点を強調したいと思います。

第1の優先課題として、私たちはテロ対策に関する国際協力を大幅に強化する必要があります。

9月、私が事務総長として初めて参加した国連総会では、このメッセージが大きく、はっきりと聞こえました。国連加盟国の80%にあたる152カ国のリーダーが、情報交換を緊密化する必要性を明らかにしたからです。

グローバル化が進んだ世界では、わずか1カ国の脆弱性や失政が、一気にその近隣国や、さらに遠くの国々にとっての脅威となりかねません。

よって私たちは、結束、連帯、協働を合言葉にすべきです。

それは、国連の結束を意味します。私が事務総長として最初に手掛けた改革の一つとして、テロ対策分野で活動する国連の38の異なるグループや事務所の調整を図る「テロ対策事務所(Counter-Terrorism Office)」の設置が挙げられます。私はこの関連で、新たに国連システム全体を対象とする「テロ対策調整グローバル・コンパクト」を作成する予定です。

それはまた、国際社会の結束を意味します。政府と治安当局が、人権を尊重しながら、テロ対策でさらに実効的に協働することが急務となっているからです。

包括的な「国際テロ条約」に関するコンセンサスは、まだでき上がっていません。

しかし、この分野では19の国際条約と多くの地域協定が成立しているため、テロリストを訴追し、保護を強化し、その他の重要領域で協力することは容易になってきています。

これはまさに、国際的な法の支配を真に体現するものです。

これらの条約に署名し、批准するだけでは不十分です。すべての政府が、その履行に真剣に取り組まねばなりません。

また、安全保障理事会決議はしばしば、こうした条約を補完しています。

安全保障理事会は、テロ集団に制裁措置を科していますが、その一方で、外国人のテロ戦闘員、テロ集団に対抗する金融措置、そしてさらに最近では、国際司法共助に関する共通ルールの制定でも、主導的な役割を果たしています。

能力構築と適切な専門知識は引き続き、すべての加盟国がその規定を履行するうえで極めて重要となります。

加盟国は、マネー・ローンダリングと不正取引の取り締まりを含め、テロの資金源を断つための国際的な取り組みを強化する必要もあります。

しかし、こうした多国間の取り組みも、現在の脅威に立ち向かうには不十分です。

現場の治安部隊も、常に人権を尊重しながら、情報を交換し、これに基づき対応を図る能力を高める必要があります。

一例を挙げると、警察が地方部隊に分かれ、それぞれに文字通り異なる言語を話し、情報を共有したがらない国もあります。

情報の共有と協働で、人命を救うべき新たな時代へと歩を進めるべき時が来ています。

この取り組みへのささやかな貢献として、私は来年、テロ対策機関の最高責任者を集めた初の国連サミットを開催し、新たなパートナーシップの形成と、信頼関係の構築を図る予定です。

友人の皆さん、

テロ対策の効果を高めるための第2の優先課題は、予防に注力し続けることです。

第1に、紛争の予防と持続可能な開発は、私たちの対テロ防衛の第一線です。私は事務総長に就任した際、これを優先課題とし、予防外交の活性化を求めました。

国際社会はすでに、暴力的過激主義を助長する要因にいくつか取り組んでいます。2006年の「国連グローバル対テロ戦略」は、戦略的優先課題と包括的提言を提示しています。テロ対策における人権の全面的尊重と法の支配の確保は、その4本柱の一つです。

予防に抑止が含まれることは事実です。私たちは、高度な訓練を受け、渡航して紛争に加わり、残虐行為を働いたテロリストが、帰国後に国内法に基づき、確実に訴追を受けるよう、国際的な協力を強化する必要があります。

しかし予防には、若者を過激化し、テロを魅力のある選択肢としてしまう要因に取り組むという意味もあります。

第2に、絶望の元凶となる貧困、不平等、機会や公共サービスの欠如に取り組むためには、開発が最善の方法となります。

開発はそれ自体、重要な目標であり、決して目標を達成するための手段として考えるべきではありません。

しかし、持続可能な包摂的開発が間違いなく、紛争とテロの予防に決定的に貢献できることも事実です。

国連開発システムは貧困、不平等、若者の失業、保健や教育を含む公共サービスの欠如をはじめ、政府がテロの根本的原因のいくつかに取り組む際の支援を行っています。

国連機関は現在、各国政府による「持続可能な開発のための2030アジェンダ」の実施を支援しているところです。これは平和、豊かさ、すべての人の尊厳を実現するために世界が共有する青写真ですが、その達成は、テロのいくつかの原因に対する強力な対抗手段にもなります。

第3に、どのような予防戦略を採用するにせよ、若者への投資をその重要要素とせねばなりません。テロ組織に新たに加わる者は、ほとんどが17歳から27歳の若者だからです。

過激派集団は、幻滅感と疎外感に付け込み、女性や女児を含め、不満を抱く若者に倒錯した目的意識を与えます。

その大きな理由の一つが、機会の欠如です。

国家開発計画と国際開発協力においては、若者の雇用や教育、職業訓練を絶対的な優先課題とせねばなりません。

若者は私たちの社会にとって、圧倒的にプラスとなる資産です。私たちは若者に投資し、そのエンパワーメントを図らなければなりません。

シリアやイラクとの国境で多くの脅威に直面するヨルダン王国が賢明にも、暴力的過激主義対策と平和の促進に関する国連での取り組みで先頭に立っているのも、驚くべきことではありません。

私たちは、ナイジェリアのチボクで拉致された女児から、イラクのヤジディー教徒の女性と女児、さらには残虐行為を強制される幼い男児に至るまで、テロの被害者となったすべての若者の味方です。

第4に、私たちはテロ集団の温床となっている全般的な不平等とステレオタイプに、より大きな関心を向けねばなりません。

テロ集団の宗教的、哲学的イデオロギーが何であれ、女性と女児を服従させることは、その思想に共通して見られる要素の一つです。

世界の一部地域では、テロ集団の資金源として女性が性的奴隷として売られたり、性的暴力自体が恐怖を広める戦術として用いられたりしています。

第5に、予防はインターネット上での闘いで勝つことを意味します。

テロリストは、シリアとイラクの物理的拠点こそ失ったものの、サイバー空間での仮想拠点を広げています。これに打ち勝つためには、協調的な断固としたグローバルな対応が必要となります。

Facebook、Microsoft、Twitter、YouTubeは、過激主義的なオンライン・コンテンツの拡散防止をねらいとするテロ対策パートナーシップ「テロ対策のためのグローバル・インターネット・フォーラム」を発足させました。これは一つの出発点です。私たちはこの勢いを維持する必要があります。

私は国連総会で、英国、フランス、イタリアの政府がこの分野で果たした最近の前進を歓迎します。

テロリストの情報発信を全面的に防止することは決してできないでしょう。しかし私たちは、これをできるだけ難しくせねばなりません。

第3の優先課題は、人権と法の支配の堅持が、不安と恨みの悪循環を予防する最も確実な方法であるという点にあります。

ダーイシュとアルカイダをはじめとするテロ集団は、イラク、シリア、そしてリビアをはじめとする紛争地帯で勢力を広げます。国際人権法違反は、長引く紛争や過激化と相関関係にあります。

よって、私は深刻な切迫感を持って、すべての紛争当事者に対し、武力紛争の状況下でも国際人道法と人権を尊重するとともに、その尊重を確保するよう呼びかけます。

民間人の死傷者を出さないよう、細心の注意を払うこと、人道支援への全面的アクセスを認めること、捕虜の地位に応じた拘置所の運営を行うこと、拷問を禁じることなど、すべての措置が、私たちの価値を体現するのです。

しかし、それは私たちの価値だけに関わることではありません。そこには効率という側面もあります。

これらのルールは、近代的紛争における戦争の犠牲者の苦痛を防ぐため、19世紀に法制化されたものです。

アンリ・デュナンが重要な役割を果たしたことは事実ですが、1863年の「リーバー法」を制定した米国の法曹、「マルテンス条項」を考案したロシアのほか、英国、フランスをはじめとする多くの国々が、いずれもルールの策定に貢献しています。

こうしたルールは、戦場における戦闘行為の規制をはるかに越えるものです。

そして、恒久的な平和と和解を可能にするものでもあります。

これまでにない性質の脅威に直面した国々は、慌ててそのテロ対策立法の効率を高めようとしています。

テロリストのネットワークを攪乱し、その活動を追跡し、その財源に照準を絞るためには、警戒を強め、監視の焦点を定めることが欠かせません。

しかし、人権にしっかりと根を下ろさないテロ対策は、悪用や乱用のおそれがあります。しかも、良いガバナンスと法の支配を損なうことにより、実際に私たちの安全をさらに低下させることにもなりかねません。

すでにお話ししたとおり、テロは根本的に、人権の否定と破壊であり、同じ否定と破壊を永続させることによって、テロとの闘いに勝利を収めることは決してできません。

このことは、極めて難しい問題を提起します。政府はいかにして、適正手続きや法的な保証を損なうことなく、予防的な治安対策を取ることができるのでしょうか。差し迫った脅威に対する備えを強化するため、司法制度をどのように適応できるのでしょうか。国家による監視は、どのような法的保証で統制すべきでしょうか。効果的な国境警備を確保しながら、いかにして難民保護体制の完全性を取り戻すことができるのでしょうか。

私は、国際刑法の原則が、結束を促す枠組みとして機能すると固く信じています。

啓蒙時代のイタリアの偉大な思想家、チェーザレ・ベッカリーアは1764年、この原則の基盤を作りました。法律なくして刑罰なしという、裁判で有罪が立証されない限り「無罪の推定」を受ける権利を唱え、かつ、刑罰は働いた犯罪に見合った程度のものとすべきだと主張したのです。

こうした原則は、国際人権条約に反映されています。その妥当性は今でも低下していません。

残念なことに、テロ対策は、穏やかな抗議や正当な反対運動を抑圧したり、討議を打ち切ったり、人権擁護者を標的にして拘留したり、少数者に烙印を押したりするために用いられるおそれがあるばかりか、実際にそのように利用されてもいます。

このような措置が恒久的平和に資することはありません。

逆に、恒久的な不安や恨みを助長し、大混乱を生み出します。

私は改めて、人権の尊重に根差し、すべての人に経済的機会のある社会こそ、テロ集団の募集戦略に対する最も具体的かつ有意義な対策であることを強調します。

第4の優先課題として、私たちは知恵比べに勝たなければなりません。

テロの錯覚と誤謬を指摘することを止めてはなりません。

私たちは新たな「闇の奥」に、新たな啓蒙時代を構築すべきです。

テロリストたちが、不平等を解消したり、恨みを晴らしたりする最善の方法として暴力を推奨するのなら、私たちは非暴力と包摂的な意思決定で、これに応じなければなりません。

テロリストたちが、裏切りや搾取を働いた者を成敗しているだけだと主張するのなら、私たちはしっかりとした司法制度と法的な説明責任を実証しなければなりません。

私たちは憎悪のメッセージに、包摂性、多様性、少数者と社会的に弱い立場にある人々の保護で応じなければなりません。

私たちは社会的一体性、教育、そして、多様性が脅威ではなく、財産とみなされ、誰もが自分のアイデンティティが尊重され、コミュニティー全体の完全な一員となっていることを実感できる包摂的な社会に投資する必要があります。

政治、宗教、コミュニティーのリーダーは、寛容と相互尊重の文化を促進する責任を全うしなければなりません。

偏狭な考えや家父長制と闘うこと、報道の自由と反対意見を主張する権利を求め立ち上がること、法の支配を促進すること、説明責任と正義を要求すること ― このような問題に取り組む勇敢な活動家や市民社会団体はいずれも、私たちの安全を守っているのです。

非過激化には勝算があります。悔い改めたテロリストは、この変化が可能であることを理解しているはずであり、私たちはこうした人々がいかにして誤った考えに背を向けたかに関心を向けなければなりません。

教員や学識者、ソーシャルワーカーも前線に立って、私たちを守ってくれています。

私は、これらの人々の貢献を認め、称えるととともに、影響力のある人々にその支援を強く訴えます。

最後の第5点目として、私たちはテロ被害者の声をさらに大きくしなければなりません。

私たちを最もよく導くことができる人々の中には、テロ攻撃の被害者や生存者が含まれます。こうした人々は一貫して、包括的な措置でも集団的な処罰でもなく、説明責任と結果を求めています。

私は、毎年8月21日を「テロ被害者を想起し、追悼するための国際デー」に定めた総会の決定を歓迎します。

私は、テロ攻撃に対する抵抗力を示している全世界のコミュニティーに敬意を表します。こうした地域の住民は、家庭で、学校で、そして礼拝所で毎日、暴力的過激主義に立ち向かっているからです。

ここ英国でも、マンチェスター市全体が今年に入り、一致して模範的な連帯と結束を示し、感動を呼びました。ロンドンでも、サディク・カーン市長がテロを「私たちが共有する寛容、自由、尊重の価値観に対する攻撃」と表現しました。

私たちがこの脅威と効果的に闘う方法を発展させるためには、大きなコミュニティー全体をステレオタイプとして捉え、一枚岩とみなす誘惑に抵抗しなければなりません。

ステレオタイプにはメディアを含め、多くの出所があります。私たちには、事実に基づいて物事を伝えるとともに、一定の集団を悪者扱いし、これに烙印を押すことによって、テロリストの役割を肩代わりしないようにする責任があります。

テロ計画やテロ攻撃の大半が、極右過激派集団によって行われている国もあります。にもかかわらず、メディアは移民や、民族的・宗教的少数者による攻撃のほうをはるかに多く取り上げているのです。

紛争を逃れた難民が標的とされることもしばしばあります。テロの被害者がまさに逃れてきた犯罪を、こうした人々のせいにすることは、その窮状を恐ろしく歪曲する行為です。

私たちは、テロの影響を受けているコミュニティー、被害者、生存者とその家族すべてに対する支援を拒絶することで、自分たちの責任を放棄しているのです。こうした人々は、刑事司法手続きがなければ、正義の可能性はないことをいつも私たちに教えています。

私たちが被害者の人権を尊重し、支援と情報を提供すれば、テロリストが個人やコミュニティー、社会に及ぼす恒久的な損害を減らすことになります。

友人の皆さん、

私は今年、カブールのテントの中に座り、数名のテロ被害者とお話ししました。私がお会いした女性たちは、相次ぐ爆撃によって家を捨てることを余儀なくされました。何もかも失ってしまったのです。

被害者たちは、平和と安全が戻ってくれば、すぐにでも故郷に戻って生活を立て直し、子どもを再び学校に通わせる意志があることを私に伝えました。

私たちに共通の人間性に対する信頼を、まだ失っていなかったのです。

希望を捨てないでいる被害者を、私たちも見習わなければなりません。

私たちは、テロが国連憲章や各国の憲法、国際法に謳われている基本原則に挑戦することを許してはなりません。

私たちの世界秩序の基盤は、この惨劇から私たちを守る最強の手段です。

私たちは、人間の尊厳と価値を堅持することによってのみ、この闘いに勝利できます。

しかし、原則だけでは不十分です。私は世界のリーダーに対し、指導力を発揮するよう呼びかけます。

私はまた、世界のリーダーに対し、私たちには単なる治安維持だけでなく、教育や社会的一体性、さらには人権の尊重も必要であることも知らせたいと思います。

それこそ、遠方からやって来る錯覚から若者を守るとともに、明晰な思考力を持ち、見識ある市民を育成する方法なのです。

私たちにはすべき仕事があります。是非とも、皆様全員の力を貸してくださるようお願いします。

ありがとうございました。

* *** *

原文(English)はこちらをご覧ください。