国際連合 コフィーアナン語録 事務総長の演説および声明からの抜粋 Published by the United Nations Department of Public Information New York, NY 10017 編者記 本書に掲載された抜粋文は、アナン氏が事務総長に選出された1996年12月から1998年3月までに行った演説および声明を対象にする。事務総長の演説および声明の全文は、(「SG/SM」記号あるいは文書番号を使用し)インターネットの国連ホームページ(http://www.un.org/Docs/SG)、世界70都市の国連広報センター、および、国連寄託図書館で入手できる。 Copyright C United Nations, 1998 The Quotable Kofi Annan ISBN: 92-1-100653-8 Sales No. E.98.I.10 目次 移行期の国連 ......1 平和と安全 ......9 開発 ......16 人権 ......29 民主主義とよい統治 ......35 国連とそのパートナー ......40 ********************************************************** ●移行期の国連 成功した時には拍手を、失敗した時には是正をお願いしたい。しかし何よりも、加盟国の無関心、不注意あるいは財政窮乏により、この不可欠で代替できない機関を衰弱あるいは滅亡させないようお願いしたい。 −1996年12月17日、ニューヨーク、事務総長就任に際する総会演説(GA/9211) 国連をもっと人々に近づけるべきである。 −1996年12月18日、ニューヨーク、事務総長就任に際する記者会見(GA/9212) 国連に代わるものはない。それは依然として、人類の最後で最大の希望である。 −1997年1月9日、ニューヨーク、国連職員に対する演説(SG/SM/6140) グローバルな課題に対処できるのは、グローバルな機関のみである。 −1997年1月24日、ワシントン、ナショナル・プレス・クラブに対する演説(SG/SM/6149) 20世紀半ばの極めて異なる状況を前提に作られた道具では、新千年紀の課題に対処できないことは明らかである。 −1997年4月22日、ニューヨーク、外交評議会に対する演説(SG/SM/6218) 私達の新たな世界は、効果的な国連をより一層必要としており、世紀末を迎えるなかで、地球的な脅威を回避し、平和を確保するための協調的行動に対する人々の需要は高まりこそすれ、弱まることはないと私は考える。 −1997年4月22日、ニューヨーク、外交評議会に対する演説(SG/SM/6218) ウィンストン・チャーチルの言葉を借りれば、信頼、権威および手段という道具を与えられれば、私達には任務を遂行する用意があるということである。 −同上 国連は机上の空論ではなく、すべての男女および子ども、地球上のあらゆる市民の福祉に影響する死活的な重要課題に取り組んでいるのだということを、私達は示さなければならない。 −1997年5月27日、ニューヨーク、国際女性フォーラムでの演説(SG/SM/6242) 私達は、変革をひとりの友人として考える国連をめざしている。ただし、変革のための変革ではなく、任務をよりよく遂行し、より多くの利益をもたらすことを可能にする変革である。私達が求めているのは、よりスリムで、より焦点を絞り、より柔軟で、かつ、グローバルなニーズの変化によりよく対応できる国連である。 −1997年6月6日、マサチューセッツ工科大学での演説(SG/SM/6247) 私達は、至高の目的を追求する手段を持っている。私達には、知識、富、道具そして才能がある。私達にとって大きな課題は、世界の意思を喚起することである。 −1997年6月6日、ボストン、ジョン・フィッツジェラルド・ケネディ図書館での演説(SG/SM/6249) 今の私達にとっての敵は無関心、すなわち、世界はたくさんあり、自分たちの世界だけに関心を持てばよいのだとする考えである。この考えは誤っている...。世界は一つ、人類も一つである。そして真の衡平で永続的な人間の安全は、不可分のものである。 −1997年6月6日、ボストン、ジョン・フィッツジェラルド・ケネディ図書館での演説(SG/SM/6249) 国連の礎は法である。それはすなわち、各国の行動と国家間の関係は、万人に衡平に適用される一つの法によって律するべきだとする考えに他ならない。 −1997年7月4日、ジュネーブ、国際法委員会第49会期でのあいさつ(SG/SM/6279) 国連は、崇高なる人類協力の実験である。 −1997年7月14日、『国連の再生:改革に向けたプログラム』(A/51/950) 私は(加盟国)と世界に対し、私達が提案する合理化のための措置あるいは機構の変革だけで、国連を判断しないようお願いしたい。私達を判断する時には、国連の奉仕の対象となる世界中の人々、すなわち、貧しい人々、飢えた人々、病に冒された人々、および、脅威に苦しむ人々に対し、私達がどのように援助や避難所を提供しているのかをみて、是非とも正当な評価を下していただきたい。 −1997年7月16日、ニューヨーク、国連改革に関する特別会合に対する演説(SG/SM/6284/Rev.2) グローバルな問題は、かつてないほどの多様性、緊急性および複雑性を帯びている。これに対処するためには、国際社会に新たなアプローチ、新たな資源、そして、政治的意思による新たなコミットメントが必要である。 −1997年9月13日、ペンシルベニア州アレンタウン、シーダー・クレスト・カレッジでの演説(SG/SM/6325) 村落でも都市でも地域社会でも、国連は世界各地で希望の生き証人となっている。暴力を絶って寛容を広め、開発を進めて平等を確保し、人権を保護して貧困を緩和しようと努力するあらゆる市民の心に、国連は生き続けている。国連は、人間のこれら最高の希望を実現できる可能性を秘めている。 −1997年10月24日、国連デーに際する演説(SG/SM/6367) 国連に突き付けられた課題には...、パスポートなどない。これこそが、私達が世界に送ろうとしているメッセージである。それでも、一般の人々は依然として、身近な事柄だけを優先し、国境による制約を受け続けている。 −1997年11月19日、ニューヨーク、第2回国連世界テレビフォーラムに対する演説(SG/SM/6401) 国連が改革という挑戦に立ち向かおうとしている時、そして、国連が再びその勇気を証明しようとしている時は...、加盟国が国連に望むことと、加盟国が実際に可能とする国連のあり方との間に存在する厄介な非対称性が、特に鮮明になる時でもある。 −1997年11月24日、プリンストン大学での演説(SG/SM/6404) (国連のツールには)優秀な製作者と、勇敢な考案者と、これを作動させる強い意志が必要である。それはすなわち、今後どのような嵐に見舞われようとも、国連という平和と安定の家を堅持していこうとする意志である。 −1997年12月3日、トロント、カナダ国連協会に対する演説(SG/SM/6412) 大国も小国も、あらゆる国が...国連を必要としている。この主権国家のパートナーシップの下においては、すべての国が貢献を行わなければならない。またこのパートナーシップの下においては、その規模、人口、富あるいは保有兵器に関係なく、あらゆる国が発言する可能性、意志および義務を持っている。 −1997年12月13日、クウェート・シティ、公式晩餐会での乾杯のあいさつ ●国連改革 改革の目的は何か。私達が目指すのは、優先課題に重点を置き、より大きな目的の統一性、努力の一貫性および対応力をもって活動できる国連であり、政府と人民に対し、通常であれば実現しないかもしれない協力を通じ、目標を達成する力を与える国連であり、また、世界中の都市や村落で男女と子どもに実際的な利益を与えながら、人類のもっとも崇高な道徳的希望を表現する国連である。 −1997年9月22日、ニューヨーク、第52回国連総会開会の辞(SG/SM/6334) 改革はプロセスであり、一過性の出来事ではない。 −1997年1月24日、ワシントン、ナショナル・プレス・クラブに対する演説(SG/SM/6149) 改革は、(国連が)得意とすること、他者との協力でなすべきこと、および、他者に任せるべきこと...に関する政府間の新たなコンセンサスに基づくものにしなければならない。 −1997年1月24日、ワシントン、ナショナル・プレス・クラブに対する演説(SG/SM/6149) 現在の安全保障理事会の構成は、1945年の世界を反映するもので、今日の経済的・政治的現実にそぐわない。 −1997年5月13日、東京、日本国連協会に対する演説(SG/SM/6236) (改革プログラムは)まさに、国連の指揮・管理機構を変革し、より大きな目的の統一性、努力の一貫性および敏しょう性をもって、直面する課題に対応できる能力を確保することを目指している。これらの措置は、国連の妥当性と実効性に対する加盟国の信頼を新たにし、国連職員の志気とコミットメントを再活性化する意図を持っている。 −1997年7月14日、『国連の再生:改革に向けたプログラム』(A/51/950) 今次の改革努力の基本的な目標は、期待と現実との間のギャップを狭めることにある。この目標は、目的の統一性、努力の一貫性、および、国際社会の緊急のニーズへの対応力の改善につながる、新しい指導原理と管理機構を国連に確立することによって達成しようとするものである。 −同上 国連の機構改革は、各国政府が国連を利用する意志に代わるものでもなければ、それだけで加盟国の間に存在するまさに現実的な利害と力の差違を埋めるものでもない。改革によって達成できるのは、国連の制度的効果を最大限に高めることにより、委任された活動の遂行を改善するとともに、最終的には、世界の諸国家および諸民族にとって一様の進歩的変革をもたらす機関としてのより大きな任務を、信頼性を持って主張・実施することである。 −1997年7月14日、『国連の再生:改革に向けたプログラム』(A/51/950) 私の提案している改革は、国連の52年間の歴史においてもっとも包括的で、大胆なものとなっている。 −1997年7月16日、ニューヨーク、国連改革に関する特別会合に対する演説(SG/SM/6284/Rev.2) 加盟国は、前例のない幅広い脅威と挑戦に新たにさらされている。その多くは国境を越え、一国家では対応不可能なものとなっている。繰り返し述べるが、どれほどの大国であろうとも、その例外ではない。したがって国連は、これまでにない需要と機会に直面していると言える。効果的で効率的な国連、すなわち、焦点の定まった、一貫性と対応力を持つ、費用効果的な国連がより一層必要とされているのも、このためである。 −同上 私の経験から何か一つ得られたことがあるとすれば、それは、十分な資金と適切な構造が与えられれば、国連には、世界の人民と政府のために、その任務を遂行する可能性と意志があるということである。 −同上 新世紀で成功を収めるためには、国連は、その内部に存在する補完性と相乗効果という、独自の大きな資源を活用しなければならない。すなわち国連は断片的な変革ではなく、根本的な変革を断行しなければならないのである。 −1997年9月3日、『移行の中の再生:国連年次報告』(A/52/1) この総会を「改革総会」としよう。私達が力を合わせて、新時代によって作られた機会捉え、人類の向上を目指す協調的活動のための唯一かつ普遍的な機関である私達の国連を再活性化した時期として、この総会が記憶に残るように。 −1997年9月22日、ニューヨーク、第52回総会開会の辞(SG/SM/6334) ●平和と安全 紛争の多くの根源、安定の経済的基盤、ならびに、不寛容、不正および抑圧とその帰結に国境がないことを、世界は自覚し始めている。 −1996年12月17日、ニューヨーク、事務総長就任に際する総会演説(GA/9211) 戦争が外交の失敗だとすれば...外交は二国間でも多国間でも、私達の最初の防衛ラインと言える。今日の世界は戦争の準備に数十億を費やしているが、そろそろ、そのいくらかを平和の準備に費やすべきではないだろうか。 −1997年1月24日、ワシントン、ナショナル・プレス・クラブに対する演説(SG/SM/6149) 恒久的な平和には、ブルー・ヘルメットの実地活動以上のものが必要である。効果的な平和維持には、より幅広い人間の安全保障の概念が必要である。飢餓の中で安心は得られず、貧困を軽減せずに平和は建設できず、不正の礎の上に自由は築けないのである。 −1997年2月1日、ダボス(スイス)、世界経済フォーラムに対する演説(SG/SM/6153) (国家の失敗)と、これに続いて頻発している内戦および民族紛争は、回避できないものだとする向きがある...。国際的介入が時折直面した諸困難は、こうした問題の扱いにくさを如実に示していると...。私はこれについて別の見解を示したい。すなわち、こうした失敗や戦争や諸問題は、政治的、経済的問題であり、これには政治的、経済的解決策が存在する。世界のある場所での紛争や、さらにある場所での圧政について、不可避性などまったく存在しない。自由と人権は政治的であると同時に普遍的な理念であり、皮膚の色や信条に関係なく、すべての人間に認められるべきものである。国連憲章「われら連合国の人民」の名において書かれている。 −1997年4月22日、ニューヨーク、外交評議会に対する演説(SG/SM/6218) 平和維持の限界とその継続的有用性の双方について、国際社会の理解は改善された。過去のつまずきにより、加盟国は、任務遂行に不十分な資源をもって活動要員を派遣することにともなうリスクを認識するようになった。私達はまた、大規模な暴力と国際の平和と安全に対する脅威を前に何も行動をとらないことが、受容も継続もできない選択肢であることを学んだ。 −1997年9月3日、『移行の中の再生:国連年次報告』(A/52/1) 国連システムは全体として平和建設、すなわち平和を強化および安定化する機構を明確化し、支持する行動をこれまで以上に重視している。経験が示すところによれば、武力紛争の再発を防止するという意味での平和維持は、恒久的で公正な平和の礎を確立するための必要条件ではあっても、その十分条件ではない...。こうした任務に国連がもたらすことのできる経験、権能、後方支援能力、調整能力および普遍性を備えた機関は、その他世界中のどこにも存在しない。 −同上 安全保障は今日、軍事的な意味だけでなく、紛争の不在よりもはるかに広い意味で理解されることが多くなっている。事実、安全とは、経済開発、社会的正義、環境保護、民主化、軍縮および人権尊重を包含する現象である。平和の柱とも言えるこれらの目標は、相互に関連している。ある分野での進展が別の分野での進展を招来するからである。しかし、独力でこれを達成できる国はない。その一方で、平和の欠如によるリスクとコストを免れる国も存在しないのである。 −1997年9月13日、ペンシルベニア州アレンタウン、シーダー・クレスト・カレッジでの演説(SG/SM/6325) 冷戦中、平和と安全は単に、軍事力あるいは恐怖の均衡という意味で捉えられることが多かった。今日では、紛争の非軍事的根源に対する認識が高まっている。私達は、恒久的平和には、教育と識字、健康と栄養、人権と基本的自由を包含する、より幅広いビジョンが必要であることを知っている。私達は飢餓の中では安心できないことも知っている。貧困を緩和せずに平和の建設はできない。不正の礎の上に自由は築けないのである。 −1997年10月20日、シカゴ世界貿易センターでの演説(SG/SM/6365) 早くも1945年に、国連の創始者たちは恒久的平和のための闘争に勝利するために、2つの戦線で闘う必要性に気づいていた。一つは安全保障の戦線であり、ここでの勝利は恐怖からの自由を意味する。もう一つは経済的、社会的戦線であり、ここでの勝利は欠乏からの自由を意味するのである。 −1997年11月12日、ニューヨーク、国連環境計画(UNEP)笹川環境賞授賞式での演説(SG/SM/6390) 共通の利益を追求する上で国際社会が平和維持活動を展開する際には、信頼性と正当性の両方が必要である。正当性を欠くが信頼できる部隊は、即効性はあるかもしれないが、長期にわたって国際的な支持を得ることはできない。信頼性を欠く正当な部隊は、普遍的な支持を得られるかもしれないが、その基本的な任務を達成することはできない...。しかし、国連の傘下で部隊を結集させれば、信頼性と正当性を兼ね備えることができるばかりでなく、普遍的理想の追求において、両者を相互に補強することができる。こうした目的 と有望性の統合を実現するために、私達は国連に対する地球的な信頼を回復しなければならず、また、実際にそうしていく所存である。 −1997年11月17日、セミナー「変化する世界への適応:最近の国連平和維持活動の教訓」での演説(SG/SM/6398) 政治的な動機づけと政治的な説得は、和平プロセスに不可欠な要素である。当事者に解決を図る真の意志があれば、和平への険しい道のりも乗り越えることができる。しかし、平和に真の関心を持たない分派組織に実権が移っているような混乱した状況では、国際社会が達成できる成果は自ずと限られてくる。この場合、共同体意識、つまり和解の意志を植え付けることはできない。 −1997年11月17日、セミナー「変化する世界への適応:最近の国連平和維持活動の教訓」での演説(SG/SM/6398) 中央が崩壊し、敵対する民兵が理性に取って代わり、一般市民が安定的存在のもっとも基本的な条件を剥奪され、外部の勢力が国家の運営に介入するような場合に、国家に何が起こるかを...、私達は目撃してきた。アンゴラ、ソマリア、ザイール、ボスニアなどのケースがそれである。 −1997年12月3日、トロント、カナダ国連協会に対する演説(SG/SM/6412) ●イラク 外交は多くを達成できるが、公平性と力に支えられた外交がより多くを達成できることはもちろんである。 −1998年2月23日、バグダッド、イラクのタリク・アジズ副首相との共同記者会見 世界中の数百万の人々が、平和的解決を祈願し、私達を応援してくれた。私がバグダッドで、祈りの力を軽視すべきでないと述べた理由は、まさにここにある。 −1998年2月24日、イラク訪問を終えて国連本部に戻った際の発言 私が国連について語る時、国連職員とこの建物の中の人々だけを思い描いているわけではない。私は「われら人民」の国連について語っているのである。私達が世界中から力を結集して問題の解決に当たれば、不可能なことはほとんどない。今回のような危機でも、世界が力を結集すれば、事は起こるのである。私達は一緒に、究極の権力を握っている。私達世界中の人々すべてが、つまり「われら人民」が一致団結して努力すれば、ほとんどすべてが可能になるのである。 −1998年2月24日、イラク訪問を終えて国連本部に戻った際の発言 ●軍縮 武器がひとりでに戦争を起こすわけではない。しかし、過剰な武器は疑念と不信を生み、これが緊張を高めて、暴力的紛争へと発展する可能性がある。 −1997年1月30日、ジュネーブ、軍縮会議に対する演説(SG/SM/6151) もっとも残酷な戦争の道具の一つが、すべての加盟国によって、容認できないものと判断された。ここハーグに集まった私達は、フランドルの野原やハラブジャの街路に目をやるだけで、今世紀中に化学兵器の恥ずべき使用がいかに繰り返されてきたかを知ることができる。今世紀末を控えて私達にできることは、化学兵器が今後いかなる国の兵器倉庫にも温存され得ないこと、いかなる戦場でもその惨禍が起こらないこと、そして、一般市民の静かな、しかし確かな滅亡が訪れないことを保証するよう努めることである。 −1997年5月6日、ハーグ、化学兵器禁止条約第1回締約国会議に対する演説(SG/SM/6232) どんな紛争でもまったく罪のない女性と子どもを主たる標的とする邪悪な兵器を、私達の世界から排絶するため、さらに努力を重ねなければならない。 −同上 大量破壊兵器であれ小火器であれ、あらゆる種類の兵器の拡散がそれ自体、平和に対する脅威になるという、新たなコンセンサスができあがりつつある。 −1997年9月3日、オスロ、地雷に関する外交会議に対する演説(SG/SM/6313) 一つの地雷が除去されるたびに、一つの命が助かるかもしれない。しかし私達は、1年で10万個の地雷が除去される毎に、200万から500万個の地雷が埋設されていることも知っている。たった一つの地雷の存在、あるいは、存在するかも知れないという恐怖によってさえ、田畑全体の耕作ができなくなり、一世帯、あるいは、おそらく村落全体の生活の糧が失われることになるのである。 −同上 この条約を作り出した地球的な同盟は、個人と政府、草の根運動と地球的人道援助団体から成る同盟である。この同盟が世界を恥じ入らせ、これを啓発し、その言い訳の真相を示し、その潜在能力を明らかにしたのである。この同盟は私達を鏡に映し出し、人類の愚行と、人類の勇気の持つ英知を露呈させた。この同盟は一度だけ、「国際社会」を遠い未来の希望ではなく、生き生きとした輝かしい現実とした。このように生き生きとした輝かしい「国際社会」こそが、国境や地域を越えて結集し、この世界的な害悪を廃絶できたのである...。皆さんの成功は、世界的な大国でなくても、国際の平和と安全の将来を左右できるのだということを、如実に示してくれた。 −1997年12月3日、オタワ、「対人地雷の使用、備蓄、生産および移転の禁止に関する条約」署名式での演説(SG/SM/6410/Rev.1) ●人道援助 経験によれば、国際社会は、ひとたび危機が発生すれば、罪のない一般市民の犠牲者の苦悩に対処するため、即座に行動を起こすことができる。国連とその人道援助パートナー(ドナー、非政府組織、国際赤十字など)は、飢えた人々に食糧を供給し、難民と国内避難民に避難所を提供し、子ども、女性および高齢者を支援するために、数十億ドルの資金を調達した。この成果は、援助を必要とする人々への困難なアクセス、救援要員にとっての安全の欠如、人道法の基本原則と人権の無視といった、過酷な紛争にしばしば伴う大きな制約にもかかわらず、達成されたものである。 −1997年2月16日、ジュネーブ、人道的対応と過酷な紛争の防止に関する国連難民高等弁務官・カーネギー委員会会議に対するメッセージ(SG/SM/6164) 複雑かつ大規模な人道的緊急事態に対する国際社会の迅速な対応は賞賛すべきものではあるが、その脅威が恐ろしい現実となることを予防することが可能であったならば、そもそもこの努力は必要なかったはずである。ここでの教訓は明らかである。人道援助活動は、国際社会が迅速に合意できる唯一の手段であってはならない。私達の対応には、紛争の芽を摘み取り、平和と安定を促進し、経済と社会の開発を促す政治的努力を含めなければならないのである。 −同上 ●開発 南側諸国は経済変革の原動力である...。今日では、採算性と世界の最貧困層の生活水準向上との間に、明らかな連関があることが立証されている。 −1997年2月1日、ダボス(スイス)、世界経済フォーラムに対する演説(SG/SM/6153) 北側各国にも、南側の部分はあり、どの「南」にも「北」が存在する。 −同上 貧しい人々でも、金融サービスとビジネス育成サービスに対する公正なアクセスを与えられさえすれば、自分たちの問題を解決できるのだという紛れもない証拠が明らかになりつつある。 −同上 今日、市場型資本主義に大きなイデオロギー上のライバルはない。もっとも大きな脅威はその内部に潜んでいる。繁栄と正義をともに推進することができなければ、資本主義が成功したとは言えないだろう。 −同上 民間セクターの貢献、貿易の機会、および、グローバライゼーションによるその他の恩恵があるのだから、開発協力はもはや必要ではないとする神話を葬り去らなければならない。開発途上地域に対する外国直接投資の80%は、ほんの十数ヵ国に向けられているが、これらの国々は中国を除き、すべて中所得国である。アフリカに対する直接投資は全体の5%、後発開発途上国48ヵ国に対する直接投資は全体の1%にすぎない。対照的に、国連の援助は主として低所得国に向けられ、民間セクターの育成に役立っている。 −1997年2月1日、ダボス(スイス)、世界経済フォーラムに対する演説(SG/SM/6153) 経済特別区の創設、貿易障壁の除去、起業家の支援および中小企業の育成において、国連はその役割を果たしている。これらすべての分野では、自負に値する成果が得られている。第2次世界大戦後、国連システムは多くの場合、100ヵ国以上に対する資金援助および技術援助の、唯一ではないにせよ、最大の提供者となってきた。その成果は明らかだ。新たな社会の建設を助け、人間の窮状を救う行動をとり、抑圧的な社会から自由で民主的な社会への平和的移行に貢献することにより、私達は状況を一変させたのである。 −同上 開発は今日、イデオロギーや短期的利益を超越した地球的な関心事項である。それは、安定と繁栄が不可分の一体をなすことを証明する...政治的かつ道徳的な挑戦である。 −1997年4月22日、ニューヨーク、外交評議会に対する演説(SG/SM/6218) 南南協力を単なる掛け声で終わらせてはならない...。これを連帯と力の源だけでなく、開発に向けた強力な原動力とすべきである。 −1997年5月10日、上海、社会科学アカデミー・国際関係研究所に対する演説(SG/SM/6234) 好奇心から関心が生まれる。そして関心からは、圧政の悪を正し、世界中を襲う貧困を後退させようとする欲求が生まれる。 −1997年6月6日、ボストン、ジョン・フィッツジェラルド・ケネディ図書館での演説(SG/SM/6249) 私達がここに集まったのは、飽食の世界に貧困を野放しにできない...と考えたからである。それはまた、私達が生きているうちに、自らの心と体を使って貧困を解消できることを確信し、また、実際にこのことを知っているからでもある。 −1997年6月22日、トロント、世界銀行「グローバル・ノレッジ'97」会議での演説(SG/SM/6268) 光の中に影があるという地球的なジレンマは人間が作り出したものであり、これは人間によって解決できるのだということを、私達は知っている。 −同上 グローバライゼーションと市民社会の国際的拡張を促進している技術手段は、組織犯罪、薬物密売人、資金洗浄者、テロリストといった「非市民社会」の地球的ネットワークをも拡大させている。 −1997年9月3日、『移行の中の再生:国連年次報告』(A/52/1) 世界には十分な食糧がある。世界に欠けているのは、すべての人々がその恵みを受け、すべての人々が食糧安全保障を享受することを確保する政治的意志である。 −1997年10月16日、世界食糧デーに際する声明(SG/SM/6362) 地球上の5人に1人が絶対的貧困の中で暮らしている限り、世界に真の意味での安定はありえない。 −1997年10月17日、貧困撲滅の国際デーに際するビデオ・メッセージ 今日の世界では、利潤の動機と開発の動機が一致している。この2つは表裏一体をなしているからである。 −1997年10月20日、シカゴ世界貿易センターでの演説(SG/SM/6365) 市場諸力は持続可能な開発に不可欠である、という新しい理解が広まっている。 −同上 ●グローバライゼーション 私達は再編の時代に生きている...。すべての移行期がそうであるように、人間の苦境は非常に異なったさまざまな形として現われ、居心地の悪い緊張状態の中で共存している。例えば、グローバライゼーションが世界を包み込む中で、分裂、および他者との相違の主張が高まっている。平和な地域が拡大する一方で、恐ろしい突発的な暴力が激化している。これまでに類を見ない富が作り出されていても、大きな貧困領域が局地的に残っている。人々の意志とその一体をなす権利は、祝福される一方で侵害されている。科学技術は人間の生活を向上させているものの、その副産物は地球の生命維持システムを脅かしている。政治的意志の力により、この移行の方向性をより確実で予測可能な平和、経済福祉の拡大、社会正義および環境的持続可能性へと向けさせることは不可能なことではない。しかし、このような地球的公共財がない場合のリスクおよびコストを免れる国がないのと同様に、これらを独力で獲得できる国もない。 −1997年9月3日、『移行の中の再生:国連年次報告』(A/52/1) グローバライゼーションは...おそらく、産業革命以来、もっとも根本的に国際関係を変革しているものである...。「グローバル」という形容詞は、場所よりも、電子的流れによって定義される空間と心理的状態を指すものになっている。 −同上 グローバライゼーションの時代に、米国は国連を必要とし、国連も米国を必要としている。両者の関係は現代の中枢的関係の一つである。 −1997年11月24日、プリンストン大学での演説(SG/SM/6404) 国家間の経済的な相互依存は、枠組みと制度の重要性を高めている。すべての人々がジャングルの法則よりも法の支配を望んでいることは確かであろう。機構と秩序を欠く地球環境よりも、安定的で予測可能なシステムによる持続可能な成長が選択されるものと、私は確信している。私達には交通規則と、個人とコミュニティーの関係を導く規範が必要である。どの村落でもそうであるように、このことは地球村にも当てはまる...。例えば航空、海運、通信などの分野における技術的基準の設定により、まさにシステムの「ソフト・インフラ」とも呼ぶべき、国際取引の基盤ができあがるのである。 −1998年1月31日、ダボス(スイス)、世界経済フォーラムに対する演説(SG/SM/6448) アジアから米州に至るまで、あらゆる社会は価値観、すなわち共有される紐帯と理想の産物である。地球社会も、繁栄のためには共通の規範と目的からスタートしなければならない。幸いなことに、こうした共通の理解の基礎はすでに、国連憲章の中に体現されている。 −同上 財産権と契約を律する規則がなければ、あるいは法の支配に基づく信頼がなければ、さらに、全般的な方向感覚と相応の衡平性および透明性がなければ、国内市場も世界市場も正常に機能できない。国連システムはそのような地球的枠組み、すなわち世界的に受け入れられ、市場の機能を可能にする一連の合意された基準と目標を提供している。 −同上 ●ビジネス 経済界と国連は、お互いに当然なパートナーである。 −1997年4月23日、ニューヨーク、国連のためのビジネス協議会に対する演説(SG/SM/6220) 政府、民間セクターおよび国際社会の真のパートナーシップは、大きな将来性を秘めている。 −同上 国際法を成文化し、法の支配に基づく社会を築き上げようとする私達の不断の努力は、規制の一貫性と平和的な変革も促進する。国際法はまた、強力な予防的側面を持っている。例えば、海洋法は世界の海洋資源の乱開発が発生する前に制定され、これを防止する役割を果たした。 −1998年1月31日、ダボス(スイス)、世界経済フォーラムに対する演説(SG/SM/6448) 政府と経済界の指導者には、依然として選択肢が残されている。市場の力を普遍的理想の権威に結び付ける道を選ぼう。民間企業の創造的な力を、恵まれない人々のニーズと将来の世代の必要性に適応させることを選択しよう。繁栄が貧しい人々にも及ぶことを確実にしよう。すべての人々に開かれ、すべての人々に恩恵をもたらす世界市場という、私達が共有する究極的目標に向かって、賢明な道を選択しよう。 −同上 ●環境 環境の保全は...持続可能な開発を支援する私達の活動全体の指針である。それはすなわち、貧困の根絶に不可欠な要素であるとともに、平和の礎石の一つでもある。 −1997年2月5日、ナイロビ、国連環境計画管理理事会第19会期ハイレベル協議に対するメッセージ(SG/SM/6155) 地球環境に対する脅威は、他国が貧困と汚染で破壊されれば、特権と繁栄はどの国も守ることができないことを私達に教えてくれた。 −1997年6月23日、ニューヨーク、第19回特別総会に出席した首脳のための昼食会における乾杯のあいさつ(SG/SM/6270) 今日では、世界人口のほぼ半分が都市部に住んでいる...。住民が直面する問題という点では、世界の都市は同質化の方向にあるといえる。 −1997年10月6日、世界ハビタット・デーに際するメッセージ(SG/SM/6350) 実効性、透明性、説明責任および対応力を兼ね備え、法の支配に従う政府はまさに、持続可能な開発の礎であり、その結果ではない。 −1997年11月6日、サンティアゴ、チリ大学での演説(SG/SM/6384) 私達はあらゆる選択と決定を行う際に、自分たちの活動の環境への影響を必ず考えるようにしなければならない。そうしなければ、いかなる法規も、いかなる政府プログラムも、また、いかなる市場インセンティブも、私達を環境災害から守ることはできないだろう。 −1997年11月12日、ニューヨーク、国連環境計画(UNEP)笹川環境賞授賞式での演説(SG/SM/6390) 気候変動のリスクは、人類共同体の安全と今ある形での地球上の生命に対し、これまででもっとも深刻かつ幅広い環境面での脅威を与えている...。人類の未来にこれほど決定的な影響を及ぼしうる問題について、私達は、後で慌てるよりも今のうちに予防するという原則に基づき、対処を行わなければならない。 −1997年12月8日、京都、国連気候変動枠組条約第3回締約国会議に対するメッセージ(SG/SM/6415) ●アフリカ アフリカが一つの声で発言すれば、世界は耳を傾ける。しかし、アフリカからのメッセージが混乱した不協和音となれば、これに耳を傾ける者はほとんどなくなり、実際にメッセージは聞こえなくなるだろう。 −1997年3月26日、ロメ、「紛争の防止、管理および解決のためのアフリカ統一機構メカニズム」中央機関に対する演説(SG/SM/6192) アフリカは過去50年間、一連の大変動を経験してきた。最初に押し寄せた波は非植民地化と反アパルトヘイト闘争であり、次に訪れたのが軍事政権による圧政と経済の停滞であったが、これは内戦を伴うことがあまりにも多かった...。今、新たな時代が訪れようとしている。アフリカにとって第3の波である。(この時代を)民主主義と人権と持続可能な開発に裏打ちされた恒久的平和の時代としよう。 −1997年6月2日、ハラレ、アフリカ統一機構年次首脳会議に対する演説(SG/SM/6245) 現在の傾向が続けば、21世紀に貧困の拡大が予想される地域は、世界中でアフリカだけである。私達は数十年にわたり、アフリカに関する分析と討議を行い、その課題を調査し、まとめてきたが、今こそ行動を起こすべき時である。(安全保障)理事会だけでなく、国連と国際社会全体を含めた私達は、アフリカの要請に迅速かつ効果的に応えなければならない。 −1997年9月25日、アフリカ情勢に関する安全保障理事会閣僚級会合での声明(SG/SM/6335) アフリカにおける平和と安全を確保する最善の道は、持続的開発の促進である。したがって私は皆さんに対し、アフリカ諸国に対する政府開発援助の増額のために、ご尽力をお願いしたい...。もう一つの緊急優先課題は、アフリカ諸国の過酷な債務返済負担の軽減である。重債務貧困国(HIPC)に関するブレトンウッズ機関のイニシアチブは、正しい方向への一歩であるが、より一層の対応が必要である。 −同上 工業の実績は上向いてはいるものの、引き続き低調である。アフリカは依然として、物的インフラの不足、弱い制度的能力、不十分な規制・促進策、および、国家間の技術格差の拡大によって制約を受けている。このため、グローバライゼーションと貿易自由化の恩恵を十分に受け、世界経済と完全に一体化することは、アフリカにとって難しくなっている。 −1997年11月20日、アフリカ工業化の日に際する声明(SG/SM/6402) 私の改革プログラム、すなわち国連における変革と変容という私の「静かなる革命」は、これにより国連がアフリカをはじめとする各地域の最貧困層のニーズにどの程度応えられるようになったかによっても、判断されるべきである。 −1998年3月、アフリカに関する国連システム全体の特別イニシアチブ発足2周年に際するメッセージ ●女性と開発 (女性にとっての)完全な平等は、統計上の目標達成以上のことを意味する。文化全体が変わらなければならない。 −1997年3月7日、ニューヨーク、国連における男女同権に関するグループに対する演説(SG/SM/6178) 世界の社会問題、経済問題および政治問題の解決を試みる際には、男女平等をその中心的要素に含めなければならない。 −1997年3月8日、国際婦人デーに際するメッセージ(SG/SM/6176) 戦禍に見舞われた社会では、女性が社会の牽引役となっていることが多い...。女性はしばしば平和の主たる擁護者でもある。 −1997年3月10日、ニューヨーク、婦人の地位委員会第41会期に対する演説(SG/SM/6179) ●エイズ 新療法と新薬は、HIVおよび発病後のエイズと闘い、これとともに生きることに希望をもたらすものである。しかし、これは法外なコストを伴うことが多く、特に開発途上地域では、ケアと支援に対するアクセスが極めて限られている。この状況を変えなければならない。なぜなら、すべての人々に治療を施すことは、人間にもできることだからである。 −1997年12月1日、世界エイズデーに際するメッセージ(SG/SM/6400) HIV/AIDSに感染している子どもや、この病気によって孤児となった子どもには、しばしば悪いイメージが付きまとい、サービスや教育やケアが拒絶されることもある。貧困はエイズの影響に対処する努力を台無しにするだけでなく、HIVの蔓延をも助長する。子どもは確かに影響を受けやすいが、無力でもなければ、助けが及ばないわけでもない。仲間同士でも家庭でも、子どもたち自身が効果的な意志伝達者となれる。事実、教育と情報は私達のHIV/AIDSとの闘いにおいて、もっとも強力な武器の一つである。 −1997年12月1日、世界エイズデーに際するメッセージ(SG/SM/6400) エイズは子どもたちにとっての世界を一変させた。私達は今、子どもたちのために世界を変えなければならない。 −同上 ●教育 国連での長年の経験から、私は、政治的安定の第一の要素が情報を与えられた市民であること、経済的進歩の第一の要素が熟練労働者であること、および、社会的正義の第一の要素が啓蒙された社会であることを確信している。世界の平和と福祉への鍵を握るのは、教育である。 −1997年2月24日、ワシントン、全米教育協議会に対する演説(SG/SM/6165) 教育は文化を豊かにするばかりでなく...自由、民主主義および持続可能な開発のための第一条件でもある。 −1997年5月14日、東京、中央大学名誉博士号授与式での演説(SG/SM/6239) 知識は力である。情報は解放である。どの社会でも、どの家庭でも、教育は進歩の前提条件である。 −1997年6月22日、トロント、世界銀行「グローバル・ノレッジ'97」会議に対する演説(SG/SM/6268) 教育を受けた有権者は、強力な有権者である...。情報を与えられた市民は、自由の最大の擁護者である...。啓蒙された政府は、民主化を進める政府である。 −同上 識字は、困窮から希望への架け橋である。それは現代社会で日常生活を送るための道具である。それは貧困に対する砦であり、開発の礎石、すなわち道路、ダム、診療所および工場への投資に欠かせない補足物である。識字は、民主化行きのプラットホームであると同時に、文化的および国民的アイデンティティーの醸成に向けて走る車両でもある。特に女児と女性にとって、それは家庭での健康と栄養をもたらすものである。どこの誰にとっても、識字は教育一般とともに、基本的人権である...。識字は最後に、人間の進歩への道であり、あらゆる男女と子どもが自らの潜在能力をいかんなく発揮するための手段である。 −1997年9月8日、国際識字デーに際するメッセージ(SG/SM/6316) 私が子どもの頃、ブランフル牧師は真ん中に黒い点のついた白い大きなシーツを黒板にかけ、「何が見えるか」と私達にたずねた。私達はみんな「黒い点が見える」と答えた。すると牧師は「なぜ黒い点だけなのか」と聞き返した。「なぜマイナスのところしか見ないのか。回り全体の真っ白い部分は何なのか」と。牧師は私達に、表面だけでなく常にその裏側まで見るべきこと、大所高所の観点を持つべきこと、欠点だけを論じてはならないことを警告したのである。そして私達に、物事には色々な見方があり、問題に対する答えも一つではないことを忘れないよう教えていたのである。 −1997年10月25日、ガーナ、ンファスチピン中等学校へのメッセージ 私達とは違う人々も、国内避難民の人々も、そして難民の人々も、私達の生活を豊かにしてくれる存在である。このような人々に対し、寛容でオープンな気持ちを持てば、皆さんにとって新しい世界が開け、皆さん自身もあらゆる場所で歓迎を受けることだろう。 −同上 教育がなければ、私達は自分自身と身の回りの環境を越えて、地球的な相互依存の現実を見ることはできない。教育がなければ、人種や宗教を異にする人々が同じ夢、同じ希望を持っていることなど知る由もない。教育がなければ、人間の目標と希望の普遍性を認識することはできない。 −1997年11月5日、サンティアゴ、チリ大学での演説(SG/SM/6384) 教育は、もっとも効果的な国防支出の一形態である。 −1997年12月13日、クウェート大学での演説(SG/SM/6421) ●人権 (人権に対する関心は)豊かな国々だけに許される贅沢であり、アフリカにはその準備ができていないという意見があることを、私は承知している。また、西側先進国による策略とは言わないまでも、これによる押し付けとして人権を捉える向きがあることも知っている。私はこうした考えを、あらゆるアフリカ人の心に根差す人間の尊厳の希求を踏みにじるという意味で、極めて遺憾とする。 −1997年6月2日、ハラレ、アフリカ統一機構年次首脳会議に対する演説(SG/SM/6245) アフリカの母親たちは、自分たちの息子や娘が圧政の手先によって殺傷された時に、泣きはしないだろうか。アフリカの父親たちは、その子供たちが不当な投獄や拷問を受けた時に、悲しみはしないだろうか。アフリカ人の聡明な声が一つでも消されるということは、アフリカ全体が貧しくなるということではないだろうか。 −同上 自由に国境はない...。ある国で自由の声が燃え上がれば、はるか遠くの国の人々を勇気づけることができる。 −1997年6月6日、ボストン、ジョン・フィッツジェラルド・ケネディ図書館での演説(SG/SM/6249) 第2次世界大戦の恐怖は...二度と起こり得ない...と多くの人々が考えた。ところが、カンボジアやボスニア・ヘルツェゴビナやルワンダでは、これが現実となってしまった。私達の時代は...人間が計り知れない邪悪な能力を備えていることを証明した。 −1997年6月11日、ニューヨーク、国際法曹協会に対する演説(SG/SM/6257) 私達が取り扱っている(アルジェリア)情勢は長い間、内政問題と考えられてきた。しかし、殺害が続き、犠牲者が増大する中で、これに目を覆って知らぬふりをし、アルジェリアの問題はアルジェリア人に任せればよいのだと言い続けることは、私達すべてにとって極めて難しくなっている。生身の人間として、また、良心と道徳を備えた人々として、私達はすべて、アルジェリアで起こっている出来事に心を動かされ、これに懸念を抱いていることだろう。言葉だけでは不十分かもしれない。それでも、みんなが心配していることを犠牲者たちに知らせる第一歩とはなりうる。時にそれは犠牲者に勇気を与えることにもなる。 −1997年8月30日、イタリア、ベネチア映画祭での記者会見 地理的、文化的あるいは経済的な差違に関係なく、女性に対する暴力はもっとも幅広く蔓延する人権侵害となっている。 −1997年9月22日、ニューヨーク、第52回国連総会開会の辞(SG/SM/6334) 決して背いてはならない人間としての根本的行動基準があるということには、疑う余地がない。基本的人権とは、人間性の所産、すなわち人間の生命そのもなのである。 −1997年10月14日、ニューヨーク、慈善行事「歴史と私達との対峙」に対する演説(SG/SM/6359) ラウル(ウォーレンバーグ)の生涯と功績は、紛争と惨禍の中での傍観者、すなわち第三者の死活的な役割に光を当てるものだった。彼の関与は犠牲者たちに希望を与え、闘いと抵抗、忍耐と証言を続けるよう勇気づけた。それは私達の集団的な意識をも高揚させた。しかし、ラウルのような人物がなぜこれほど少ないのか、私は疑問を感じずにはいられない。 −1997年10月14日、ニューヨーク、慈善行事「歴史と私達との対峙」に対する演説(SG/SM/6359) 奴隷制度が存在するところでは、人間の尊厳自体が否定され、世界の弱者に対する同情と献身を語る者の声も空しく響く。生活のあらゆる面での束縛と強制からの自由に対する固執がなければ、人権など何の意味もない。新千年紀を迎えようとしている今でさえ、古い形の奴隷制度と、さらに悲しいことに、新しい形の奴隷制度が散見される。世界中で数十万の人々が何らかの形の奴隷として生き、そして死んでいるのである。 −1997年12月2日、奴隷制度廃止国際デーに際するメッセージ イスラム教の偉大なる信仰と文化を讃えたい。イスラム教は歴史を通じて、人間を気高く、豊かにしてきた。今日、イスラム教は10億人にのぼる人々の信念を鼓吹し、人類にとって普遍的な精神力となっている。だからこそ余計に、今、過激派たちがイスラムの名において、ますます暴力や恐怖に訴えるようになっているのを見るのは辛い。イスラムという名前そのものが平和を象徴し、慈悲深い神を信仰する宗教であるが、このようなことによって、その宗教としてのイメージが傷つけられている。 −1997年12月9日、イスラム諸国会議機構首脳会議に対する演説(SG/SM/6418) 人権は人間の存在と共存の礎である...。人権は普遍的、不可分かつ相互依存的である...。人権は私達を人間たらしめているものであり、人間の尊厳にとっての聖なる住処を作り上げるための原則である...。人権に力を与えているのは、その普遍性である。人権はこれにより、どんな国境も渡り、どんな壁も乗り越え、また、どんな力にも対抗することができるのである。 −1997年12月10日、人権デーに際するテヘラン大学での演説(SG/SM/6419) 生命や開発に対する権利、あるいは、意見の相違と多様性に対する権利を語る時、私達は寛容について語っているのだ。寛容が促進され、保護され、尊重されれば、すべての自由が保証される。これなしにはいかなる自由も確保されない。ある賢人の言葉を借りれば、「信仰は尊敬をもたらし、狂信は憎悪をもたらす」のである。 −同上 人権は、あらゆる文化が持つ、平和と進歩の礎と呼ぶべき、寛容の伝統の表われである...。人権は...どの文化にとっても外来のものではなく、あらゆる国に本来備わったものである...。寛容と慈悲の心は常に、あらゆる文化において、政府の統治と人間の行動の理想となってきた。私達は今日、この価値観を人権と呼んでいるのである。 −同上 人権とは、理性が要求し、良心が命ずるところのものである。人権は私達であり、私達は人権なのである。人権は、あらゆる人が人間として持っている権利である。私達はすべて人間である。私達すべてに人権が備わっている。人間と人権は切り離して考えることはできない。。人権を選り好みして、あるものを無視し、あるものだけを主張することはできない。人権は平等に適用されてはじめて、普遍的に認められた権利となることができる。また、人権を選択的あるいは相対的に適用したり、他者を罰する武器として適用したりすることもできない。人権の恒久的な力は、その純粋性にある。 −同上 私達がすべて、同じように暴力を恐れることを、誰が否定できようか。私達がすべて、恐怖と拷問と差別のない生活を求めていることを、誰が否定できようか。私達がすべて、自由な自己表現と人生目標の追求を求めていることを、誰が否定できようか。自由な声が、自由の終焉を要求したことなどあるだろうか。奴隷が、奴隷制度を擁護したことなどあるだろうか。拷問の犠牲者が、拷問者の行為を支持したことなどあるだろうか。寛容な人々が、不寛容を求める声を上げたことなどあるだろうか。 −1997年12月10日、人権デーに際するテヘラン大学での演説(SG/SM/6419) 民主主義についても、人権についても、文化的表現についても、全世界に共通する単一のモデルは存在しない。しかし、民主主義、人権および自由な文化的表現の存在は、全世界に共通していなければならない。 −同上 人権は皆さんの権利である。これをつかみ、擁護し、促進し、理解し、そして主張してほしい。これを育み、豊かにしてほしい...。人権は、私達が持つ最高のものである。これに命を与えてほしい。 −同上 人権が西側の理念だというのなら、イランやアフリカの母親は、自分たちの息子や娘が拷問にあった時に泣かないのだろうか。私達の指導者が不当に投獄されても、私達は何も感じないのだろうか。法の支配の欠如と専制によって苦しみはしないのだろうか。こうしたことのどこに馴染みがないのか。どこに西側的なところがあるのか。生涯を全うし、夢を実現できる必要性として開発への権利を語る時、そこには普遍的な意味がある...。人と話す時でも、拷問の犠牲者が人権に反対する声を聞いたことがあるだろうか。人々が自らを守ってくれる人権を一般的に拒絶する声など聞いたことがあるだろうか。経済開発であれ、安全保障であれ、その他何であれ、私達がするあらゆることの中心は人間である。私達が人権について語る時、私達が文化的表現や政治的権利や経済的権利について語る時、その意味はまさにここにある。 −1997年12月11日、テヘラン、イスラム諸国会議機構サミットでの記者会見 私達は「世界人権宣言」を再確認し、世論と個人に対し、人権が自分たちのものであることを分からせるべきである。人権は、いつ廃止されるかも知れない補助金のように、政府から与えられるものではなく、人間に本来備わったものである。この50周年を機に、このメッセージを広く伝えられることを(私は期待する)。 −1998年2月24日、バグダッドで署名された了解覚書に関する安全保障理事会に対するブリーフィング後の国連本部での記者会見(SG/SM/6470) ●民主主義とよい統治 軍事政権は安定と予測可能性をもたらし、経済開発を助けると主張する人がいるかもしれない。それは妄想である。 −1997年6月2日、ハラレ、アフリカ統一機構年次首脳会議に対する演説(SG/SM/6245) アフリカはもはや、民選政府に対するクーデターと軍部による非合法な政権掌握を容認し、これを既成事実として受け入れることはできない...。軍隊は国家主権を守るために存在するのであり、国民に銃口を向けるために存在するのではない。 −同上 新しい政治には、国家の役割の再定義が必要である。国家は富の創造者ではなく、開発の促進役および媒介役であるという理解が広がりつつある。国家に不可欠な役割は、投資が可能となり、富を創造することができ、個人が繁栄、成長できる環境を整備することである。そうすれば、市民社会の形成と意志表示が可能となり、個人が自分の生活に影響する決定に参画できるようになる。 −1997年7月28日、ニューヨーク、持続可能な成長と衡平性のための統治に関する国際会議に対する演説(SG/SM/6291) 人々の意志は、政府の権威の基盤でなければならない。これこそが民主主義の礎であり、よい統治の礎である。よい統治は各々の市民に対し...政治的にも、経済的にも、社会的にも、自らの社会の将来において真の恒久的な利益を与えることになる。 −同上 皆さんは、よい統治は足元から築かなければならないことを理解しただけでなく、これを立証するという、より重要な成果をあげた。国家当局も国際機関も、よい統治を押し付けることはできない。よい統治は一夜で創造できるものでもなければ、一日で根づくものでもない。よい統治は一つの成果である。それは真の献身、無私のリーダーシップ、そして一貫性のある政治が結実したものである。 −1997年7月28日、ニューヨーク、持続可能な成長と衡平性のための統治に関する国際会議に対する演説(SG/SM/6291) 腐敗に無縁な国はない。また、その法律と制度の脆弱性により、腐敗に特にもろい国も多い。腐敗は国際的な側面も持っている。今日の地球的社会の証となっている開かれた国境、技術進歩、国際通信および商取引は同時に、腐敗が根づき、栄える温床ともなっている。この脅威に打ち勝つためには、政府、民間セクターおよび市民社会の間の国際協力が不可欠である。 −1997年9月7−11日、リマ、第8回国際腐敗防止会議に対するメッセージ(SG/SM/6318) 将来の人類の福祉は、相互依存の意味を完全に理解し、これを実際の行動に移す指導者の勇気と先見力に、ますます大きく依存している。 −1997年12月1日、ニューヨーク、国連総会第2委員会に対する演説(SG/SM/6409) よい統治がなければ、つまり、法の支配、予測可能な行政、合法的な権力および対応力のある規制がなければ、いかなる額の資金も、いかなる短期の経済的奇跡も、開発途上地域を繁栄に導くことはできないだろう。よい統治がなければ、社会の基盤は、国内的にも国際的にも、砂上に築かれたも同然である。(原文はフランス語) −1997年12月3日、トロント、カナダ国連協会に対する演説(SG/SM/6412) 私達の責務は...才能と勇気のある人々に、その公務への貢献が大きな意味を持つことを信じさせることだけではない。それはまた、これらの人々に対し、彼らがいなければ、よい統治という任務は失敗することを理解させることでもある。 −1997年12月3日、トロント、カナダ国連協会に対する演説(SG/SM/6412) ●情報 自由で独立した多元的な報道がなければ、いかなる民主社会も存在し得ない。 −1997年5月2日、ニューヨーク、世界報道の自由の日に際する演説(SG/SM/6229/Rev.1) 情報と自由は不可分である。民主主義なしに情報革命は考えられず、情報の自由なしに真の民主主義は想像できない。 −1997年6月22日、トロント、世界銀行「グローバル・ノレッジ'97」会議に対する演説(SG/SM/6268) 情報と知識が民主主義にとって中心的な存在であるなら、それは開発のための条件でもあるはずである。 −同上 国連にいる私達は、偉大な解放力を持つ情報を、平和と開発と人権を求める私達の地球的な闘争に活用できると確信している。なぜなら私達は、人間を敵対させるのが知識ではなく、無知であると確信しているからだ。子供たちを兵士にするのは知識ではなく、無知である。民主主義よりも圧政を支持する声が出てくるのは、知識のせいではなく、無知のせいである。人間の紛争が避けられないとする論調が出てくるのも、知識のせいではなく、無知のせいである。世界は私達の住んでいるこの世界一つしかないのに、世界がたくさんあるなどと発言する者がいるのも、知識のせいではなく、無知のせいなのである。 −1997年10月18日、コロラド、アスペン研究所での通信会議に対する演説(SG/SM/6366) テレビの助けにより、私達はますます多くの不寛容の暗闇に、光を投げかけることができる。こうした暗闇は光りをもっとも恐れるものだ。テレビは世界を鮮明に映し出すことにより、これをよりよい場所にしようとする私達の意欲を掻き立てるのである。テレビにより、私達は若者たちにこの知識の恩恵を最初に与え、これをよりよい未来の追求におけるパートナーとすることに貢献できる。若者たちのために、そして後の世代のために、よりよい世界を実現できるよう、皆さんの力を貸してほしい。 −1997年11月19日、ニューヨーク、第2回国連世界テレビフォーラムに対する演説(SG/SM/6401) ●国際人道法 人道に対する罪という最悪の犯罪が法律で裁かれなければ、世界に正義はありえない。私達は今日、ある民族に対するジェノサイド罪が真の意味で私達すべてに対する攻撃、すなわち人道に対する罪であるとの認識を一層強めている...。国際刑事裁判所は、この平和と正義の統合に向けた私達のもっとも高次の希望を象徴するものである。それは、できあがりつつある国際人権擁護システムに不可欠な要素である。これにより、どこの国であろうと、ジェノサイド罪を犯して起訴された者は裁判と有罪判決を受けることになる。 −1997年6月11日、ニューヨーク、国際法曹協会に対する演説(SG/SM/6257) ジェノサイド、すなわち、種族的あるいは民族的出自を理由とする、ある集合体すべての破壊は、私達の時代にも当てはまる言葉となっている。この忌まわしい現実には、歴史的な対応が必要である。 −1997年6月11日、ニューヨーク、国際法曹協会に対する演説(SG/SM/6257) 国際刑事裁判所の向こうには、普遍的な正義の約束がある...。この時にはじめて、遠い地で戦争と紛争に苦しむ罪なき人々も、正義の傘の下に安心して眠れるようになるのである。 −同上 ●国連とそのパートナー 国際舞台で大きな勢力となっている市民社会は、その重要性をさらに増している。近年、国連は経済・社会開発、人道問題、公共衛生、人権推進など分野を問わず、特に国別レベルにおいて、その活動の多くに非政府組織および非政府団体が密接に関わり、多大な貢献を行っていることを承知している。同様に、ここ10年間における民間の国際経済取引のフローが大幅に増大していることにより、民間セクターは国際的な経済変革の重大な推進力ともなっている。このように、世界的な市民社会がこれまでになく活発化していることがますます明らかになっているにもかかわらず、国連には現在のところ、市民社会を取り込んでその活動の真のパートナーとする能力が十分に備わっていない。 −1997年7月14日、『国連の再生:改革に向けたプログラム』(A/51/950) 私達、国連と市民社会のすべての機関およびメンバーは、薬物密売人、犯罪者、テロリストなど、新たに開かれた国境、市場および通信を悪用し、法律と制度が脆弱な場所で増長している「非市民社会」勢力によって提起される脅威にも直面している。これら多くの問題は国境を越えて広がり、いずれかの国が単独で対処できるものではなくなっている。今後の進歩のためには、文化、宗教および価値観を異にする人々の間に、過去に例を見ないレベルの協力と協調が必要となろう。地球的に奉仕する共通手段の必要性は今、最高に高まっているといえる。 −1997年8月1日、リレハンメル(ノルウェー)、科学と世界情勢に関するパグウォッシュ会議に対するメッセージ 私達がいわゆる「非市民」社会の諸勢力という新たな敵と対峙するうえで、(国連とNGOの)パートナーシップは不可欠となっている。 −1997年9月10日、ニューヨーク、第50回国連広報局・非政府組織年次会議に対する演説(SG/SM/6320) 私達が希求するのは、ますます発展する地球的市民社会を認識し、これをパートナーとして協力しながら、薬物密売人、犯罪者、テロリストなどの非市民要素の撲滅に貢献する国連である。それはすなわち、変革をひとりの友人として考える国連、変革のための変革ではなく、任務をよりよく遂行し、より多くの利益をもたらすことを可能にする変革を進める国連である。 −1997年9月22日、ニューヨーク、第52回国連総会開会の辞(SG/SM/6334) 世界中の多くの人々が米国のリーダーシップを求めているのに、ワシントンではその意志が萎えているのか。イラクで多国間の協力を求めているまさにその時に、多国間協力によってもたらされるべき無数の恩恵を、米国はもう信じていないのか。米国の多大な貢献により、世界では自由、民主主義、成長および機会が広がりつつあるというのに、そこから立ち去ってしまうつもりなのか。 −1997年11月24日、プリンストン大学での演説(SG/SM/6404) 国連はかつて、政府だけを話し相手としていた。私達はこれまでに、政府、国際機関、経済界および市民社会のパートナーシップがなければ、平和と繁栄は成就し得ないことを知った。今日の世界では、私達は相互に依存している。国連のビジネスには世界のビジネスが関わっている。国連システムはこうした関係において、普遍的価値観、地球的観点および具体的プログラムという、3つの明らかな貢献をもたらしている。 −1998年1月31日、ダボス(スイス)、世界経済フォーラムに対する演説(SG/SM/6448) ●民間セクター 民間セクターと国連の活動の密接な連関は死活的に重要である。ともに活動する私達のパートナーシップはすでに、重要な地球的経済目標を達成している。私達は安定を促進した。私達は経済と政治の移行を奨励した。私達はまた、貿易と経済開発を新たなレベルに到達させた。これらの分野すべてにおける協力がこれほど大規模に行われたことも、これほど大きな成果をあげたことも、今までにない。 −1997年2月1日、ダボス(スイス)、世界経済フォーラムに対する演説(SG/SM/6153) 今日、国連ファミリーを構成する計画、基金および専門機関は、民間セクターと自由市場の一層の成長を促す政策を育てるため、加盟国との協力をこれまでになく強めている。こうしたイニシアチブは変化する世界の現実を反映するものである。第一に、市場諸力が持続可能な開発にとって欠かせないものだという新たな理解が普遍化している。第二に、開発途上地域の大半において、国家の役割は経済活動を支配しようとするものから、持続可能な開発を実現するための条件を整備するものへと変化している。第三に、貧しい人々でも、金融サービスとビジネス育成サービスに対する公正なアクセスを与えられさえすれば、自分たちの問題を解決できるのだという紛れもない証拠が明らかになりつつある。こうしたプラスの変化を維持、推進していくためには、国連、政府および国際企業社会のパートナーシップの強化が不可欠である。今日、市場型資本主義に大きなイデオロギー上のライバルはない。もっとも大きな脅威はその内部に潜んでいる。繁栄と正義をともに推進することができなければ、資本主義が成功したとは言えないだろう。 −同上 アナン語録 発行日:1999年2月 発 行:国際連合広報センター 〒150-0001 東京都渋谷区神宮前5-53-70 国連大学ビル8階  電話(03)5467-4451  FAX(03)5467-4455  http://www.unic.or.jp/  E-mail:unictok@blue.ocn.ne.jp