国連教育シンポジウムin鳥取 国連をどのように教えるか 1998年11月14日 鳥取市博物館講堂 ●基調講演 横田洋三 東京大学教授 ●主  催 国際連合広報センター (財)鳥取県国際交流財団 ●後  援 鳥取県 とっとり政策総合研究所 鳥取県人権文化センター 基調講演 ●●国連をどのように教えるか●●● 横田洋三 東京大学教授 (司会)皆様、こんにちは。本日はお忙しい中をお越し頂きまして、誠にありがとうございます。本日は久松山の紅葉狩りも楽しめます、ここ鳥取県立博物館講堂におきまして、国連教育シンポジウムを「国連を学ぼう、よりよい地域社会のために」というテーマで開催いたします。私は、本日の進行役の鳥取政策総合政策研究センターの沢田ミドリと申します。どうぞよろしくお願いいたします。  それでは開催に先立ちまして、国連広報センターの妹尾靖子広報官がご挨拶を申し上げます。  (妹尾)皆様こんにちは。今日はこのような大変良いお天気のところ、私どもの主催いたしますシンポジウムにご参加いただきまして、誠にありがとうございます。国連広報センターを代表しましてご挨拶させていただきたいと存じます。何よりも、鳥取県、そして地元の民間団体の方々と一緒に、こうして国連教育シンポジウムを催すことができまして、大変嬉しく思っております。特に地元で協力してくださった方々に、この場をお借りしてお礼を申し上げたいと思います。本当にありがとうございます。  本日は東京から大変素晴らしいゲストの先生をお招きしまして、基調講演を行っていただくことになっています。横田洋三先生です。横田先生は国連広報センターとのお付き合いも長く、国連を客観的に研究し、支援していただいている、日本でも数少ない先生のお一人です。先生にはお忙しいなかいらしていただきましたことを光栄に存じております。「国連ってなんだろう」、「いったい私たちの日常生活とどういうふうに関係あるのかな」と、思っていらっしゃる方が多いと思います。それは、たいへん重要な疑問であるとの認識の下に、私ども、国連広報センターの職員も、常に広報活動を行っております。本日は講師の先生のお話しの後、パネルディスカッションで、皆様の声をお聞きできることを楽しみにしております。  本日は本当に皆様、お越しいただきましてありがとうございます。  (司会)続きまして鳥取県国際交流財団の石川義憲常務にご挨拶をお願いいたします。  (石川)皆さん、こんにちは。鳥取県国際交流財団常務理事の石川でございます。鳥取県の国際交流財団におきましては、県民の皆様に国際理解を深めていただくことを目的に、これまでも様々な講演会、あるいは国際理解講座を毎年数回開催しておるわけでございます。この一環といたしまして、この度、国連広報センターと共催で、この国連教育シンポジウムを開催する運びとなった次第でございます。  さて、国連というと、皆さんに身近な存在でしょうか、それとも、少し距離がある存在でしょうか。私にとっては、国連と言えば、ニューヨークにある国連ビルというのがまず思い起こされますし、あるいはいろんな国連の事務総長の活躍とか、そんなものを想像いたします。今、21世紀を間近に控え、人、物、情報の流れがまさに地球的な規模に拡大し、ボーダーレスの社会となり、各国の相互依存関係が深まる中で、国連の役割というものが、いろいろ変化を遂げながらも、より一層重要になっているんではないかという気がいたしております。したがってこうした時期に国連をテーマとしてシンポジウムを開催するということは、まことに時宜を得たものではないかと思っております。  本日は国連のことにお詳しい東京大学教授の横田洋三先生に基調講演を、そのあとで、国連をどう学ぶか、どう考えるかをテーマといたしまして、パネル・ディスカッションを行っていただくこととしております。このシンポジウムを通じまして、生きた国連についてご理解を深めていただければ幸いでございます。  最後に、開催に当たりまして、ご多忙の中、シンポジウムに参加いただきました講師、パネリスト、コーディネーターの皆様、そして会場にお集まりの皆様方に対して、厚く御礼を申し上げたいと思います。どうもありがとうございます。  (司会)続きまして鳥取ユネスコ協会会長の中村忠文様にご挨拶を頂戴いたします。  (中村)皆さん、こんにちは。ようこそおいでいただきました。ええ天気になって、本当はどっかそこらへんにいったほうがええな、という日でございますが、こうして勉強していただくためにきていただいて本当にありがとうございます。私は鳥取ユネスコ協会の会長をしております中村と申します。ご存じのとおりユネスコは、国連の一専門機関でございます。  日本は今、国連外交を進めておりますが、今や世界にとってこの国連というものはなくてはならない存在であり、それが世界の平和に寄与しておるわけでございます。国連といいますとすぐにPKOだ、PKFだというようなことをお考えになると思いますが、ユネスコも国連でございますし、ユニセフやIMFも、国連の機関です。現在、安全保障理事会、これの常任理事国というのに、日本がなろう、なろうということで立候補しておりますが、大体世界を含めて全て一遍決めたことはなかなか覆せない、改正できないということになっているようです。ここら辺は皆さんもよくご存知だと思います。とにかく国連というものは、もう私たちの生活に密着している、世界は国連がなくてはやっていけないと、そういうことになっておりますから、今日はぜひ、国連というものを皆さん、よくご理解ください。  どうも失礼いたしました。  (司会)ありがとうございました。それでは引き続き、基調講演に移らせていただきます。本日は講師に東京大学法学部教授で、国連の人権問題にも深く携わっていらっしゃいます横田洋三様をお迎えしております。  ここで簡単ではございますが、横田様の略歴をご紹介させていただきます。横田様はこれまで世界銀行の法律顧問、国連人権委員会、ミャンマーの人権状況特別報告者などを勤められ、現在東大法学部教授、そして国連差別防止及び少数者保護小委員会の代理委員をされています。  本日は国連をどう学ぶか、どう教えるかを演題にご講演をいただきます。講演のあとには質問をお受けする時間も考えています。それでは横田様よろしくお願いいたします。  (横田)皆様、こんにちは。今ご紹介いただきました横田でございます。私は何十年か前、ちょうど日本が国連に加盟したすぐあとに大学に入りました。日本が国連に加盟したのは1956年、私が大学へ入ったのは1960年です。国際社会にやっと一人前に入れていただいたという感じで、国連に対して明るいイメージを持って、国中が沸き立っていた時期だったと思います。ただいま、鳥取ユネスコ協会の会長さんの中村さんのお話がありましたけど、私の大学においても学生たちがユネスコ・クラブというのを作りまして、私もその会員となりました。若い人たちがみんなそうやって、世界に羽ばたく夢を持って大学で勉強を始めたことを、非常に懐かしく思い出します。  今、ご紹介いただきましたように、私は世界銀行の法律顧問とか、あるいはミャンマーの人権特別報告者とか、人権小委員会の代理委員とか、国連の関係の仕事をいくつかやってまいりました。いずれをとりましても、私にとっては大変名誉なことであり、またいい経験だったと思います。現在でも人権小委員会の代理委員のほうは続けております。  私の知人、友人のなかにも、国連において活躍されている方が数多くいます。例えば日本人の第1番目の国連職員である明石康さんは、皆さんよくご存じだと思いますが、カンボジアの平和維持活動のトップとして活躍され、更にそのあと、旧ユーゴスラビア、ボスニア・ヘルツェゴビナでやはり国連の平和維持活動のトップとして、事務総長特別代表という立場で活躍されました。ごく最近国連を退職されて、現在は広島平和研究所の所長さんをしておられます。私がまだ大学院の学生だった頃、若い明石さんと知り合う機会を得ましたが、しかし、その頃明石さんがこんなふうに国際的に活躍される方になるとは思っていませんでした。明石さん自身は立派な方であることは知り合ってすぐ私にはわかったのですが、1960年代の後半、日本の置かれている立場から見て、日本人が国連の場で活躍することができるなんてとても想像もできなかったのですね。国連というのは、アメリカ人、カナダ人、そしてヨーロッパ出身者が活躍するところだったのです。たとえばカナダのピアソン外相が50年代には国連で大変活躍してましたし、その頃、国連事務総長として活躍しておられたハマーショルドさんは、北欧の出身でした。国連というのはそういう人たちが活躍するところであって、日本人が活躍する場とは思っていなかったのです。したがって明石さんが国連で世界の一流の人たちと肩を並べるどころか、一つ首を超えるくらいの活躍をされてきたということは、私にとっては大変感慨深いものがあるのですね。  同じように、もう一人、現在国連で活躍しておられる方に、皆様よくご存じだと思いますけど、緒方貞子先生がいらっしゃいます。緒方さんについても、私は世界的に名前が知られるよりもずっと前から知っていました。緒方さん自身は別にそれを恥ずかしがってるわけでもなく、敢えていう人がいないということで、あまり多くの方はご存知ないことなのですが、緒方さんは40歳くらいまで普通の家庭の主婦をしていらしたのです。そのまま一生を子育て、家事、ご主人のお世話ということで終わったかもしれない、私たちの身の回りにいらっしゃる女性の一人であったのですね。ただ非常に研究熱心な方で、日本の外交史という分野を、主婦をしながら着々と勉強していらして、ある時、せっかくここまで勉強したのだから、アメリカへ留学して博士論文にまとめたいと思い立たれて、カリフォルニア大学に留学されて、たいへん立派な満州事変に関する論文を仕上げられたのです。そのあと、ご出身の聖心大学で非常勤で教えたり、その間、雑誌にいくつかの論文を書かれるということをやっておられました。  私はその頃、大学院を終えまして、東京の三鷹にあります国際基督教大学という、ミッション系の私立大学に国際法を教えるためにいきました。そして2、3年経った頃に、国際関係論をもう少し大きくしたい、将来は国連で活躍するような人を育てたい、そういう科目を教えられるいい人を捜そうということになりました。私が中心になって委員会ができて人捜しを始めた時に、緒方さんの名前が出てきたのです。そこで緒方さんの書かれた博士論文などがあったものですから、それを見せていただきました。結局、何人かの候補の中で一番しっかりしているということで緒方さんに国際基督教大学の先生になっていただくようにお願いしたのです。だいたい子育ては終わられた頃だったのですが、それが、緒方さんが社会で本格的な活動を始められた出発点だったのですね。  やがて数年して外務省が、日本もそろそろ女性の外交官をもっと育てなければならない、それにはやはり、若い女性外交官ではなくて、社会的に確立されている方を外交官としてお願いしてはどうかということで、大使、公使クラスの女性を探し始めました。そこで緒方さんに白羽の矢が立って、ニューヨークの国連代表部という大変重要な外交の場に公使として、ご赴任されました。公使というのはニューヨークでいいますとナンバー3の非常に重要なポストですが、最初2年くらいの約束で、大学を休職にしてお出かけになったのですね。緒方さんの国際的な活動のきっかけというのはそういうものだったのです。  緒方先生は小さい頃からぜひ国連で活躍しようなんていうふうに思われていたわけじゃなくて、ごく普通の、身近にいる、日常的に接触している方のお一人という感じで、気軽にお話ししていた方だったのですね。  そういう方がその後、ニューヨークで日本の公使として大変立派な仕事をされて、国連の会議の議長も務められました。ユネスコとちょっと違いますが、ユニセフという組織があります。ユネスコは教育科学文化という分野で活動する機関ですが、ユニセフというのは子どもの教育とか福祉とか、そういうことをやる機関です。そのユニセフの総会の議長や人権委員会の議長もやられたと伺っていますが、その議長ぶりが大変立派だったものですから、各国から支持されました。そのあと緒方さんは外務省をお辞めになって、上智大学の先生になられたのですけど、すぐに国連のほうから、難民高等弁務官の仕事に従事してほしいと委嘱されて、ジュネーブにいかれたのです。  難民高等弁務官事務所というのは大変大きい組織で、それまでずっと男の人が仕事をしてきました。何千人という職員が、その当時でも既に数百万人を超える難民に対してキャンプなどで世話をし、そこに最低限必要とされる住宅、衣服、食料品、医薬品、それから学校などを提供する。人口数百万人の国の首相、あるいは大統領のような立場のお仕事をするわけです。しかも難民というのは税金が取れない人たちですから、世界中を飛び回っては、お金のあるところからお金を寄付してもらう。普通の国の首相や大統領よりも遥かに難しい仕事で、歴代の男の人が一生懸命頑張ってやっても、なかなかその組織はうまく動かなかったのです。そこへ40歳過ぎまで、家庭の主婦をしておられて、それから大学の先生になられて数年しか経っていない緒方さんが難民高等弁務官として赴任された。そうしたら1年くらいの間に、難民高等弁務官事務所が非常に活気づいた。最初は難民高等弁務官事務所は国連の中でも「はきだめ」といわれるくらいに、誰もいきたくないところで、嫌々いくというところだったのです。それが緒方さんが弁務官になって1年もしない内に、国連の中で最も輝かしい部局になって、みんなが緒方さんのところで仕事したいということになった。それくらい大きなイメージの転換を図られたのです。  私は今年になるか、来年になるか、いつかはわかりませんけど、ノーベル平和賞を緒方さんが受賞してもおかしくないくらいの活躍ぶりだと思ってます。もしそうならなかったとしても、それはノーベル平和賞の委員会がきちっと人を見ていないんじゃないかなと思いたくなるくらいのいい仕事をしていらっしゃるのですね。  でもその緒方さんというのは、実は先ほどからくり返し申し上げておりますように、ごく普通の私たちの回りで見かける家庭の主婦の一人であったのです。ですから私はその頃は、緒方さんがそういうふうな活躍をされる方とは考えていなかったのです。私が緒方さんを知ったのは1970年代の初めですが、現在、1998年の時点で見ますと、私の身の回りから、本当に国際的に活躍している立派な方たちがでている。世界的に名前の知られている人になっている。これは国連というものを考える上で、非常に貴重な経験だと思っています。  鳥取県に今回初めてまいりましたが、鳥取県から国連というものを見ると、鳥取からまず東京にいって、外務省を通して国連に通じるというふうに、何か遠い世界のことのように、皆様には受け止められる可能性があると思います。実は私は東京で育ったのですが、東京にいても国連というのはやはりちょっと遠い存在でした。大学時代にユネスコ・クラブに入ったのは、遠い存在を少し自分に近づけてみたいという気持ちもあったのです。わたしの身近な人で国連で活躍する立派な方たちを何人も見ていて、また私自身もある程度国連の中で仕事をさせてもらった経験からいいますと、国連というのは決してそんなに遠い存在ではありません。また遠い存在であってはいけないものだということを非常に強く感じています。今日の一番大切な、皆さんにお伝えしたいメッセージというのは、それです。国連というのは全然遠くない存在、知れば知るほど、国連というのは身近な存在であるということです。また同時に、私たちの生活にとって非常に大事な、国連がなければ大変なことになるという、そういう存在になりつつあるということでもあります。このことを私としては皆様にぜひお伝えしたいと思います。これからあと40分くらいになりますけど、そのことを少し説明させていただこうと思います。  国連をどう教えるかという話になりますと、教えるというからには知っていただかないといけないわけですね。何で知る必要があるのか、知らなくても済むんじゃないのかという気持ちが当然あると思いますが、やっぱり国連は知っておいたほうがいいものである。その理由というものを少し考えてみようと思います。  まず第一に言えることは、私たちが毎日テレビで見たり、新聞で読んだりして、身近に触れられる報道の中に国連に関係した報道がたくさんあります。これを少し理解しようと思うと、やはり国連を知っておかないといけない。ユネスコというのもよく出てきます。新聞をご覧になると、おそらくほとんどの新聞で、毎日どこかで国連についての記事が書いてあります。国連そのものについて書いてある場合もありますし、国連の平和維持活動、あるいはユネスコについて書いてある場合もある。先ほど中村会長は国際通貨基金(IMF)ということをおっしゃいましたが、今、国際的に経済金融混乱の時期で、IMFが非常に注目されています。それから経済貿易関係ではWTO(世界貿易機関)というものがあります。これらも広い意味で国連関係機関です。  その他にもユニセフというものがあります。これから12月が近づきますと、ユニセフ募金が初まります。そしてクリスマスカードを売り出します。鳥取でそういう活動をしてらっしゃる方がおられるかどうかわかりませんが、これはかなり全国的な活動になっています。ちなみに、本当はクリスマスカードといってはいけないのです。なぜかといいますと、クリスマスカードというのはキリスト教にとってのキリストの誕生を祝うカードですが、世界中にはキリスト教以外の信仰を持っている人がたくさんいます。だから、キリスト教徒にとくに意味のあるクリスマスを祝うということになると、ユニセフのような国連機関では問題になります。ただどこの国でも大体12月から翌年の1月にかけて、日本でいえば年賀状、そういう1年に1回のお祝いをする時期にはなっていまして、英語では季節のカード、シーズンズ・グリーティングといういい方をしてますけれど、季節の挨拶状を送ります。そういう形で、グリーティングズ・カードをユニセフは売り出しているのです。ユニセフは子どもの基金ですから、しばしば世界の子どもたちが描いた絵を中心にしたユニセフカードを売っています。皆さんがこれを買いますと、作ったコストにプラスして何円かの寄付をすることになります。それがユニセフの活動のための基金になるという仕組みです。このユニセフも、皆さんにとって日常的に接することのある国連機関の一つですね。  こういうことについて新聞記事に書かれますと、やはりもうちょっと知りたくなるのは当然のことです。たとえば、IMFというけれど、IMFというのは普通の国連とどう違うのだろうかという疑問がわきます。それが、少し国連のことを知るようになるとわかりやすくなる。わかると記事が面白くなる。面白くなると更にわかろうとする。次の問題が出てきてそれをまた知ろうとする。そしてだんだん興味が深まっていくということになるのだろうと思います。こういう形で国連についての意識が深まることが大事です。あとで説明いたしますが、新聞とかテレビで国連関係の記事や報道が出てきた時に、それを理解する最低限の知識を持っているということが重要なのです。  それから第2番目の国連を知ることの意味ですが、やはり、私が大学時代に思っていたのと同じような気持ちを持っている方も多いと思います。つまり、将来、できれば国連のようなところで仕事をしてみたいなと思っている方もいると思うのですね。この人たちにとっては、やはり自分の将来を考えるわけですから、国連ってどういうところだろう、どういうことを勉強したら国連で仕事ができるようになるのだろう、あるいは、国連で仕事をして、どういう意味があるのだろうかというようなことを、きっと考えるに違いないと思うのです。そのためにも国連というのは、きちっと理解しておいてもらうといいということがあります。  現在、国連は1万人くらいの職員が働いています。本体以外の関連の機関を含めますと、5万人、あるいは5万5,000人くらいになります。国連にはいろんな国の国籍を持った人が働いています。日本も国連に対する分担金を出していますが、その分担金の率とか、人口などを考慮して、日本人職員がこれくらいいるといいという数字があります。この数字が大体230〜240人ということになっていますが、日本人職員は、現実にはその半分もいないのですね。100人前後しかいません。他方で、ついこの間、東京で国連での就職を希望する人のための説明会というのを、外務省の担当の部局が主催したら、1,000人を超える人たちが集まりました。それだけ国連に勤めてみたいと関心を持っている人たちがいるということですね。用意した会場に入りきれなくて、整理券を出して順番に、最初のグループが終わったら次のグループが入るというくらいの盛況だったという話を聞きました。国連において日本人職員は少ないのですが、他方では国連に関心を持っている日本人は非常に多いのです。そこの間をつなぎ、国連についての正確な情報を若い人たちに知らせる必要があると私は思います。そして国連職員になりたいと思ったら、それに合った教育とか訓練を受ける必要があります。日本人職員数の枠はありますが、国によってはその枠を大幅に超えて職員がいる国がありますので、日本人も有能であれば220〜230人どころではなくて、300人いたっておかしくはないのです。  それから第3番目、これが大変重要なのですけど、数年前まで、日本でも例えば国連の平和維持活動に日本がどう協力すべきか、とりわけ湾岸戦争の時、それからそのあとのカンボジア、ルワンダ、そういうところに国連が平和維持軍を出す場合に、日本がどう貢献するかということが議論されました。これは日本の国内の政策上の議論ですけど、その時の議論の中に、国連の実体を理解していない誤解に基づく議論というのがずいぶんありました。誤解に基づいて日本の政策ができてしまいますと、それによって国連は非常に大きな影響を受けてしまいます。日本は現在、国連においてアメリカに次ぐ第2位の分担金拠出国です。現在、国連の予算の18パーセントくらいを日本が負担しています。間もなく、あと2年くらいで20パーセントになります。国連の予算の5分の1を日本が負担することになるのです。  その日本が、職員は望ましい数字の半分しか送っていない。そして国内で国連にどう貢献するかという議論は、国連の実体とかけ離れた認識に基づいて、間違った議論が行われている。そこから間違った政策が打ちだされて、それによって国連が混乱してしまうということになったのでは非常に困るわけですね。日本のように重要な国がどういう政策をとるのかということは、国連にとって非常に重要な意味を持ってきます。日本の国連に対する政策がしっかりとしたものになるためには、国民が国連を理解し、国連にこういうことをやってほしい、こういうことをやっては困るということをはっきりと伝えるということが必要になってくるのですね。選挙や、町の議会、県議会、あるいは県知事さん、町長さん、市長さんなどを通じて外務省に、われわれは国連をこうしてほしいということを伝える。あるいは今は、外務省を通さなくてもちゃんと国連には皆さんの意見が伝わるような方法や仕組みがいろいろあります。そういうものを知って皆さんの意見を国連に伝えるということができるようになると、これは国連にとっても大変プラスですし、こうして地域で毎日の生活をしている方にとっても重要な意味を持ってくると、こういうことになります。これが第3番目の、国連を知るための理由ということになるかと思います。  実は、先ほどもちょっと申し上げましたけれど、日本では国連についての情報が相当に間違って伝わっています。例を上げるときりがないくらいですけれども、皆さんが多少関心を持っておられる問題について例を取り上げてみます。一つは国連の平和維持活動というものですね。これに日本がどう関わっていくかということなのですが、日本では憲法9条で自衛隊が合憲か違憲かということで、これまでずっと論争があり、平和主義の立場から自衛隊は違憲だという考え方が比較的強かったのですね。しかし現在の自衛隊程度の自衛目的の軍であれば、これは今の憲法でも禁止されていないというふうに考える国民の数が次第に増えてきていて、現在は50パーセントを超える国民が、現在の自衛隊の規模であれば認めてもよいというふうになってきているというのが、最近の世論調査で明らかになっています。  しかし、それに対する反対もあります。その議論は国連の平和維持活動にも影響を与えています。  現在国連の平和維持活動が要求されている場所というのは、例えばカンボジア、インド、パキスタンの国境地帯など、実はどこも日本から比較的遠くて、これまで歴史的に日本があまり深く関わってこなかった場所です。このことは何を意味しているかといいますと、例えば中東のイスラエルとアラブの紛争を考えてみますと、それにアメリカの軍隊が参加するということは、これは大変に微妙な問題です。アメリカはこの紛争に中立ではあり得ないのです。はじめからイスラエルの側に立っていますからね。アラブの側からアメリカ軍はイスラエル側と見られてしまう。そこに国連が平和維持のための監視軍を送ろうと思っても、アメリカが参加したら中立とはならないのですね。  アフリカの場合もそうです。アフリカには旧イギリスの植民地、旧フランスの植民地、旧ポルトガルの植民地と、ヨーロッパ諸国の植民地だった国があって、そこに何か紛争が起こっても、国連軍を派遣するという時には、そういう国はなかなか軍隊を派遣できない事情にあります。  そういう意味では日本という国は、理想的な立場にあります。したがって国連の場では、どうして日本はアフリカの紛争の解決のために協力してくれないのかという声が、アフリカの国からもヨーロッパの国からも強く出てきています。ところが日本ではそういうことは全然報道されていません。しかも、もっと私たちにとっておかしいと感じることがあります。ご存じのように、難しい議論の結果として、国際平和協力法という法律ができて、国連の活動のためだったら、その法律の下での限られた範囲内で、派遣してもよいということになりました。いろいろな制約条件が付いていますけれど、現実にアフリカのゴマ、あるいはモザンビークに、それから中東のゴラン高原にも自衛隊が派遣されたりしています。ところが、その人たちがどういうことをしているか、あまり日本では報道されていないのです。皆さんはご存知ないと思うのですが、そういう地域に行ったり、そういう活動に関心を持っている人たち(日本人ではない人たちです)に聞きますと、日本の自衛隊の活動は本当に素晴らしい、こんなに立派な平和維持軍がどうしてもっとたくさん派遣されないのかと言うんですね。それが日本には全然伝わってこない。カンボジアにおける日本の平和維持活動でもそうでした。  私は別に自衛隊は合憲だ、違憲だという国内の議論に影響を与えるような発言はしたくありません。私自身も実をいいますと、憲法の条文を見ると、やはり自衛隊を含めて軍隊を持ってはいけないと書いてあると思っているのです。しかし事実としては自衛隊がある。そして、そこから何十人、何百人の人たちが国連の平和維持活動に派遣されている。これも事実なのです。そして、その派遣されている人たちが、現地でどういう受け止められ方をしているかということ、これも事実です。私はそれを正式に認識した上で、日本がこのあとどう平和維持活動に関わるべきかということを決めるべきだと思うのです。しかし、どういうわけか、日本の新聞は、現地で日本の自衛隊が高く評価されているということを報道しません。こういうやり方は公正でない、公平でない。意図的に自分の政治的な意見を通すために、不都合な事実は日本に伝えないでいるようなものです。私の考え方はそうではなくて、日本の人たちの意思決定は、国連の将来の在り方に非常に重要だということで、日本の意思決定に関わる人たち、──皆様方一人一人がそうです。選挙の時にも投票されるわけです。あるいは皆さんのよくご存じの政治家に意見を述べる機会もあることと思います──がやはりきちっと状況を理解した上で行うべきであると思います。「私は自衛隊そのものにはこれまで反対でした、けれども今の自衛隊の国際社会における活躍ぶりを見ると、これをやめたりすることは望ましくないと思います」というような意見が出てきてもいいと思うのですね。また「いかに世界で評価されても自衛隊は違憲なんだから派遣すべきでない」という意見を持たれてもいいのです。どういう立場をとられてもいいのですが、大事なことは、そういう事実があるということを知った上で、その先どう考えるかということを決めるということです。これが本当の民主主義だと私は思うのです。海外からの情報が正確に伝わってこないために、間違った認識で行動してしまうというのは、本当に残念だと思います。  日本の自衛隊がどういうふうに評価されているかといいますと、本当に献身的に、現地の人たちのために、現地の人たちと一緒になって汗を流して仕事をしてるということなのですね。それから非常に規律がきちっとしている。この情報も伝わってきてないのです。国連の平和維持活動に参加している国の軍隊の中には、相当に問題のある軍隊があるようです。現地で女性に暴行を加えたり、強盗をしたり、それから酒を飲んで酔っぱらって人を殴ったりということが、実はかなりあるのです。そういう中で日本の自衛隊の規律というのは非常にしっかりしている。  第2次大戦中、日本軍が行った残虐な行為、このイメージは世界中に広まっています。残念ながらこれは事実であり、われわれは厳粛にその批判は受け止めなければいけないと思います。他方でいつまでも日本というのは残虐な国民で、すぐに外国人を差別したり、いじめたり、拷問を加えたりする人たちだという意識が定着していることについては、われわれ日本人としては、それを払拭するための努力をしなければならないと思います。今の日本人は違うのだということを伝えなければいけません。その時に口でいうよりも、日本の新しい軍隊、自衛隊が、そういう場所できちっとした規律で、きちっとした活動をしているということを評価してもらうこと、これが一番いいことなのです。そのためにはむしろ自衛隊をもう少し派遣する機会もあってもいいかもしれない。そういうふうに日本の、過去に犯したことは犯したこととして反省するけれども、これからの日本の国際社会におけるイメージを築いていく時にはそういうことを考えてもいいと、私などは思うわけです。いずれにしても大事なことは、そういう基本的な事実、現に起こっていることを正確にとらえるということ、これが大変重要な意味を持ってくると思います。  なぜ、今のような誤解が日本で生ずるのかというと、これにはいろんなことがありますが、一つはやっぱり言葉があります。国連で起こっていること、世界で起こっていることがいちばんよく正確に表現されている言語は英語です。ところが日本という国は英語で話したり、英語で日常生活を行っている国ではありません。アメリカとかイギリスとかオーストラリア、ニュージーランド、こういう国ですと英語はすぐに伝わりますから、英語で書かれたものはただちにその国の国民の目に触れるわけですね。国連の広報センターには国連が日夜活動していることについて、毎日のように情報が入ってきますが、それは英語でくるんですね。それをそのまま日本の国内に流しても、日本の国民の多くは、それをそのまま読むわけではない。どうやってそのニュースを知るかというと新聞を読むわけですね。新聞は入ってきた情報を日本語に訳す。その時にこの情報は必要ないと思うと切ってしまう。この情報は役に立つと思うと書く。もっと問題なのはこの情報はちょっと役に立たないけど、ここをこう変えると役に立つ、というような情報操作が行われているわけですね。私は新聞・テレビというものが、英語が直接日本に入ってこないということを利用して、外の世界のことを正確に国内に伝えていないと思います。私は日本でも仕事をし、海外でも仕事をしているので、そのギャップを強く感じます。ちょっとした間違いくらいは、人間誰でも犯します。誤解というのもあります。しかし、意図的にあるものをないといい、ないものをあるという情報操作を、残念なことに日本の一流の新聞、一流のテレビ会社がやっているのですね。これも一つや二つではありません。本当にたくさんあるのです。これは大変重大な問題だと思います。  私は、そういうことをずっと思っていて、一人で頑張って、大新聞を相手に論争をふっかけたりもしています。大新聞のほうは私を無視して、私に声をかけなくなりました。しかし、私は、悪いのは私ではなくて、その新聞である、事実を正確に伝える努力をしない新聞など新聞ではないという信念を持ってます。この気持は私一人のものではありません。この間、明石さんと話をする機会があったのですが、「ジャーナリズムのやることは、私には、信じられません」と、やはり怒っておられました。緒方さんは、明石さんや私よりも性格的に穏やかな方ですから、そういう強い表現は使われませんが、それでも夏にお会いした時に、やはり報道には不正確なことが少なくないとおっしゃっていました。  そういうことで、メディアは間違った報道をしている場合が多いと私は思っていますが、それでも新聞は大事です。私も毎日、新聞を読んでいます。テレビも見ています。100%事実かどうかわからないということを十分わかったうえで見たり、読んだりすれば、その情報というのはそれなりに価値があるのですね。明日、新聞を読んだら、今日のシンポジウムで聞いたことと違うことが書いてあるかもしれない。そこで、おかしいなと思う。疑問を持ちつつ、ずっと長い時間をかけて読んでいる内に、新聞が間違った情報を発信しているということが少しずつわかってきます。そういう形で皆さんにも情報というものに接していただくといいのではないかと思います。  もちろん日本というのは地理的に世界のいろんな紛争地から、あるいはニューヨーク、ジュネーブ、ウィーンというような国連の事務所のあるところから遠いですから、国連に関する情報がなかなかすぐには伝わってこないですね。私は最近はジュネーブで仕事をすることが多いのですが、ジュネーブにいると、毎日のように現地の新聞が、国連で何が起こってるかということを記事にしてくれています。日本はどうしても距離がありますから、そういう国連の場で起こっていることが毎日伝わるということがない。それがやはり誤解の原因を作っている部分があります。例えばジュネーブですと、ジュネーブの新聞が間違ったことを書いたら、事実を知っている人たちが周りにたくさんいますから、その人たちから文句が出てきて、新聞はとても嘘は書けないのですね。ところが日本ですと距離がありますから、間違ったことを書いてもすぐにはチェックできない。そのことをチェックできる人というのはごく一部の人で、時間が経ってしまって、いまさら記事を変えても、もう仕方がないやということになってしまう。そういうことで間違った記事がそのまま残ってしまうということがあると思います。  そういう意味では、私たち大学で教鞭をとるもの、あるいは研究者が論文を書いたりする場合も、やはり国連を正確に伝えるという努力をしていかなければならないということを感じます。皆さんの中には学校で先生として国連について教える立場の方もいらっしゃると思いますが、その場合も、やはり正確に国連を伝えるということをしていただきたいと思います。  ところで、高校の先生方がとくに苦労されると思いますのは、国連を正確に伝えるという前に、どうやったら国連を正確に理解できるかという点だと思います。これについては国連の広報局あるいは東京の広報センターが、ニューズレターやデータシートのようなものを、高校の先生、あるいは中学の先生方に配って、現在の国連の状況を正確に理解してもらうようにするといいと思います。ニューヨークやジュネーブから届く資料は英語で来ますから、それを翻訳するのに時間がかかるということで、これまであまりされてきませんでした。でも、やはり、日本で国連を正確に理解していただいて、それを通じて日本の外交政策、国連に対する政策がきちっとしたものになることが重要だと考えれば、それはそれだけの努力をする価値があるという気がしますので、ぜひ、そういう方向で一層の広報活動をしていただけるといいなと思います。幸い、国連広報局の局長さん、これは事務総長のすぐ下にいて、国連の広報活動を全体として掌握している人ですが、この責任者は日本人です。最近その地位に就かれましたが、外務省出身の法眼さんという方です。機会があれば私からも法眼さんにもお願いしますが、そういう活動もぜひやっていただきたいと思っています。  それから国連の場では、NGOの活動が重要になってきています。市民団体とか、日本では最近NPO(非営利団体)といういい方もあり、それぞれ言葉には少しずつ意味の違いもありますが、簡単にいいますと市民の方たちのボランティアで、人権とか環境とか平和とか開発、そういった問題について活動する私的な団体、民間の団体のことです。こういうものが国際的に大変重要な役割を果たすようになりまして、その中に日本をベースにするNGOも増えてきています。このNGOが果たす役割というのが、国連の場でとても重要になってきているのです。なぜかといいますと、一つには国連の活動は元々は国を通して、日本でいえば外務省を通して、何をやるか決める、そして国連が行う活動は今度は外務省を通して各国に伝えられると、こういう二段構えでやっていたのですが、最近はそういうことでは問題に対処できなくなってきたということなのです。  例えば緒方さんのやっている難民の問題は、難民高等弁務官事務所が、直接難民キャンプを作って、運営して、そこにいる難民の一人一人の健康、生活、そういうものに責任を持ってやっているんですが、これには国が間に入ってきません。国はそういうことをやってもいいですよという了解を与えるだけで、あとは国連と難民との間の直接の関係になっているのです。こうなってくると、今度は、国連のそういう行動を支える人たちも、実は国を通さずに直接緒方さんの事務所にいくことになります。具体的にいえば寄付を集めて、緒方さんのところに直接送る。そして緒方さんのところはそれを受け取って、日本政府を通さずに、そこから例えば、アフリカの難民キャンプに必要な物資を供給する。あるいは必要な人、例えば看護婦さんとかお医者さん、そういう人を送るということをやっているのです。これは難民の話を一つの例として上げたに過ぎません。人権、環境、どれをとってみても、実は国を通さずに一般の市民から直接国連へ、また国連から市民へという、このルートが今日では無視し得ないくらいにはっきりと確立してきています。  そういうことを考えますと、NGOの活動というのが非常に重要になってくるのです。国連の活動を支えるNGOはたくさんあります。私は毎年夏に、人権小委員会という国連の人権関係の会議に出席しておりますが、例えば国連の場で、人権のことを議論しますと、そこに100を超えるNGOが代表を送ってくるんです。そうですね、少なく見ても300人くらいはいるでしょうか。委員は26人です。その他に国の代表が100人きますが、この数字だけを見ても、NGOがいかに大きな存在感を与えているかご想像いただけると思います。したがって、NGOがしっかりとした活動をしてくれないと、国連は間違った方向に動く可能性もあるのです。このNGOの活動に関わっている人も、実は一般庶民、市民の人たちなんですね。ユネスコ協会というのもNGOの一つですが、他にもいろんなNGOがあります。日本をベースにしているものでは反差別国際運動(IMADR)という、関西から始まった人権活動をやっている組織があります。このNGOは国際的にとてもいい仕事をしていて評価されています。それから最近岡山でお医者さんが始めたAMDAという、お医者さんの団体があります。人口問題を扱っているジョイセフという組織もあります。こういう活動を通して、正確に国連というものを理解し、また日本の実状を正確に世界に伝えるということを、これからやっていかなければならないな、と思います。  あと10分ほど時間がありますので、国連をどう教えるか、ということについてお話ししたいと思います。この会場には学生のみなさん、つまり教えられる立場の人たちもいらっしゃるかと思いますので、私の説明が教えられる立場から見て当たっているかどうか、もしそんなのおかしいということがあったら教えてください。私は今まで二十数年間、大学を中心に、国連教育に携わってきましたので、その経験に基づいて、大体こういうふうに教えればいいのではないかという一つの考え方をご紹介してみたいと思います。何を教えるについてもいえることですが、私はやっぱり国連を教えるには、わかりやすくないといけないと思います。そして、面白くないといけない。それから、できれば実体験をするということです。自分で体験をしてみる。これは本を読んだり話を聞いたりするよりも遥かに多くのことを学べます。これを国連教育ではやらなければいけないと思います。  わかりやすく教える方法としては、今日はそういう設備がないのでもってこなかったのですが、ビデオとか、OHPを使いながら皆さんに説明するということですね。例えば国連の組織、さっきからユニセフとかIMFとかいろんな名前が出てきていますが、実をいいますと、それぞれ非常に性格の違う組織なんです。例えば狭い意味では、ユネスコは国連ではありません。もっとも広い意味では国連なんですね。皆さんはそういうことを聞いて、何言っているんだと思われるでしょうが、そういうことをわかってもらうことは、かなり重要なことです。そこで「ユネスコは国連であって国連ではない」と言ったうえで、次のように説明します。  まず国連は六つの機関から成り立っています。その一つは何かというと、全加盟国の代表が作っている総会があります。ちょうど日本でいえば国会に当たるようなものです。残り五つのうち三つは理事会です。理事会というのは一部の国の代表が集まって、特定の問題を専門的に議論をする場所です。安全保障理事会、経済社会理事会、それからもう一つは信託統治理事会です。あと二つのうちの一つが事務局。その事務局の長が、ついこの間日本にこられたコフィー・アナンさんという人ですね。そしてもう一つは裁判所です。国際司法裁判所と言います。  総会は日本でいうと国会に当たります。それから理事会は国会の下にあって、国会の活動を補佐するところです。言ってみれば、予算委員会とか、外交委員会のようなものです。そういうふうに考えておくといいと思いますね。事務局は何かというと、内閣総理大臣以下の政府に当たるところです。そして日本には最高裁判所以下の裁判所がありますね。国連にも司法機関がありまして、それが国際司法裁判所というものです。立法、行政、司法と、これは三権ですね。総会があって、三つの理事会があって、事務局があって、裁判所がある。六つというとわかりにくくなるので、実は日本の三権から説明を始めるとわかりやすいのです。国会に当たるものが総会であり、総会の下にあるのが三つの理事会。政府に当たるものが事務総長以下の事務局である。それから裁判所に当たるものが国際司法裁判所であると、こういう図式をまず頭に描く。そうすると国連というのはわかりやすくなります。  その中に例えばユニセフとか、緒方さんが率いるUNHCR(難民高等弁務官)がある。これはどういうものかというと、総会の中にできている独立機関なのです。日本でいえば国会が作った独立機関ということになります。では、ユネスコは何かというと、実は今言った国連の枠の中に入ってこないのです。国連と協力するために協定を結んでいますが国連とは別の機関なんです。ただ国連と協力しましょうという約束をしているために、国連機関の一部と考えてもよいとしているのです。先ほど中村会長さんは、ユネスコは専門機関であると、正確におっしゃいました。これはさすがです。これが正しい答えなのです。ユネスコは国連の専門機関の一つです。国連には今16の専門機関があります。IMFもその一つです。ILOという組織がありますね、国際労働機関。これもその国連の専門機関の一つです。世界銀行もそうです。これは緒方さんが仕事をしている難民高等弁務官事務所とは組織的には全然違います。難民高等弁務官事務所は国連の枠の中に作られた組織です。ユネスコは国連の外に作られて、国連と協力することを約束した機関で、この違いというのが、活動の面でも出てきます。たとえば、ユネスコに対しては、国連はこうしなさいと命令できません。ところが、緒方さんの事務所に対しては国連は上下関係ですから命令ができるのです。そういう関係に立っているということを、こういうふうに教えると、国連の複雑な組織というのもわかっていただけるのではないかという気がします。さらにスライドを使ったり、図表を使って説明すると、もっとわかりやすくなります。  さらに国連を面白く教える方法の一つとして、ロールプレイがあります。私が学校で国連職員のことを教える場合には、まず簡単に私から国連職員というのは世界中から集まってくる人たちで、こういう基準で選ばれますよということを、一応講義で説明します。その上で、国連のあるポストが空席になったと仮定して人材を公募するんです。例えば法務部の法律顧問のポストがひとつ空いていると仮定します。法学部を出て、法律実務の経験が5年あって、とくに東アフリカの状況をよく知っている人を探しています、というようなことですね。実際の空席の公募の書類を取り寄せまして、それに基づいて少し手を加えて、公募の文書を作ります。例えば30人くらいの学生がいますと、その学生のなかから3人くらいを国連の側の人に任命します。その学生たちに実際の国連の公募の書類に基づいて、新たな公募の文書を作ってもらうのです。日本語でやって構いません。英語でやってもいいのですが、日本語でやったほうが一般の学生はわかりやすいでしょう。そして残りの27人の学生にそれを配ります。性別は大体自分の性でいくほうがいいだろうということで、男子学生だったら男性、女子学生だったら女性という形にします。国籍については、アフリカのナイジェリア人、韓国人、中国人、日本人など好きな国籍を選ばせて、その国籍で実際に応募のための履歴書を国連の書式を使って書かせます。そして、例えば、ガーナ大学経済学部卒業、経済学博士ということを書かせていくわけですね。学生には一番採用されやすい経歴を書きなさいと言います。そうすると学生はいろいろ考えます。実務経験5年と書いてあるから、6年くらい法律事務所で働いたということを書けばいいなとか、考えるわけですね。  そのうえで今度はみんなの前で、3人の採用官が、応募者を一人ずつ順番にインタビューするのです。全員のインタビューが終わったら、3人の採用官が集まって、別の部屋で27人の中の誰を採用するかを決めます。決めたら戻ってきて、27人の前で、今回の採用はこの人に決めましたと発表します。同時に理由もいわせます。また採用されなかった26人にも不満があるでしょうから、なぜ自分が採用されなかったかということを質問したり、議論してもいいということをするのです。これがロールプレイです。  その他にこういうこともやっています。これはなかなかやり難いのですが、将来はもう少し広げていきたいと思っています。それは、国連のインターン制度の活用です。夏休みの間などに、1か月か2か月、大学生あるいは大学院の学生が、高校生はまだダメなのですけど、国連の職員と同じように、事務局の中に入って、仕事を手伝うものです。給料は出ませんが、国連を知るうえでいい経験になります。体験を通して国連を知ることができます。私は、毎年夏に4週間、ジュネーブで人権小委員会の会議に出席します。その時に、私の仕事を手伝ってもらうため、大学院の学生を3、4人連れていくことにしています。会議を傍聴して記録をとってもらうと同時に、書類のコピーや、図書館での調べものなど細かい仕事を頼むのです。これは私にとっても助かりますけれど、一緒に付いてきた学生にも、体験を通じて国連を知るいい機会になります。毎年4人くらいしかお世話ができませんが、私のような仕事をしている人が日本にはたくさんいます。いろんな会議に出る人が、かなり幅広く、希望者を連れていくことができるのではないかと思うのですね。私は今まで私の身の回りの人だけでやっていましたが、もう少し組織化して、例えば、鳥取ユネスコ協会がスポンサーになって、鳥取県の誰か一人を毎年一人ジュネーブの人権小委員会に、私のお手伝いとして、4週間派遣する。費用はどのくらいかかるかというと、一人40万円あれば十分です。もし鳥取県のユネスコ協会がそういうことをしてみようということであれば、ぜひ一人推薦してください。あとの面倒は私が見ます。そういうことをやると、国連が非常に身近になると思うのですね。大学を卒業したくらいの人がいいですが、実務家でも構いません。ジャーナリストは大歓迎です。なぜかというと、ジャーナリストには正確な国連の実情を知ってもらいたいですからね。そういうことによって、国連を本当に身近だと感じられるようなものにしていけたらいいな、と思います。  以上、私の体験に基づいて、国連をどう教えるかという話をしました。またパネル討論の中で私の考えを必要に応じてさらに展開させていただこうと思います。時間がまいりましたので、話はこれくらいに留めたいと思います。どうもご静聴ありがとうございました。 (司会)ありがとうございました。 またパネルディスカッションのなかで、ご質問を皆様からお受けしたいと思います。 皆様、今一度盛大な拍手をお願いいたします。(拍手) ●●パネルディスカッション●●●  (司会)皆様お待たせいたしました。それではパネルディスカッションに移らせていただきます。  討論の前に鳥取県教育委員会が県内東部の高校生を対象に実施した、国連についてのアンケート調査についてご報告をお願いいたしたいと思います。報告は鳥取県教育委員会高等学校課指導主事の山根孝正様にお願いいたします。 (山根)失礼いたします。先ほどご紹介いただきました、県教育委員会事務局高等学校課の山根と申します。若干時間を頂きまして、先頃10月の末に鳥取県東部地区の10校の県立高校の2年生の生徒の皆さんにご協力いただいて、国連活動、そして国際的な政治や経済の問題についてアンケートを実施いたしました、その結果についてご報告させていただきます。ナンバー1から順番に若干コメントを付け加えながらご説明させていただきます。調査は東部地区県立高校10校の中から各学校第2学年の1クラスを抽出いたしまして、無記名のアンケートを10月末に実施をしております。総集計数は345名でございました。(以下、アンケート調査結果の報告より) 国連活動等に関するアンケート調査結果の報告 [調査の目的]国際連合の活動など国際社会の問題と環日本海交流について、    生徒の理解度を把握し、今後の指導の参考にする。 [調査方法] 東部地区10校より、各学校第2学年を1クラス抽出し、    無記名アンケートを平成10年10月末に実施。総集計数345人 [国際連合について] 1 国際連合の成立は、いつですか。(2) (1)1920年 (2)1945年 (3)1960年 ・棒グラフ入る (1)10.7% (2)68.5%  (3)20.8% 2 国際連合の本部は、どこにありますか。(3) (1)ロンドン (2)ジュネーブ (3)ニューヨーク ・棒グラフ入る (1)15% (2)35.4% (3)49.6% 3 国際連合の加盟国数は、1998年現在いくつだと思いますか。(2) (1)165 (2)185 (3)205 ・棒グラフ入る (1)24.1% (2)56.2%  (3)19.7% * 国際連盟のあとをうけて第二次世界大戦後に設立された国際連合は、ニューヨークに本部を置き、1998年現在185の加盟国から成りたっている。  国連の成立年(68.5%)に比べて、本部の所在地(49.6%)があまり知られていない。 4 国際連合で、国際の平和と安全の問題について決定する権限を持っている安全保障理事会の、常任理事国を5つ、次の国の中から選んで下さい。 (2)(3)(6)(7)(10) (1)ドイツ(2)アメリカ(3)フランス(4)日本(5)インド(6)イギリス (7)ロシア(8)カナダ(9)イタリア(10)中国 ・結果の棒グラフ入る 5 国際連合の活動は各国の分担金でまかなわれています。1996年の分担金の割合は、第1位の国(ア)が25.0%、第2位の国(イ)が14.0%、そして第3位の国(ウ)が8.9%でした。ア、イ、ウの国をそれぞれ上の国の中から選んで下さい。 ア(2) イ(4) ウ(1) ・結果の棒グラフ入る * いわゆる五大国といわれる安保理常任理事国である、アメリカ・ロシア・イギリス・フランス・中国の中で、アメリカの率がやはり最も高かったが(96.2%)、日本・ドイツが常任理事国であるとするものが、それぞれ44.1%・32.6%とかなり高かった。また、日本が国連の分担金負担の上位3か国にある、としたものが約4分の3の率であった。 6 次のア〜キにあげた国際連合の機関・活動について、正式な名称や活動を[(1)だいたい知っている (2)少し知っている (3)聞いたことはある (4)知らない]の中から選んで、記号を記してください。  ア PKO   ( ) 平和維持活動  イ ILO   ( ) 国際労働機関  ウ UNESCO( ) 国連教育科学文化機関  エ WHO   ( ) 世界保健機構  オ FAO   ( ) 国連食糧農業機関  カ IMF   ( ) 国際通貨基金  キ UNICEF( ) 国連児童基金 ・結果の棒グラフ入る *各機関・活動の中で、最も知られているものは、UNICEF、次いでPKO、WHOの順であり、FAO、ILOはあまり知られていない。 7 国際連合は、国際社会の平和と安全の維持に貢献していると思いますか。( ) (1)大いに貢献している (2)少しは貢献している (3)あまり貢献していない (4)まったく貢献していない (5)わからない *(1)大いに貢献している、(2)少しは貢献している、を合わせると41.8%が貢献していると考えている。(5)わからないと答えたものも約4割あるが、否定的な意見は2割弱である。 [国際政治・経済・社会の問題について] 8 次のア〜コにあげた国際政治・経済に関する事柄について、正式な名称や活動を[(1)だいたい知っている (2)少し知っている (3)聞いたことはある (4)知らない]の中から選んで、記号を記してください。  ア NGO   ( ) 非政府組織  イ 南北問題  ( ) 先進工業国と発展途上国の格差  ウ ODA   ( ) 政府開発援助  エ OPEC  ( ) 石油輸出国機構  オ ASEAN ( ) 東南アジア諸国連合  カ サミット  ( ) 先進国首脳会議  キ EU    ( ) ヨーロッパ連合  ク OECD  ( ) 経済協力開発機構  ケ UNCTAD( ) 国連貿易開発会議  コ NIES  ( ) 新興工業経済群 ・結果の棒グラフ入る * 全般的に、経済に関する事柄、新聞・テレビ等のニュースに取り上げられる頻度の少ないものが知られていない傾向にある。 9 あなたは、今世界の中のどこの国に最も興味がありますか、国名を1つあげてください。( ) ・結果の棒グラフ入る *アメリカ(35.1%)、フランス(10.4%)をはじめとして、欧米諸国が68.6%を占め、中国・韓国・北朝鮮等アジア諸国は17.5%であり、日本は13.7%であった。 10次の(1)〜(9)にあげたことの中で、あなたが関心のあることはどれですか、2つまで選んで、記号を記してください。( )( ) (1)難民問題 (2)環境問題 (3)民族問題 (4)人権問題 (5)国際平和の問題 (6)食糧問題 (7)人種問題 (8)資源   (9)エネルギー問題 ・結果の棒グラフ入る * 多くの教科で取り上げられ、また身近な問題と感じていると思われる・環境問題がもっとも多く(30.0%)、次いで・資源・エネルギー問題(20.9%)、・食糧問題(14.9%)であった。 11 あなたは、新聞やテレビで、次のア〜エの内容のニュースを読んだりみたりしますか。 (1)よく読む(みる) (2)時々読む(みる) (3)たまに読む(みる) (4)ほとんど読まない(みない) (5)まったく読まない(みない) の中から選んで、記号を記してください。  ア 日本の政治に関すること( )  イ 世界の政治に関すること( )  ウ 日本の経済に関すること( )  エ 世界の経済に関すること( ) ・結果の棒グラフ入る * 日本の政治・経済については、よく読む(みる)時々読む(みる)を合わせて約2割、世界の政治・経済については、1割強であり、一方、ほとんど読まない(みない)まったく読まない(みない)は、日本の政治・経済については5割強、世界の政治・経済については6割強に上っている。 (司会)ありがとうございました。それではこれからパネルディスカッションに移らせていただきますが、その前に、パネリストの皆様とコーディネーターのご紹介をさせていただきます。パネリストは先ほど基調講演をしていただきました東京大学教授の横田洋三様。国連広報センター広報官の妹尾靖子様、文芸評論家の内田照子様、とっとり政策総合研究センター主任研究員の中野有様、そしてコーディネーターには鳥取青年ユネスコ協会直前会長を始め、地元の発展に様々な貢献をされています、本業は鳥取を代表する和菓子屋、亀甲屋の社長であります小谷寛様です。  それではこれからの進行は、小谷様にお願いします。 (小谷)大変素晴らしいご講演に引き続いてのパネルディスカッションということでございますけど、国連に関わっている人の活動を通じて国連を探ってみたいと、そう思っています。中野さんは元国連職員でございますし、妹尾さんはもちろん現在国連職員でいらっしゃるわけでございます。妹尾さん、中野さんのご体験をお聞きしながら国連を探ってみれるのではないかと思っております。  先ほどの先生のご講演でございましたけど、緒方貞子さんが、42歳まで主婦だったというお話には、大変びっくりいたしました。主婦でも日頃から学んでいればすごい可能性があるんだなと、大変勉強になったわけでございます。  それからマスコミのご批判の問題がありましたが、先ほど、もうお帰りになりましたが,元NHK国際局のチーフディレクターという、大変偉い方が東京からお見えになってまして、先生のご講演にたいへん感銘を受けておられたということでございます。  それから国連からのニュースレター、データシート等のお話しございましたけど、もう今は、わかりやすい、正確な情報をインターネットで、リアルタイムで、手間も費用もかけずに、簡単に各学校に流すことができるんじゃないか。そういう時代になったのではないかと思います。  最後に先生がおっしゃいました、ジュネーブで、40万円あれば身近な国連体験ができるというお話。ぜひ、ユネスコ協会の中村会長さんにご検討をお願いしたいと思います。  本日は横田先生のご講演のなかで、わかりやすく、面白く、実体験をするという教育の方法を教わったわけであります。前に二人、高校生の女の子さんが座ってますけど、先ほど、「どうだった」と聞きましたら「わかりやすかった、面白かった」と、いうことでございました。  また今、アンケートのご説明があったわけでございますけど、中学校の公民、あるいは、歴史、地理を学んでいれば、もう少しわかるのではないかと思ったのですが、世界比較等も含めて、今のアンケートへのご感想を、横田先生からいただければと思います。  (横田)皆さんはこのアンケートをご覧になって、おそらく、国連のことを知っている生徒が少ないなとお感じになられたことと思います。とくに最初の1、2、3の辺りですね。国連がいつできたか、本部がどこにあるか、加盟国数はいくつかという問いに関するデータです。しかし実は、先日私も、大学で国際法を勉強している1年生、2年生に、国連の加盟国数について質問してみました。そしたら大学生も185とはすぐには答えられないのですよ。このアンケートのように、1、2、3の中から選べという選択肢であれば、正解率はもうちょっといいのかもしれませんけれど。その程度なんですね。これを、例えばアメリカの中西部の州の高等学校で実施したら、おそらくこれより低いのではないでしょうか。他の国の学生もそんなに国連のこと知っているわけではないのです。私はこの数字は決して悪くないという感じを持っています。  国連本部がジュネーブにある、と答えた人が多いですね。私はこれをみて、生徒たちが、意外に国連のことを知ってるんだなと思いました。正確にいいますと、ジュネーブも国連本部なのです。ジュネーブの国連事務所は、国際連合ヨーロッパ本部という名称なのです。ですからジュネーブで国連が活動をしているんだということを知っている人は、ジュネーブと書いてしまうかもしれない。とくに人権と開発の問題はジュネーブが本部です。安全保障とか平和とかいうことになるとニューヨークですが。ジュネーブという答えを書いた人は、それを意外に知っていたために迷って、ジュネーブと書いたのかもしれません。これはほほえましい間違いじゃないかなという気がするのです。  もう一つ、最後のほうの9番(興味のある国)ですね。これは大体予想通り、ほとんどの生徒がアメリカ、フランスなど、欧米の国の名前をあげています。これはやむを得ないのですけれど、実は国連が、日本人職員を採ろうとする時には、アメリカやイギリスに留学している人よりも、途上国経験のある人のほうを欲しがります。例えば私は昨日初めて知ったのですが、地理的にいって鳥取県は中国や韓国と深い関わりがあって、姉妹関係を持っているところがあるようですね。これらの国への修学旅行もかなり増えてきているという話を聞いたのですが、例えば韓国の釜山大学に1年いって、ハングル語を勉強してきましたという人がいると、そのほうが国連から見ると、面白い人だ、採用してみたいと感じるのですね。実際に国連がほしがる人というのは、途上国で経験がある人だということを皆さん知っておくと、将来、関心の持ち方が変わってくるかなという気がします。  最後にもう一点。新聞を読むことについては、これはやはり興味を持つということが大切でしょう。おそらく必ず読むのは、テレビ欄だと思うのですね。今日何か面白い番組をやってないかなと、興味を持つからです。では政治面、経済面はどうして見ないかというと、興味を持たないからなのです。その場合興味を持たせる方法が一つあります。私が大学でやってみた方法ですけど、まず国際関係論の講義の一番最初に「毎日、必ず新聞を読みなさい」と言うのですね。ただ言っただけではダメなんですよ。動機付けがないといけません。そこで「毎回授業の最初に10分間、読んできた新聞の重要なものについて、とくに政治、経済、国際面について、少し質問をしたり議論をするから読んできなさい」と言います。こう言うと学生はきちんと読んできます。私の質問に対して「昨日こういうことがあったと書いてありました」となるわけですね。そうしたら、さらに「君、それについてどう思う」と学生の意見を聞くのですね。学生は最初は戸惑いますが、次の日に聞くと、結構いい答えが返ってきます。そういうことをやっているうちに、みんななんとなく毎日新聞を読むようになるということがあって、私のその講義を取ったあとの感想文で、何が一番よかったかというと、私の講義ではなくて、新聞を毎日読んだことがよかったというコメントさえありました。やりようによっては、若い人たちは関心を持つと思うのです。  (小谷)ありがとうございました。国際比較をすると、意外とレベルが高いというようなことでありまして、大変驚いています。さて今先生から、国連としては途上国経験のある人を望むというお話があったんですけど、確か中野さんはアフリカへ行かれたんですよね。  (中野)私、京都生まれでして、海外へ行くような環境にはなかったんです。大学4年の時に、幼稚な話ですけど、坂本龍馬に憧れてまして、今、彼が生きていたら世界中を飛び回っていただろうと、ひょっとしたら国連に入っていたかもしれないななんて考えていたものです。大学卒業後、まず民間企業に就職しましたが、最初の赴任地がバクダッドでした。イラン・イラク戦争の最中で、誰も行かないところだったのですが、新入社員でガッツがあるんだから行きなさいということで派遣されました。その時、戦争を実際に見て、世界は自分が思っているよりも危険であるとわかりました。それで世界平和のために貢献したいという気持ちで国連に興味持ちまして、その後大学院にいきました。そして、ちょうど今から12年前なんですけど、外務省が若手の日本人を国連の職員にしようという制度がありまして、その試験を受けました。500人くらいいたかな。その中から、20人くらい通りました。そのとき、たまたま妹尾さんが私の前だったんです。きれいな人がいるなと思って声かけました。  幸い、妹尾さんも私も試験に合格。妹尾さんは試験に合格された後、ウィーンにいかれました。私は国連工業開発機関の準専門家として西アフリカのリベリアに赴任しました。モンロビアという首都から250キロ入った奥地で、水、電気もない非常に厳しいところでした。1万人くらいの村なんですけど、中小企業の育成を目的にして、工業開発のため何が必要かを聞いていくんですね。そしてマーケティング、マネージメントアカウントなどについて現地の人々に教えていった。そういうことで、アフリカの奥地で開発援助の仕事、開発援助とは何であるかというのを学びました。2年間だいぶ苦労した後、ウィーンの本部に赴任し、その時に妹尾さんと約5年間、ご一緒させてもらいました。取りあえず途上国の体験はそういうところです。  (小谷)外務省の試験というのはどういうものだったのでしょうか。  (中野)面接がありました。私はロータリー財団から大学にいったことや、途上国の経験について話しました。やはり大事なのは、ビジョンとか、夢です。国連というのは185カ国の人々が集まっていて、世界平和という一つの目的に向かってみんなが一緒に働く。国連というのはまったく知らないけれど、そういう世界平和のために、自分も貢献してみたいと夢を語りました。  (小谷)妹尾さん、試験も含めて国連職員としてのご経験等についてお聞かせ下さい。  (妹尾)私も同じ試験を受けたわけです。試験を受ける前に、書類審査があったんですけど、その書類審査で、今まで自分が何を勉強してきたのか、勉強したことを国連でどうやって活かしたいのかを問う質問があったんですね。私は小さい頃から中近東に、憧れがありました。砂漠に愛着があったのです。その地域でパレスチナ問題があるというので、まずアメリカのユダヤ人の研究をして、そうしている内に、国連機関というのが中東和平にかなり関与して、パレスチナ問題が発生した直後にすぐ介入していったということを知り、私はすごく感動したのです。またアメリカの大学院に通っておりました時に、修士論文のために、国連資料を請求したんですが、そうしたらすごく丁寧に資料を送ってくれたんですね、一学生のために。これにも、すごく感動しました。  大学院を出た時点で、中近東にまず行きたいなと思って、どうやったら行けるかなと考えた時に、日本のシンクタンクというのも考えました。しかし、国連への道が開けてるということを知り、それでチャレンジしたんです。大学院時代、ちょっとアラビア語もやったので、それを使いたいと思い、中近東勤務を夢見てたんですが、当時、日本政府が拠出していたパレスチナ難民のための小麦粉に虫が湧いたとか、湧かないとかで、UNRWAと日本政府の間がぎくしゃくしてまして、外務省は「あなたが試験を通っていくのはいいんですけど、中近東じゃなくて、本部のウィーンに行ってください」と言われて、すごくがっかりしました。本当に辞めようかなと思いました。しかし、フィールドにいけるチャンスも、パレスチナに行けるチャンスもあるし、自分の学んだ言葉も活かせるかなという期待を持ってウィーンに赴任しました。そこで再び中野さんにお会いしたんですけど…。  私も小さい頃海外というとやはりアメリカをイメージしました。アメリカのディズニーキャラクターなど、アニメのキャラクターも入ってきて、すごく日常生活に影響を及ぼしていた。しかし世界はアメリカだけじゃなくて、アジアもあり、その向こうに中近東もあって、砂漠がある。宗教も何か変わっていて、イスラム教だということで、それで世界を広げてみたいなと思いました。私もウィーンの本部にいる間に、中近東の難民キャンプにも何度も行きましたけれど、やはり国連というのはデスクワークの本部だけじゃなく、フィールドもある、ということを押さえなきゃいけないと思います。  (小谷)中野さん、採用試験の時に夢を語ったとおっしゃいましたね。日本の試験とだいぶ違うように思います。一方で国連というのは、世界各国の人々が人種を超えて集まっているということで、そこで働くということはたいへんだったと思います。以前、国連には自民党の派閥よりもっとすごいものがあるというのを、何かで読んだ気がするんですが、うまくやっていけるものなんでしょうか。国連の中で生き延びていくためには、どんなことが必要なんでしょうか。  (中野)まず英語については、私、勉強を始めたのが大学出てからで、非常に下手です。しかし、実は国連の英語というのは、スリークォーターズ・イングリッシュです。完璧なアメリカ英語、クイーンズ・イングリッシュを喋れば誰もわからない。185カ国の方がおられますから、平均を取って、シンプルでわかりやすいほうがいい。非常にそれが自分に合っていました。  英語の能力不足を補うために、私は、テニスクラブに入りまして、そこのクラブの副会長をやりました。それで、ダイレクター・ジェネラルという、トップの方と一緒にテニスをすることができたのです。そこで自分の名前を売っていって、認められたということがありました。勉強のみならず、文化とかスポーツとか、そういうのを総合してぶつかっていくと、相手もわかってくれます。  私はずっと剣道や柔道をやっていたのですが、そういう武士道とか、日本の文化というのが国連においては受け入れられるんですね。逆に、そういうことが求められるので、それを私はストレートにぶつけていった。  私は南アフリカに2年間おりましたので、国連の試験では、アパルトヘイトの話をしました。日本人はいわゆる白人にも入らない、黒人にも入らない、カラードにも入らない。しかし共通の利益の合致点というんですか、中間だからこそ何かができるということをいったら、試験官の方が感動されました。私のようなものが通ったというのは、取りあえずユニークな戦略でいったほうが相手はよく見てくれると、そういうことだと思うんです。  (小谷)やはり国連は日本の社会とは相当違うという感じですね。妹尾さん、同じように思われますか。  (妹尾)私は基本的には日本も海外も、やはりまじめに取り組んでいくというのが一番大切なことじゃないかと思うんですね。それは、やはりユニバーサルなもので、国境を越えて、みんなに訴える力を持っていると思います。ですから私にとってよき国際人というのは、よき日本人でもあるというか、そういうことだと思うんです。  (小谷)よき日本人となるためにはどうしたらいいのでしょう。  (妹尾)私にとっては、自分が勉強してきたこと、培ってきたことを還元していくということになると思うんですけど、常に周りの協力において、自分が成り立っているんだということをわきまえながら、自分が進んで行くということではないかなと思っています。  (小谷)日本でいいますと、中央官庁のお役人さんになるためには、東京大学を出なければならないという一つのパターンがあるんですね。東大の先生がいらっしゃって非常に恐縮なんですけど、最近、東大の出身者が非常にあんまりよろしくないことをやっている。例えば国連なんかの場合には、ハーバードを出なければならないとか、そういうことっていうのはあるのでしょうか。横田先生、一言お願いいたします。  (横田)最初に東京大学法学部の話が出ましたが、私は東京大学の法学部に3年半前に移りましたので、今不祥事を起こした人たちの教育には直接携わっておりません。しかし責任は感じています。現在法学部の教授会の中で、しばしばこのことは真剣に議論されています。もう少し、頭でっかちでなくて、心の教育、人間としての基本的な教育も法学部で施さなければいけないのではないかということが話し合われています。しかし教育というのは長い目で見なければいけませんから、今からそういうことを始めたとして、その効果が現れるのは10年後、20年後でしょう。今まで東京大学法学部の果たしてきた役割には、いいこともたくさんあったと思いますが、問題点も今出てきてるというのが現実ですね。日本に限らず、世界の一流大学というのもそれぞれに問題を抱えていまして、ハーバード大学も、エール大学も、コロンビア大学も、イギリスのケンブリッジ、オックスフォードも、やはり今改革に取り組んでいます。  国連には、世界各国から人がきていますから、そういう大学の名前だけで採用するということはまずありません。やはり人物をよく見ますね。先ほど中野さん、妹尾さんが非常にいいことをいわれました。国連で何を見るかというと三つの条件があるのです。一つは能力ですね。それから2番目が効率です。能力というのは潜在的な能力ですね。記憶力がいいとか、分析力があるとかです。ところが怠け者だと、力があってもそれを発揮しないわけなんですね。怠け者はダメです。効率というのは、ちゃんとその能力を使って、仕事ができるということです。これが第2番目です。ところが国連に入るにはその二つだけではいけません。第3番目に誠実さという条件をはっきり書いてあるのです。これは国連の憲法である憲章に書いてあります。この誠実さというのは何を意味するかというと、人間として信頼ができる、言ったことをきちっとやる、それから自分が間違ってると思ったら上司であっても、部下からそれを指摘されたら、素直に認めて誤りはすぐに正す、こういう人間として当たり前の姿勢ですね。  これは先ほど妹尾さんもいわれましたけど、日本人でも国連で働く外国人でも皆同じです。日本人として立派だと評価される人は、国連の場でも立派だと必ず評価されますね。緒方さんがまさにああいう形で評価されているというのは、日本人としても当たり前の立派な人であって、それが国連の場でも当然のことながら評価されている。明石さんや緒方さんもそうです。私は、お二人とはずっと接していますけれど、本当に頭の下がる方たちで、ああいう方だからこそ、国連で評価されているのだなと納得します。  それから、中野さんがいわれたユニークということ。中野さんの場合にはテニスと、武道のことをいわれましたけど、国連の場で働いている人に非常に特徴的なことは、自分の専門分野をしっかり持っていますが、同時に人間的にとても豊かなのですね。例えばオペラが好きとか、絵画、文学が好きとか。私の知っている人で国連の組織のトップにいて、小説を書いてる人がいます。そういう余裕を持って人生を楽しみながら仕事もきちんとする。こういう人が国連で長くいい仕事をする人ではないかなという気がします。  そういう意味では、今まで発言しておられない内田さんが感想をお持ちかもしれません。つまり国連というと、言葉ができないといけないとか、経済を知っていなければいけないとかいうけれど、実はそれだけではダメだというのが、私の結論です。先ほどの話をお聞きしたら、中野さん、妹尾さんも同じような印象を持っていらっしゃるようです。そこで内田さんにももし感想があれば伺いたいと思います。 (小谷)内田さん。その辺の教養、カルチャー、文化という面からお話しいただけますでしょうか。 (内田)私の本籍地は、鳥取砂丘の麓にあります覚寺というところなんです。明治維新の前の江戸末期、私の家には中野さんが憧れている坂本龍馬がきたかどうかはわからないけれど、桂小五郎は来ました。詫間樊六は私の家で育ち、またその子どもは、私の家からお嫁にいきました。つまり因幡の二十士という勤皇の志士が集まり、いつも食客がごらごら居たというような家に生まれたわけです。ユネスコの会長の中村さんが、今、因幡二十士の話について小説を書いていらっしゃいますが、もう校正の段階だそうで、楽しみにしております。  覚寺というところは、今は鳥取市に組み込まれていますが、昔は岩美郡でした。今、会場に岩美町の出身の方はいらっしゃいますか…。二人いらっしゃいますか。国連といいますと、何か私たちには、遥かに遠いような感じがするんですが、実は初代の国連大使は岩美町の方だった。これは鳥取県にとっては誇るべきことだと思われます。そこでこの国連大使を生んだ家族について、少しお話ししたいと思います。お父さんが沢田信五、お母さんが久子、子どもがなんと9人もいたんですね。その9人の内、男3人が非常に大活躍されました。長男の節蔵さんは外交官でして、東大の政治科を卒業されて、国際連盟日本国事務局長をされて活躍された。次男の沢田廉三さんは東大の法科を卒業後、いわゆる最初の国連大使になられた方です。一家の内に二人も外交官の子供をもった信五、久子さんの顔が見てみたいなと、私は思います。また4男の退蔵さん、この方は北大の農科を卒業後、オックスフォード大学へいかれまして、経済界で非常に活躍されました。こうして長男の節蔵さんが国際連盟の日本国事務局長、次男の廉三さんが連合の日本最初の大使、4男の退蔵さんは国際的な経済実業家として活躍したわけです。ちなみに沢田廉三さんの奥さんの美喜さんは三菱財閥創始者岩崎家の娘さんですが、この方は皆さんよくご存じのように、戦後、混血児を、エリザベス・サンダース・ホームで育てた非常に有名な方ですね。  それにしても9人(5男4女のうち2男1女は死亡)の兄弟姉妹を育てるというのは、とても大変なことだったろうと思います。今のように一人か二人しか子どもを生まないで、大枚のお金を子どもに費やして、おまえガンバレと、2、30万ものお金を子どもに仕送りするような育て方ではなかった。9人というのは、食べるものにも着るものにも困ると思うんですよね。今でも大変ですけど、ましてその当時、浦富は土地が痩せてまして、お米があんまり取れなかったと思うのです。そういうところで9人の子どもを育てた両親も立派だけれども、それで、立派に国際社会で活躍できる人が育った、ということはどういうことなのだろう。非常に貧しい中に、豊かに生きる。今の教育を逆転する発想をここら辺で、したらいいんじゃないかと思います。  (小谷)内田先生が高校時代に教わった先生のなかで印象に残っている方はいらっしゃいますか。  (内田)私が通ったのは鳥取西校でしたが、一番印象に残っているのは松田晃八先生。この方は有名な洋画家でした。聖神社の神主さんの家系でしたが、この先生は授業をしないで怪談話ばかりしていました。鳥取西校は、私の入った時は、鳥取一中時代のままの古い校舎で、本当にお化けの出そうな校舎でした。階段たるや、すり減ってるんですね。廊下を歩くと、幽霊が立っているんじゃないか、と思うほどの校舎でした。でも私は、その校舎がひどく好きでした。鳥取の明治・大正の文化そのものだった、あの校舎に私の青春はあると思っておりますが、私たちは、晃八さんの怪談話を涙を流しながら聞いたものです。  それからもう一人、とても印象的だったのが、太田垣清先生です。独身の世界史の先生でして、彼も、中野さんとか小谷さんとか横田先生みたいな、変わったというか、豊かな先生でございまして、世界史の授業をしないで、ある時は開高健、ある時は水上勉や大江健三郎の話をと逸れてばっかりでした。でも実は私たちは世界史よりも、そっちの話のほうが印象に残ってます。やはりカリキュラムに添った教育は心に残っていかない。試験に受ける時にはいい点を取れるかもしれないけど、試験に通った途端にぱっと抜けちゃう。試験に役立つ教育もしなきゃいけないけど、プラスアルファの心の教育というか、豊かな文化の教育にそろそろ切り替えていかない限り、バブルがはじけたあとの日本の再生はあり得ないと思います。今日は鳥取西校の白岩教頭が来てらっしゃいますけど、よろしくお願いします。後輩たちを育ててください。  (小谷)今、お話がありました受験教育、また国際人の養成といった問題について、横田先生のご意見をお聞かせ下さい。  (横田)今、内田さんからご自身の体験に基づく面白い話をお伺いしましたが、内田さんのおっしゃったことには、まったく賛成です。国連の場でいい仕事ができる人というのは、われわれのように変わった人なのです。しかし、これが大事なところですけど、日本にいるとわれわれは変わって見えますけれど、国際社会にいくとすごく普通の当たり前の人なのです。日本の社会においてはご存じのように、いい高等学校、いい大学を卒業したひとが評価されます。いい大学といえば東大、京大、一ツ橋、慶應、早稲田となりますね。ところが国際社会へいったら全然そんなの通用しません。「私は東大です」といったって、「ふーん」という感じですね。それが当たり前なんです。国際社会へいくと、肩書きより人を見るのです。この人は何ができる人か、どういう仕事をするか、人間として付き合って楽しいか。食事の時には仕事の話ばかりではなくて、楽しい音楽の話、自分が旅行してきた場所の話、読んでいる小説の話もできるし、冗談も言える。こういうことができる人かどうかが大事なんですね。それこそテニスができるかどうかが大事なんです。  それから、やはり国際的な仕事をする場合はネットワークが大事です。おそらく中野さん、妹尾さんも感じていらっしゃると思いますが、世界の各地に知ってる人がいることが大事なんですね。ちなみに私は非常にネットワークが大きいのです。なぜかといいますと29年間大学で教えていましたので、私が教えたかなりの人たちが外務省、商社、国連機関で仕事をしています。ある問題について知りたいと思ったとき、誰に聞いたらいいだろうと思って名簿を見ると、大概私の教え子がどこかにいるのです。ウィーンにもいます。実は昨日、中野さんと妹尾さんと話をしていたら、ウィーンにお二人がいらしたときに、私の教え子と親しかったということがわかりました。ニューヨークにもいます。今はジャマイカのキングストンにも私の教え子がいます。これがある意味で、私にとっては非常に大事な財産になっているわけですね。国際社会で仕事をしていくという場合には、この財産をどれくらい持っているかということも大事です。財産というのは決して専門の知識ばかりではありません。  今の日本の受験勉強というのは、そういう意味でいうと、まったく違っている方向で勉強させているように思います。まず第1に嫌々勉強させていますよね。喜んで受験勉強をやってるという人を私は知りません。詰め込みです。自分で興味を持って調べなさいという、そういう教え方ではない。若い人であれば、必ず自分の知らない世界を知りたい。つまり世界を知りたいという興味を持って、物事を調べたがるのですが、そんなことやっていたら受験勉強には間に合わないのです。やっぱり数学の方程式の解き方、国語の漢字をいくつ覚えるとか、そういうことをやらないと受験勉強では成功しません。そして受験勉強をしている間に、自分の興味はどんどんしぼんでいってしまうのです。嫌なことばっかりやらされて受験勉強は嫌だな、嫌だなと思っている内に勉強そのものがきらいになってしまう。そうすると元々持っていた興味を育てるということもできなくなってしまうのです。  そういう私が今の日本の受験体制の頂点の東大にいるというのは矛盾があるのですが、私は東大が変わらなくてはいけないと思っています。そのことに東大も気がついて、今変わろうとしています。どういうふうに変わろうとしているかというと、普通の試験を通らずに入ってくる学生を受け入れるようになりました。とりわけ大学院のレベルでは、実社会で経験を積んだ人を、作文と簡単な英語だけで採用するようになりました。非常にユニークな、それこそ中野さんのような人が入ってきて、新風を吹き込むようになっているのですね。  そのように東大自身も変わってきていますし、高等学校のなかでも、東京では都立国際高校というのができています。それから私立大学のなかにも国際基督教大学に国際高校ができておりまして、帰国子女も、それから東京に住んでいる外国人の子弟も、一般の日本人も、いろんな人を混ぜて高校教育をしています。そうすると受験体制は組めません。なぜかというと、外国人の子弟、大使や領事の息子、娘がきて、受験勉強なんてできませんからね。だからやっぱり音楽や文学も重視した、人間的な教育をすることになります。実はそれが国連で仕事をする上では、非常に役に立つ面があるのです。  (小谷)今、お話しにでた都立国際高校では、3分の1くらいは英語で授業をしていると 伺いましたが…。  (横田)都立の国際高校については、私の息子が一期生なものですからよく知っています。生徒の3分の1くらいが海外の帰国子女か、外国人で東京に住んでいる人の子弟で、むしろその人たちには日本語を教えているのです。英語の授業もあるし、日本語の授業もあるし、英語で社会科を教えたり、英語で簡単な数学を教えたりというクラスもあるようです。いろんなクラスがあって、生徒はそのなかから、自分に必要なものを取っていくという形でやっています。非常に不思議なことに、そういう教育をしていると、日本の受験体制ではまったく落ちこぼれになるかというと、そうやって自由な教育を受けながらも、受験体制でガチガチの勉強をしてきた子どもたちと一緒になって、結構きちっとした大学に入る生徒もいるのです。それから、海外に留学をしたりして実力を伸ばしていく生徒もいます。つまり一人一人の生徒の選択によって、さらにそこから能力に応じた進路が決まっていくわけです。都立の国際高校とか、私立の国際高校というのは面白い方向を目指しており、また日本の受験体制に対するチャレンジともいえるでしょう。しかし日本の受験体制が国際的に見ておかしいのであって、国際高校のほうがまともなのです。先ほどの内田さんの話を伺っていると、まさにそういう感じを深くしました。  (小谷)中野さん、この問題に関してご意見をお持ちのようですが…。  (中野)日本の受験戦争の落ちこぼれとして一つ発言させていただきます。国連に通用するためには、知識が必要かもしれませんが、それ以上に必要なのは知恵だと思うんですね。タイムリーに分析したりする知恵がまずいちばん必要です。そして二つ目に、やはり発展途上国で働くための強靱な体力や意思が必要です。三つ目が先ほど申しましたように、武士道など、日本の文化を持っているということ。その次にくるのが国際語としての英語でしょう。英語というのは語学として考えるからダメなのです。誰でも話す、一つのツールであり、文法なんか気にせず、国際語としての英語を身につけることが大事です。この前、鳥取女子校で話しをさせていただいたんですけど、その時強調したのは世界の人口は60億であり、もし英語が喋れたら、30億の男性と結婚するチャンスがあるんだぞということです。英語を勉強することによって世界のいろんな人と知り合うことができるし、もちろんそこに結婚のチャンスもある。また国際公務員として世界に羽ばたくこともできるということです。  今やボーダーレスの時代であり、そういうインセンティブが非常に重要です。英語を身に付けることによって、本当に自分にプラスになって、同時に世界平和のために貢献できるぞと教えてあげる。僕が中学、高校の時、そういうことをまったくだれも話してくれなかったので、わからなかったんですけど、もし中学の時に誰かが教えてくれていたら、もっと早い時期に国連に向かって勉強できたと思います。願わくば、この教育シンポジウムが一つのインセンティブになり、これによって、世界に通用するような人が育ってくれるといいと思います。  とにかく日本の今の教育システムではダメだと思います。アフリカにおりました時に、妻がアフリカの奥地、リベリアの幼稚園で子どもに九九を教えていたんですね。彼ら、勉強に飢えてるんです。子どもの目の輝きも違いますし、本当に勉強したいというのがあるんです。一方、日本で無理矢理、塾に通っているような子どもにはそれがないんです。アフリカ人の子ども、世界の子どもに平等に機会を提供すれば、むしろ日本人より、途上国にいる子どものほうが吸収力もあって強いんではないだろうかと思います。  (小谷)先ほど先生のご講演の中で、国連と市民が手を結ぶのだというお話がありましたが、鳥取は国連とどういうふうに関わっているのでしょうか。これについて、まず鳥取の文化というところから、内田さん、ちょっとお話しを伺えますでしょうか。  (内田)ここ山陰地方といいますのは、独自な日本の文化と思われがちですが、山陰というのは、実は外来文化がたくさん入った地方です。私たちの文化は、実はギリシャから発しまして、シルクロード、中国、韓国を通ってたどり着いたものである。私は因幡万葉歴史館の初代の委員を小谷寛さんと共にしていました。文学をやってますと、どうしても仏教とキリスト教にいき着くんですが、仏教は、やはりシルクロードから韓国を通じて、日本に入ってきた。したがってわれわれの文化は、今、独自の文化なんて偉そうにいってるんですけど、そうじゃなくて、古来から環日本海、とくに日本海側から、渡来人が渡来人の文化を持って入ってきている。  例えば宇部神社の明治時代の宮司の伊福部さん、この方の名前は古代は「いふきべ」と読みました。昔、渡来人が日本に鉄の精製の仕事を持ってきた。彼らは、吹く、いふきべ、いふくべと名乗り、いわゆるそこら辺、国府町辺りの豪族になった。外来の文化と、いわゆる外来人、そういうものが混ざって、今日の山陰人と文化があると思います。実は古代からわれわれとシルクロード、韓国、中国人は、本当は一つなのです。  (小谷)鳥取は大変国際的につながりのある町だということなんですけど、中野さん、今後どうしたらいいんでしょうね。  (中野)今、内田先生がおっしゃられました環日本海交流は、私の専門ですので、ちょっと喋らせていただきたいと思います。地球儀を見たらわかりますが、この地域というのは、北朝鮮がミサイルを撃ったら届いてしまう、中近東以上に危ない地域なんですね。いつ紛争が発生するかもわからない。そういう時に大事なのは文化交流とか、そういうことだと思うんですね。北東アジアというのは狭い地域ですけど、経済的にも非常にギャップのある地域であり、イデオロギーにしても、いまだに北朝鮮、ミッシング・リンクといわれる共産主義の国が残っている。また一方で天然資源も労働力もある。今後、中国の労働力と、日本の資金と技術力を組み合わせることによって、大きな経済圏が生まれてくる。自然発生的経済圏というんですけど、鳥取はこの地域にあるんですね。今まで、いわゆるアメリカが中心の時は太平洋側中心の国際化でしたけど、今は日本海が─裏日本という言葉よりは、日本の西海岸、ウェストコーストというと非常にいいイメージなんですけど、─対外諸国と交流することによって国際化が進み、それが国連の活動と直結する。  また、横田先生がおっしゃいましたように、国連というのは、今までだったら国を通して地方自治体につながってきたんですけど、直接、地方自治体、あるいはNGO、企業、個人とつながる。実際、このシンポジウムもそうだと思うんですね。  21世紀はそういう潮流となっていますから、環日本海の交流も、国連と直接コンタクトを取り、そして国を動かしていくようになる。トリプル・トラックという言葉がありますけど、国ばっかり相手にするんじゃなくて、国連を通じて何かをやる。あるいはNGOとやる。そういう新しいネットワーク構築の仕方が生まれてくると思うんです。  (小谷)妹尾さん、本当にそういうことが可能な時代になったのでしょうか。  (妹尾)今の国連事務総長のコフィー・アナンも、地域内での協力・必要性ということをよく言っています。やはり中野さんが今おっしゃったような、環太平洋での国境を越えた地域間の交流など、お互いを認め合い、知り合っていくということは大変重要なことです。それがいわゆる予防外交にもつながっていくのではないかと思います。密接な関係を保ち、お互いを知ろうという努力をしている時に、紛争が起こってケンカになるということは、急にはないわけです。それが突き詰めていえば、予防外交につながっていくことであり、世界平和のために役立つことではないかと感じます。現在国連は185カ国の加盟国で成り立っておりまして、国連も官僚体制ですから、その枠組み内でやらなければいけないことはあるんですけど、現在の国連は各国政府とだけではなくて、それ以外の民間団体、NGO、プライベート・セクター、そして地方自治体とつながり、今回のように鳥取県と鳥取の皆様方の直接のダイアローグをもとに、お互いをわかり合っていこうというようなことをやっております。  ところで、先ほどの基調講演で横田先生がおっしゃったことで、一つ付け加えて、フォローアップしたいことがございます。日本の自衛隊がいろいろなPKOに参加することが、いいか悪いかということで盛んに議論がなされている時に、私は日本に戻ってきたのですが、その前は10年ほど海外におりましたので、これだけ大きな問題になっているということを知ったとき、自分としては「あれ?」という感じでした。大変センシティブな問題なんだなというふうに自覚させられましたけど…。実はモザンビークで、民主的な選挙が行われた時に、私もそこに行きました。まず南アフリカのヨハネスブルグから軍用機で、モザンビークのマプトという首都に行きました。軍用機に初めて乗りましたが、中が空っぽで、こんな飛行機で大丈夫かなと、不安に思いながら、やっと着陸しました。そうすると、飛行場に着いた時、すーっと、迷彩服を着たアジア系の男性が近寄って来たんですね。日本人のようにも見えましたが、なんでこんな所に日本人がいるのかなと思いました。オーストリアのウィーンで、あまり日本のことを直接ニュースとかで聞いてなかったので、日本の自衛隊の方々が運送部門で活躍なさっているということ知らなかったんですね。そこで私どものスーツケースを、割り当てられた所に運んでくれるのが、日本から派遣された自衛隊の方々で、私としてはなんとなく誇りに思うような場面でした。  国連職員のなかにも、いろいろな国へ選挙監視に行ってる人が多いんです。あるとき、カンボジアへ選挙監視に行ったという、アフリカ人の女性に、日本人の自衛隊の方が本当にまじめだったと、私は感謝されたのです。例えばどういうところがよかったんですかと聞きましたら、とにかく真面目でジェントルマンだったというのです。やはり紛争地域下ですから、派遣されている各国の兵士の中には非常に乱暴なことをする方もいらっしゃるんですね。ところが日本人の自衛隊員は大変お料理が上手で、お夜食も作ってくれて、配ってくれたとか、衛生的な面でも気を使ってくれたというのです。そういう事実について日本では、あまり聞けないことじゃないかなというふうに思います。  自衛隊の方でも運送とか、前線に行かなくとも通信部門とか、お医者様も看護婦さんもいらっしゃいますよね。いろいろな可能性について、これからどんどん日本で議論していったら良いと思います。  (小谷)国内のイメージと、外国での実際のこととはえらい違うものだなと思いながら、横田先生のお話、それから妹尾さんのお話を聞かせていただいたんですけど、今までのお話について、横田先生からもう少しご意見をお伺いできますでしょうか。  (横田)いろいろなお話を伺って、私も同感という感じのところが多いのですが、まず一つ、国連の仕事が非常に多様であるということを知っていただきたいと思います。平和維持活動には、日本ではすぐに前線にいって、銃を持って闘うようなイメージがありますけれど、実は国連の平和維持活動で、そういうことをする場面は限られています。むしろ普通はそういうことはほとんどありません。銃で闘うことをやめさせるために間に入っていくというのが国連の役割なんですね。その上で、そういう人たちが非常な僻地におり、その人たちをサポートするための後方支援部隊が遠くから派遣されてきますから、補給路を確保しておかなくてはいけません。それから紛争地はしばしば戦闘で橋や道路が壊れ、日常生活に支障を来しますので、その日常生活を確保するためにそれらを修復しなければなりません。危険地帯ですから普通の建設会社の人がいくわけにいかないのです。そこで軍隊の建設部隊がいくということになります。自衛隊が今まで活動してきたところというのは、今までそういう輸送部隊であり、建設部隊なんですね。  それからお医者さん、看護婦さんもいます。これも必要です。お医者さん、看護婦さんは平和維持活動だけではなくて、途上国の医療のための様々な援助活動をやってます。例えば幼児死亡率の大変高い国がアフリカやアジアにはあります。バングラデシュとかミャンマーですね。そういうところにはたくさんの看護婦さん、お医者さんが入って、生まれてすぐの子どもたちに3種混合ワクチンを注射するということをやっています。これには大変な数のお医者さん、あるいは看護婦さんが必要なのです。日本人の中にはそういうところでいい仕事をしている人は沢山います。  その他に学校の先生も必要です。日本で学校の先生をやっている人は沢山います。学校の先生方は、自分は国連とは関係ないと思っていらっしゃるかもしれませんが、とんでもない話で、日本での教育の経験を活かして、バングラデシュの子どもたちに教育をする、ネパールの子どもたちに教育をするというようなことも、現にやってる人がいますし、これは可能性としてこれから大いにあります。  先ほど内田さんが思い出に残る先生の話をされましたが、私にとって非常に思い出深い中学時代の先生は、長谷川三郎先生とおっしゃる生物学の先生です。この方は私の人格形成に大きな影響を与えました。まず教え方が面白かったのです。生物の授業の最初の時に、学校の近くに護国寺という古いお寺があるのですが、みんなをそこへ連れていくんですね。そして散歩しながら「おい君、この木なんていう木か知ってるか」って聞くのです。「楠木かな、いや楠木じゃないな、銀杏かな」なんて、みんないい加減なことをいうのですね。その先生はいろんな人の話を聞いたあとで「いや、これは楠木のように見えるけれど、違う木なんだ」。「どこを見たらわかるか。葉っぱを見なさい」とか、そうやって、半日くらい護国寺の境内を歩きながら、咲いている花、繁っている木を見せるのです。これが生物の最初の授業だったのです。先ほどいいましたように、興味を持たせて、しかも体験させる。長谷川先生はそういうことを実際にやられた方です。私はこれで生物学に非常に興味を持ちました。ただ日本の受験体制の中では生物に興味を持ったから理学部にいけるというわけではありません。あるいは、お医者さんになれるというわけでもありません。数学ができないといけないとか、しかも偏差値が高くないといけないとかいろいろな条件が付いてくるわけです。日本の受験体制はそういう点で非常に間違っていると思います。  そうやって私に影響を与えた長谷川先生が、その後高等学校の副校長をお務めになられたあと定年でお辞めになったのですが、その後どうされたかというと、マレーシアのクアラルンプールに行って、現地の学生たちに理科系の日本語を教える先生になりました。定年後悠々自適の生活していらっしゃるのかと思ったらそうではなくて、海外へいって、援助活動をしているのですね。そして現地で、みんなから慕われていらっしゃいました。英語はそんなにできる方ではありません。それでも知っている英語を並べて、あとは気持ちで伝わるのです。マレーシアの学生もそんなに英語は上手くないですからね。その内、現地の言葉を長谷川先生は覚えられて、私が1年半後くらいでしょうか、先生をマレーシアに訪ねに伺ったときには、先生はきちんとマレー語で現地の人と話をしていらっしゃいました。  この例からもわかりますが学校の先生もこれから国連の場で活躍する可能性が相当にあります。それから先ほど選挙監視という言葉が出ましたけれど、地方で選挙管理委員会の仕事をしていらっしゃる方を、国連では喉から手が出るほど欲しいのです。別にそんなに言葉はできる必要はありません。きちんと本人かどうかの確認をして、投票用紙を渡して、あとは回収と開票を公平に、不正がないように管理するだけです。日本でやっている当たり前のことなのですけれど、それが途上国では難しいのですね。地方の公務員の方も、これから国連に貢献できる場は沢山あるのです。  そういうふうに考えますと、本当は国連ってすごく身近な存在で、皆さんの中からも、ぜひ長谷川三郎先生みたいに、途上国へ暫く行って国際貢献しようというような方が出てきてもいいのではないかと思います。国連はそういう方たちのための活躍の場も、国連ボ ランティア(UNV)という形で、組織していますし、いろんな形で、国連で活動できるというふうに思います。  それから英語ということについては、中野さんのいうことは的を得ています。英語は通じればいいのです。今の日本の中学、高校の英語教育はその点で間違っています。あんなに文法をうるさくいっていますが、アメリカ人でさえ、それほど正確に文法を使って話していないですよ。日本では、文法一つ間違えると×なんです。こんな教育をしていたら、使える英語にはなりません。極端なことをいえば文法なんてどうでもいいのです。相手に伝わるように単語を並べて、その内にだんだん英語らしくなっていきます。文法も正確になっていきます。私の知っている方で国連で大活躍をしているギリシャの女性がいます。もう70歳近い人ですが、国連で40年以上も仕事をしてるのではないでしょうか。この女性の英語はいまだに、本当に下手です。ゆっくりです。しかし、その人が話をし出すと、みんなシーンとして聞くのです。それだけ影響力のある人なんですね。国連の場にはそういう人が沢山います。英語ができないからといって、ひるんだりなんかしてはいけません。学校の英語の試験でいい点取れないからということで、引き下がってしまうのは、これはまったく間違いなのです。私はその点で受験体制の中での英語教育というのは、本当に問題だと思います。  もう一つ、これからはコンピューターをやっておいてください。これができると強みです。できなければいけないということはないのですが、これからはコンピューターは重要な役割を果たします。コンピューターと英語はツール(道具)です。使えればいいのです。あとは誠意を持ってきちっと仕事をするということが大切なのです。  (小谷)ありがとうございました。大変国連が身近に感じられるお話だったと思います。もしご質問のある方がいらっしゃいましたらお願いをしたいんですが。  (質問)今高校生ですが、将来国連で働きたいと思っています。その夢を叶えるためには今、どんなことを勉強したらいいですか。  (横田)英語については、今申し上げたように文法がきちんとできなければいけないとか、そういううるさいことは必要ありません。機会を見て、映画館やビデオで洋画を見て、英語の会話になれるとか、ラジオで英語の放送などを聞いてみて、英語に慣れるということをやっておくといいと思います。しかし、英語ばっかりやっていてもいけません。専門に向けて、少しずつ自分の知識を身に付けていって下さい。  将来どういう仕事をしたいかということを考えるといいと思いますね。看護婦さんになりたい、お医者さんになりたい、あるいは学校の先生になりたい、なんでもいいのです。それが国連でどう活かせるかというふうに考えるといいと思いますね。  それから経済学というのは女の人は比較的敬遠して、男の人のやる分野だと思うかもしれませんけれど、実は経済学というのは、女の人に非常に適した学問分野なのです。日本の経済学者は、すごくわかりやすい問題を難しく説明してしまっているところがあると私は思っているのですが、私は、男の人より女の人のほうが経済学に向いていると思うのです。それはなぜかというと、身の回りを見ればすぐわかります。一番合理的な経済学的行動をとっているのは、家庭でいえばお母さんなのです。一円でも安いところを探して買い物をしますね。一番そういうことをやっていないのはお父さんたちです。無駄なところでお金を使ってます。1杯2,000円なんていう飲みものをバーで飲んだりしているのは、これは経済学からいったら最も不合理な行動なのですけれど、それを男の人は平気でやっているのですね。女の人は日常的に入ってくるお金と出ていくお金をきちんと管理してます。足りなくなったら困るわけですから、きちっとそれを管理して、1円でも安いところへ買いにいく。この精神が経済学の精神なのです。買い物が好きだったら、ぜひ経済学に興味持ってください。  実際はどの分野でもいいのです。何か一つ、それが国連でどういう仕事に結びつくかなということを考えてみてください。その方向で考えて、大学、大学院と進んで下さい。大学はどこにしようか。鳥取大学というのもあるし、私立大学もこの近くにあるかもしれない。あるいは思い切って東京の大学でもいいです。そこで経済学部か法学部か、あるいは外国語学部か、どの学部に入っても将来国連に結びつく分野が必ずあります。希望を持っていたら、国連について関心を持ちつつ、どんな仕事を国連がやっているのかを、新聞などを読んで知っておくことも大切です。ああ、こんな仕事もやっているのか。これ、面白そうだな、これは自分に向かないなと、こういうふうに日頃からちょっと考えておくということが大事かなという気がします。  あとは、せっかく興味を持っているのだから、東京にくる機会があれば、国連大学、あるいはこのシンポジウムを通して顔がつながっていますから、国連広報センターの妹尾さんに電話をかけてみてください。私のところでもいいです。電話をかけて「ちょっと国連大学を見せてください」とお願いするのもいいと思います。忙しければ断りますけどね、断られてもへこたれずに、また別の人を探す。そういう気持ちが大事です。失礼なことをするのはいけないけれど、遠慮はしなくていいですね。そうやって次々に、自分の知りたいことを知って、国連が何をやっているか、日本にある国連機関、国連大学というのはどんな建物で、その中で何をやっているか。そういうことを知っていくのが大事だと思います。  (小谷)それでは最後にパネラーの皆さんから、一言ずつお願いします。まず中野さんから。  (中野)私は民間企業と国際機関と、アメリカのシンクタンクで働いた後、現在、地方のシンクタンクにいますが、今ずっと話を聞いていて、また国連に戻りたいなと思いました。国連というのは185カ国が、みんな一つの世界平和という目的に向かっていく、本当にすばらしい組織です。また途上国にいたら、自国に帰るために、1か月休みが取れるんですね。その間いろんな充電、勉強もできる。最後に、小谷さんのコーディネートを聞いておりまして、小谷さんというのは、一番国連に向く人じゃないかと思いました。以上です。  (内田)私は日本の国は、今、東京、大阪中心でございますけれど、そのうち鳥取県なんてなくなって、中国圏鳥取支部くらいになるのではないかと思うんですね。もしかしたらドイツが東西崩壊して、ソビエトが崩壊したと同じような速さで、そうなってくるんじゃないかと思うのです。中国圏鳥取、あるいは中国圏が、アジアの国とつながって、大学間の交流、学生の交換などを行い、「地方の広域」と「外国の広域」が直につながっていくような時代がくるんじゃないかと思います。これは国連にとっての明日の夢というか、明日の希望ではないかと思っております。  (妹尾)国連広報センターとして初めて鳥取に参りまして、皆様とこういう会を持てましたこと、大変嬉しく思っております。これで終わりということではなくて、これからもお付き合いを続けさせていただきたいと思います。  最近、修学旅行で東京にいらっしゃる時に、国連大学を見学なさりたいという学校が多いんですね。私ども国連大学の8階には、国連広報センターを含めて、先ほど話に出ましたILOとかユニセフとかUNDP等、たくさん国連機関が入っておりまして、うちのフロアーだけでも、いろいろな視野を広めるためには有効だと思うんです。ぜひ私どもの国連広報センターにおいでください。  (横田)いろいろ申し上げましたので、これ以上はお時間取りたくないと思います。ありがとうございました。  (小谷)本日のシンポジウムは、鳥取と国連とのつながりを大変身近に感じられる第一歩になったんではないかと思います。このつながりを大切にすることが、21世紀の鳥取にとって非常に重要なことであると思います。横田先生始め、パネラーの皆様、本当にありがとうございました。そして最後までご静聴いただきました皆様に、心から感謝申し上げます。  (司会)パネリストの皆様、コーディネーターの皆様、本当にどうもありがとうございました。会場の皆様、本日は国連シンポジウムにご参加いただきましてまことにありがとうございました。これをもちまして国連教育シンポジウムを閉会とさせていただきます。 ---------------------------------------------------------------------- 国連教育シンポジウムin鳥取 国連をどのように教えるか 発行日:1999年9月 発行 :国際連合広報センター 〒150‐0001 東京都渋谷区神宮前5‐53‐70国連大学ビル8階  電話(03)5467‐4451  FAX(03)5467‐4455  http://www.unic.or.jp/  E‐mail:unictok@blue.ocn.ne.jp