UNIC Tokyo Dateline UN ■November/December 2011 Vol.77 国際連合広報センター ●第66回総会から見えてくるもの ●寄稿文:日本の貢献の形  〜国連東ティモール統合ミッションに参加して〜 ●国連デー@東北大学:東日本大震災からの復興、そして新生 ●世界人口が70億人に達しました! ******************************************************************** 広報資料--公式文書ではありません  vol.77  2011年11・12月 ●潘事務総長の歴訪で振り返る激動の2011年 2011年、世界は激動しました。アラブに押し寄せた民主化の波に始まり、東日本を襲った大震災、アフリカの角で発生した大飢饉、世界人口の70億人突破。 国連広報センターのウェブサイトでは現在、潘基文(パン・ギムン)事務総長の歴訪を通じてこの一年を振り返る特集記事を、シリーズで紹介しています。 文字通り“分刻み”のスケジュールで世界を歴訪する潘事務総長。各国のリーダーたちと協議を重ね、あらゆる国際会議に出席し、現地の人々とじかに触れ合い、国際的な問題に対する理解を深めるため、世界を駆け巡ります。事務総長はどこへ赴き、何を語り、どんなメッセージを世界中の人々に向けて送ったでしょう。事務総長と一緒に、2011年を振り返る旅に出かけてみませんか?  【写真】 リビアに関する国際会議(ロンドン・3月) 「アラブの春」の発端となった青年の遺族に面会(チュニジア・3月) エジプト新首相と会談(カイロ・3月) G8サミットでオバマ米大統領と(仏ドービル・5月) 東日本大震災の被災者を激励(福島・8月) 地球温暖化の影響が深刻な太平洋諸島で(キリバス・9月) 安全で革新的な原子力利用に関するサミットに出席(ウクライナ・4月) 南スーダンの独立式典(7月) 移動中もミーティングを行う貴重な時間(アルゼンチンからウルグアイへ・6月) ●第66回国連総会から見えてくるもの 中東和平から気候変動、さらには保健衛生に至るまで、加盟国が国連に対して幅広い課題への取り組みを期待する中、今年の国連総会本会議は113カ国の首脳と70カ国あまりの外相を迎え、ニューヨークで開催されました。世界のリーダーの多くは、本会議と並行して開かれた様々なハイレベル協議にも参加しましたが、そこでは新たな、あるいは困難を伴う分野に関する実質的なコミットメントや、国際的な合意が生まれました。国連総会の開幕を振り返りながら、世界の直面する課題を確認してみましょう。 ■持続可能な開発  リオ+20に向かって 潘基文(パン・ギムン)事務総長は総会に集った指導者たちに対し、「私たちの世代が、現在の決定によって未来を作り上げていくことのできる5つの機会」を示しました。その中には、紛争、人権侵害、自然災害による甚大な被害などの予防、より安全で安心できる世界の構築、新たな政治的、経済的秩序へと移行しようとする国々への支援、そして女性と若者への協力と支援が含まれます。 そして最後に、最も重要な優先課題であり、「21世紀に課された義務」とは持続可能な開発です。それはまさに「地球を守ること、人々を貧困から救い出すこと、経済成長を促進すること」を意味します。 2012年6月にリオ・デ・ジャネイロで「リオ+20(国連持続可能な開発会議)」が開催されるにあたり、国連ハイレベル協議週間(9月19-24日)は各国政府にとって、それぞれの立場を表明し、共通点を探る機会となりました。本会議での発言者がほぼ例外なく、持続可能な開発に触れたことと、そのうち100人以上がこの分野で具体的な懸念や新たなコミットメントを明らかにしたことから、リオ+20に向けた準備がどれだけ重要視されているかが垣間見られます。 並行して開催された会合には以下が含まれます。 *ハイレベル協議「砂漠化、土地劣化および干ばつへの取り組み」に、100カ国以上の首脳が参加(9月20日)。 *事務総長の諮問機関「グローバルな持続可能性に関するハイレベル・パネル」が、来年の報告書発表を前に会合を開催(9月18-19日)。 *ハイレベルパネル・アクション・グループが、「すべての人に持続可能なエネルギーを」イニシアティブの第1回会合を開催(9月19-20日)。 *グローバル・コンパクト(UN-GC)が主催し、事務総長が議長を務めた民間セクター・フォーラムでは、300社の企業がエネルギー普及憲章に支持を表明(9月20日)。 ■パレスチナの国連加盟申請、  リビアをめぐる協議、予防外交 今年の総会開幕で世界の注目を集めたのは、9月23日のパレスチナ自治政府アッバース大統領によるパレスチナの国連加盟申請でした。この加盟申請の結果、同じ週に開催された中東和平4者協議(カルテット)の重要性はさらに高まりました。この協議では、パレスチナによる加盟申請の結果に左右されることなく、イスラエルとパレスチナの直接交渉の再開を促すことになりました。 9月20日、リビアについての事務総長主催によるハイレベル会合が開かれ、オバマ米大統領をはじめ、50カ国以上の首脳が参加し、うち30人以上が発言を行いました。リビア暫定国民評議会の代表団が大挙して参加したことにも重要な意義がありました。 会合では、政治、選挙、法の支配、ジェンダーの平等、経済復興の各側面を含め、リビアでの新政権樹立に向けた移行計画に支持が集まりました。参加者は、国連リビア支援団(UNSMIL)の承認と、今年になって導入されていた武器禁輸、資産凍結および飛行禁止区域の変更を盛り込んだ安全保障理事会決議2009(2011)を歓迎しました。リビア暫定政権と国連が共同議長を務めるフレンズ・オブ・リビアは、トリポリで定期的に会合を開き、安定化と復興を支援することになりました。 事務総長による予防措置強化の要請は、9月22日の予防外交に関する安保理会合で取り上げられました。安保理は、調停その他利用できるあらゆる手段をフルに活用するよう事務総長に促すとともに、紛争が勃発する前に、その原因を取り除くことの利点を強調しました。 ■グローバルな保健戦略 9月19日から20日にかけて開かれた非感染性疾患(Non-Communicable Diseases = NCDs)に関するハイレベル協議では、特に開発途上国において、心疾患や慢性呼吸器疾患、がん、糖尿病をはじめとする保健上の課題と、その経済、社会に対する大きな影響への取り組みについて話し合いました。加盟国は、これら疾患の予防と対策に関する政治宣言を採択し、世界保健機関(WHO)をその監視役に指定しました。 9月20日には、事務総長の「Every Woman Every Child(すべての女性、すべての子ども)」イニシアティブに関する協議が開かれ、大手製薬会社メルクが、子どもの死亡率を引き下げるために5億ドルの拠出を約束したほか、バングラデシュのハシナ首相は2015年までに、国内での出産に熟練した医療従事者が立ち会う割合を現在の2倍に引き上げる計画を発表しました。昨年9月の総会での協議で誓約済みの400億ドルに加え、全体で200件を超える拠出の約束がありましたが、その中には低・中所得国50カ国からの拠出も含まれます。 多くの政府が、女性と子どもの健康に関する優先課題を国内戦略に組み込むことに同意したほか、チャンWHO事務局長は、これを支援する独立の専門家審査グループの結成を発表しました。これに先立ち同日、事務総長、タンザニアのキクウェテ大統領、米国のクリントン国務長官も出席して開かれた会合では、妊娠から1,000日後までの重要な時期にある母子を対象とした「Scaling Up Nutrition(栄養への取り組み拡充)」イニシアティブを中心とする話し合いが行われました。 ■より安全で安心できる世界 テロ対策センターの新設にあたり、閣僚レベルの会合が開かれました。 9月19日に行われたこのシンポジウムは、テロ対策に関するものとしては2006年以来、最も高いレベルでの協議となるもので、軍事、安全保障面の措置に加えて、テロの動機排除を重視する国連の「脱過激化(de-radicalization)」アプローチに対する理解の深まりが見受けられました。 テロリストと同様に、技術的な破綻や自然災害も、原子力施設の安全にとって脅威となっています。福島第一原発の事故が記憶に新しい中で、 9月22日に開かれた「原子力安全及び核セキュリティに関する国連ハイレベル会合」では、これらすべての要因に加え、原子力施設の稼動に対する世論の信頼を回復する必要性が検討されました。その中でも開示性、基準の厳格化、国際協調、および、緊急事態で出動を要請される人道援助機関との連携に議論が集中しました。 ■アフリア東部飢饉 9月24日、国連でのハイレベル協議を締めくくるにあたり、ジブチのゲレ大統領、ケニアのオディンガ首相、ソマリアのアリ首相、エチオピアのデサレン副首相は、国境を越えた難民の受け入れを含め、アフリカの角地域で生じた過去60年間で最悪の干ばつから人々を守るための活動を振り返りました。各国による懸命な対策と、国際的な支援により、1980年代半ばに生じたような全地域的規模の大災害は今のところ回避できています。しかし、次期の収穫はまだ先であり、持続可能な開発に向けた解決策という、さらに大きな課題が残されているとの指摘もなされました。 「アフリカの角ミニサミット」では、1億8,000万ドルの拠出が表明されたほか、世界銀行も国際開発協会を通じ、18.8億ドルの長期無利子借款を供与し、早期対応と経済復興、干ばつに対する抵抗力強化を図ることになりました。 サミット参加者は、最近の政治、安全保障面での動向が、さらなる和平と和解に向けた機会を切り開くものであることに留意し、ソマリアの指導者が2012年8月までに国家移行期間を完了させるためのロードマップを採択したことを歓迎しました。そして優先課題として、アフリカ連合ソマリア・ミッション(AMISOM)を承認レベルの1万2,000人規模に増強すべく、残りの2,500人の兵員を早期に展開するよう強く促しました。 ------------------------------------------ 事務総長の総会報告「われら人民」 全文(日本語訳)はこちら http://unic.or.jp/unic/press_release/2437/ ●日本の貢献の形  〜国連東ティモール統合ミッションに参加して〜 東ティモールの安定を回復するため、2006年に設立された国連東ティモール統合ミッション(UNMIT)。第2次軍事連絡要員として今年3月に派遣され、半年間の任期を終えて帰国した川谷豪さんと栗田千寿さんが、現地での活動や平和維持活動(PKO)の現場での日本の貢献について報告します。 東ティモールはインドネシア東部に位置するティモール島の東部にあり、人口約110万人、日本の長野県と同じくらいの広さを有する国だ。私は2011年3月から9月までの約半年間、国民和解・民主的統治・治安維持・国家警察の再建を目的とするUNMITに、日本からの第2次軍事連絡要員として参加した。 軍事連絡要員の任務は大きく4つ、@担任地域の治安の監視・連絡、A国境地域のプレゼンスの維持、B司令部要員の支援、C中立的な調査能力の提供、となっている。私が勤務していたボボナロ県は東ティモールの西側、インドネシアと国境を接する地域であり、ボボナロMLT(Military Liaison Team)の具体的な行動は、担任地域内において車両による機動パトロールを行い、国境警備隊・国家警察・地方自治体等を訪問し、治安情勢について聞き取りによる調査を行い、UNMIT本部へ報告するというものだった。担任地域に国境が存在するという特性上、聞き取りは特に国境地域の治安情勢を重視して行う。また、軍事連絡要員は追加的役割として、治安情勢の調査の他に地方の村々の実態に関する調査も一部担っている。東ティモールでは、地方によっては路肩が崩れたり土砂崩れや地滑りにより遮断されてしまう道路が多く、特別な訓練を積んだ軍事連絡要員でなければ訪問が困難な村が存在するためだ。 派遣中は様々な苦労があったが、嬉しい発見もあった。先日、南スーダンに陸上自衛隊施設部隊を派遣するための準備が開始されたが、東ティモールにも、2002年から2004年の間、自衛隊施設部隊が派遣され、道路の補修や橋の建設など、東ティモールの国づくりの支援を行った。私の担任地域内でも、当時に日本が建設した橋などが健在であり、日本隊の活動を覚えてくれている現地の方々から「日本ありがとう」「日本には感謝している」と声をかけられることが多くあった。中には「日本人のまじめで誠実な態度を尊敬する」という声も聞かれた。日本隊の引き上げから7年、今でも感謝の声が聞こえてくる。そんな日本を誇らしく感じると共に、これこそが日本人ならではの仕事ではないかと感じた。 東ティモールでは来年に大統領選挙等が予定されており、国連PKOと共に進んできた国づくりのプロセスも新たなステージに入りつつある。こうした大きな流れの中で、私にできたことはほんの小さなことかもしれないが、この国、東ティモールの平和と安定に少しでも貢献できたなら幸いだ。 (文・元UNMIT軍事連絡要員 川谷 豪さん) 「ジャパーン、ツナミ、ツナミ」。心配そうな顔をした子どもたちが私を取り囲む。東日本大震災から3週間後、私は東ティモール第二の都市バウカウで軍事連絡要員としての活動を開始していた。へき地の村では、外国人が珍しく、人々は興味津々である。村人はテレビで津波の悲惨な映像を見ていて、私の腕の日の丸を見つけては大人も子どもも近寄ってきて、同情や激励の言葉をかけてくれた。 軍事連絡要員の活動は治安状況を主とした情報収集活動である。現地の人々から生活の困窮話を聞かされても、食料や物資などの直接的支援ができるものではない。また、バウカウに日本人は私一人であった。震災で大変な祖国の状況を思いながら、PKOに参加中の日本人として、今この国に何ができるだろう、と考え続けた。 ある時、雨期には孤立するという村を訪問した。子どもたちに飴をばらまく同僚がいた。大はしゃぎで地面の飴を拾う子どもたち。違和感を覚えた。各国軍人のいる多国籍チームというPKOの現場では、時には現地の人への「旗の見せ合い」が起こる。同じ飴をあげるにしても私のやり方は、しゃがんで子どもたち一人ひとりに声をかけながら飴を手渡して握手するというもの。礼儀、相手を敬う…。他国軍人と同じ活動をしていても、日本人として特別にできることはあるはずだ。たった一人でも日本人らしく活動しよう、と思った。 現地の女性と友情が芽生えたこともある。独立までゲリラ戦に身を投じた元女性兵士、父親の違う子6人を抱える未婚の女性…。言葉は通じないが、握手をし、ほほを寄せ、抱き合って、思いを共有した。そんな姿をいつも傍で見ていた現地通訳が私の帰国の時、お礼にとタイス(伝統織物)を贈ってくれた。「東ティモールから日本へ」という文字。「君は友人じゃない。『きょうだい』だよ。」と別れを惜しんで泣きながら、「国連で働いていろいろな外国人を見てきたけど、日本人が一番好きなんだ」と言ってくれた。 日本のJICA(国際協力機構)やNGO等による世界各国への支援は高い評価を得ている。こうした実績に加え、PKO活動に日本が参加するということで、よりその評価は高められるのだろう。そして物的支援に加え、日本人らしい一人ひとりの心配りこそが、現地の人々の心に残るのだと思う。東日本大震災の際には、多数の自衛官が救援活動や生活支援等に携わったが、どんな支援活動にも様々な制約が伴うのが常である。そのような中、現場の自衛官は「今の状況で何ができるか」という相手の心に寄り添った支援を工夫したというが、これがやはり日本人だと思う。 20年の歴史の中、現地の人々との心の交流を紡いできた日本のPKO活動。南スーダンなどでの今後の日本のPKO活動が、現地の人々の心に残るものとなるよう祈っている。 (文・元UNMIT軍事連絡要員 栗田千寿さん) 【写真】 派遣された東ティモール第二の都市バウカウで。川谷豪・元UNMIT要員 派遣された東ティモール第二の都市バウカウで孤児院の少女たちと共に。栗田千寿・元UNMIT要員 ■日本の国際平和協力業務の実施等に関する主な出来事 1992年 6月 国際平和協力法(PKO法)公布 1992年 9月 PKO法に基づく初めての業務として、第2次国連アンゴラ監視団(UNAVEM II)に3名の選挙監視要員を派遣 1992年 9月 国連カンボジア暫定機構(UNTAC)に第1次陸上自衛隊施設部隊600名を派遣。同年10月には75名の文民警察要員を派遣 1996年 2月 ゴラン高原の国連兵力引き離し監視隊(UNDOF)に司令部要員2名と自衛隊輸送部隊を派遣(現在まで継続) 1998年 6月 PKO法の一部を改正する法律(協力の対象に国際的な選挙監視活動を加える等)公布 1999年 7月 東ティモールにおける初めての業務として、国連東ティモール・ミッション(UNAMET)に文民警察要員3名を派遣 2001年10月 アフガニスタン難民救援のため、国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)に対し、テント、毛布等の物資協力を実施 2001年12月 PKO法の一部を改正する法律(武器の使用による防衛対象の拡大等)公布 2005年 4月 国際平和協力研究員制度発足 2005年 7月 国連スーダン・ミッション(UNMIS)に対し、地雷探知機、四輪駆動車等の物資協力を実施 2009年 5月 スリランカ被災民救援のため、国際移住機関(IOM)に対し、テント、給水容器等の物資協力を実施 2010年 2月 国連ハイチ安定化ミッション(MINUSTAH)に自衛隊施設部隊を派遣(現在も継続中) 2010年 9月 国連東ティモール統合ミッション(UNMIT)に軍事連絡要員2名を派遣(現在も継続中) 2010年12月 南部スーダンの独立を問う住民投票(2011年1月)に際し、住民投票監視要員15名を派遣 2011年 3月 栗田2佐(女性自衛官として初めての個人派遣)、川谷1尉がUNMIT軍事連絡要員として勤務(〜9月) 2011年 7月 「PKOの在り方に関する懇談会」中間取りまとめを公表 2011年11月 国連南スーダン共和国ミッション(UNMISS)への司令部要員2名の派遣を決定 ※これまでに27件の国際平和協力業務と21件の物資協力を実施。  (以上、内閣府国際平和協力本部事務局によるまとめ) 【写真提供・内閣府国際平和協力本部事務局/防衛省】 ●国連デー@東北大学:東日本大震災からの復興、そして新生 「国連デー」の10月24日、仙台市の東北大学川内キャンパスで、記念イベント「国連デー@東北大学:東日本大震災からの復興、そして新生 〜東北から世界へ」が開かれました。東日本大震災の経験を共有し、その知見と教訓を世界に向けて発信しようと、国連機関、大学、企業、NPOの関係者や学生・高校生ら約700人が参加、活発に意見を交換しました。詳しい開催報告は→ www.unic.or.jp/unic/highlight/2441/ ◇オープニングから◇ 主催者を代表して挨拶した井上明久・東北大学総長は、「大震災という人間の生存と尊厳を揺るがす過酷な体験は、世界の国々に共通する。9.11がアメリカと世界を変えたように、3.11が日本、そして世界を変える」と強調。「この経験や教訓を人類共通の資産として後世に伝え、安心・安全社会の創世を目指した新たな人類社会へのパラダイムシフトを実現していくことが、今を生きる私たちの役目だ」と訴えました。 開催地・仙台の奥山恵美子市長の挨拶、事務総長のビデオ・メッセージに続き、阪神淡路大震災の経験を活かすべく、前日、東北大学と災害科学分野での包括提携を結んだ神戸大学の福田秀樹学長が登壇。神戸大学が取り組んできた学生ボランティア支援をはじめ、様々な分野での連携が可能かどうか、検討を進めていきたいと決意を述べました。 ◇持続可能な社会の新生に向けて◇ 〜大学からの視点〜 最初の基調報告では、東北大学理学研究科の山口昌弘教授をファシリテータに、神戸大学と東北大学が、それぞれの被災体験から得られた教訓と将来に向けた提言を披露しました。 神戸大学都市安全研究センター長の田中泰雄教授は、「阪神淡路大震災と東日本大震災をつなぐ次世代の安全社会づくり」をテーマに発表。阪神淡路大震災から学んだこととして、包括的な総合防災の必要性と、自然災害に対する事前対応としての「減災」の重要性を訴えました。 一方、東北大学からは、「震災からの復興と持続可能な社会の新生に向けた東北大学の取り組み」と題して、農学研究科の中井裕居教授、電気通信研究所長の中沢正隆教授、環境エネルギープロジェクトを担当する湯上浩雄教授が、それぞれ取り組んでいる復興アクションを紹介しました。 ◇持続可能な社会の新生に向けて◇ 〜企業からの視点〜 続いて行われた二つ目の基調報告では、東北大学経済学研究科長の大滝精一教授をファシリテータに、日本の産業界を代表する企業と、東北で活動する企業各2社の代表が、企業の社会貢献や今後のCSR(企業の社会的責任)のあり方、震災を踏まえた本業のイノベーションの方向性などについて、アイデアを出し合いました。 冒頭に、富士ゼロックス株式会社の有馬利男・相談役特別顧問が、「CSRとは? 大震災を経て思うこと」と題して講演。世界で約8,000、日本でも146の企業・組織が加盟し、自らがジャパン・ボードの議長を務める「国連グローバル・コンパクト(GC)」の活動を紹介しました。特に震災後の取り組みとして、GCのジャパン・ネットワーク(GC-JN)の加盟企業が連携し、一体となってボランティア活動を行っていることなどについて報告しました。 続いて、「企業の活動事例」として、震災後に行った支援活動について、パナソニック株式会社コーポレートコミュニケーション本部社会文化グループ戦略推進室の横川亘室長、関東自動車工業株式会社の服部哲夫・取締役社長、仙台市若林区で300年以上にわたって農業を営んでいる株式会社舞台ファームの針生信夫・代表取締役がそれぞれ報告しました。 ◇午前の部・クロージング◇ 午前の部のクロージングでは、「日本『再創造』〜未来を見据えよ」と題して、日本産学フォーラム(BUF)代表世話人で、東京大学総長顧問の小宮山宏・三菱総合研究所理事長が登壇。午前中のセッションで出た提言を踏まえ、これらを「東北の地において、整合性を持って実現する」ために必要なことを総括しました。小宮山氏は「復旧時にどうやって再生、発展のための種を仕込んでいくかがポイントだ」とし、その柱となる分野として、最先端のエコロジー産業や地域健康医療産業、六次産業などを上げ、中でも林業復活の必要性を訴えました。さらに、エネルギー問題やリサイクルのための技術改革などに触れ、「いいものを作る競争で日本が勝ち続けて、日々の暮らしで使うことで日本の産業を強くし、それを世界に展開していく。これが日本の戦略です」との方向性を示しました。 ◇午後の部・オープニング◇ 国際労働機関(ILO)駐日事務所・長谷川真一代表が挨拶を行い、国連デーを東北の地において開催することができたことを東北大学に感謝すると共に、「このシンポジウムが東北から世界への第一歩となることを願う」と述べました。 続いて、気仙沼市立気仙沼中学校2年の橋脩悟君をゲストに迎え、午後の司会を務める国連国際防災戦略事務局(UNISDR)駐日事務所の松岡由季代表が、被災当時の状況について話を聞きました。震災直後から自衛隊やたくさんのボランティアが現地に入り、安否不明者の捜索や支援活動が行われる様子を目の当たりにした高橋君は、自らも避難所の被災者のために演奏会を開くなどのボランティア活動を行ったことを報告しました。 ◇パネル・ディスカッション◇ 〜パートナーシップで取り組む〜 国連広報センター(UNIC)・山下真理所長をファシリテータに、ビジネス、自治体、国連関連団体が連携して緊急支援活動を行った東北でのユニークな取り組みについてディスカッションを繰り広げました。 国連開発計画(UNDP)の親善大使を務める女優の紺野美沙子さんは、これまでアジアを中心とした災害被災地を含む途上国への訪問を実施。国連デーの前の数日間は、宮城県南三陸町、石巻市、仙台市の被災地を訪れ、被災者一人ひとりの不安に被災者の目線からどう応えることができるのか、考えさせられたと語りました。 日本政府からロジスティックス支援要請を受けた国連世界食糧計画(WFP)の日本事務所民間連携推進マネージャーの佐野直哉氏は、今回の東日本大震災において企業、自治体、政府と連携した緊急支援を行ったことを紹介しました。 日本ユニセフ協会東日本大震災緊急支援本部チーフコーディネーターの菊川穣氏も、日本国内では50年ぶりとなる支援をスムーズに行えたのは、企業、市民団体の協力が大きかったと述べました。物資援助には多数の企業や、生活協同組合など既存のネットワークとうまく連携できたことが大きな要因だと報告しました。 支援を受ける側として登壇した安住宣孝・女川町長は、役場職員が被災し、さらには公共施設が全てない状況でどう運営したか、苦労を語りました。支援については、「何が必要か、何をどう振り分ければよいか、指示する人物がいると大変助かる」とし、NPOなどが専門性のあるコーディネーターを早く現地に派遣することの重要性を述べました。また、阪神淡路大震災の経験を持った職員の派遣を受けたことから、自治体同士の連携の大切さを実感したと言います。 6カ月間でのべ3万5千人にも及ぶ、民間では最多のボランティアを現地に送り込んだのが、日本労働組合総連合会(連合)でした。総合組織局長の山根木晴久氏は、集団的に統率のとれた人員の必要性をあげ、活動地域から近い場所にベースキャンプを設置し、被災者との交流を大切にしながらの支援を報告しました。 ◇パネル・ディスカッション◇ 〜災害とボランティア、ユース宣言〜 最後のセッションでは、国連ボランティア計画(UNV)の長瀬慎治・東京事務所駐在調整官をファシリテータに、日本NPOセンター田尻佳史常務理事・事務局長と兵庫県企画県民部防災企画課防災事業係長の小山達也氏から東日本大震災における民間団体、行政によるボランティア活動および支援について紹介がありました。 そして、実際に今回の大震災で活動した学生ボランティアの皆さんが、その活動・経験について語りました。4名の学生のうち、3名は幼い頃に阪神・淡路大震災を経験していました。おぼろげながらあった当時の記憶が、今回の東日本大震災で掘り起こされ、悲惨な状況を目の当たりにして「何とかしたい」という思いに至った、と語りました。 学生ボランティアによる経験を生かし、共有しようと「ユース宣言」が発表されました。ボランティアを続けながら、自然との共生について考え、次の世代に伝えること、そして世界に東北が生まれ変わる姿を発信し続けたいと力強く宣言しました。 ◇クロージング◇ 国連地域開発センター(UNCRD)の高瀬千賀子所長は、「東北での貴重な経験を世界に発信することは世界の防災、支援活動に対する貢献になる。東北は持続可能な社会を念頭においた復興と再生を実行する機会を与えられたとも言え、来年開催される、『持続可能な開発会議(リオ+20)』にとって貴重な事例となる」と述べました。そして、国連機関は東北から世界への発信に対して今後も助力していくことを誓いました。 ●世界人口が70億人に達しました! 2011年10月31日、世界人口が70億人に達しました。記念すべき日を迎え、潘事務総長は世界の指導者たちに対し、食料や安全な水の確保など、人口の増大が生む様々な課題への対応を呼びかけました。 世界人口が60億人に達したのは1998年。それからわずか13年で70億となったわけですが、今世紀半ば、早ければ2043年までには人口が90億に達すると国連は推計しています。国連は10月31日に生まれた全員を「70億人目の赤ちゃん」と認定しています。 以下に、10月24日の国連デーを記念して発表された潘事務総長のメッセージをご紹介します。 人類は70億人目の仲間を迎えます。 私たちの地球には人が多すぎるという人もいます。私は、70億もの強き人類と言いたいと思います。 66年前に国連が誕生して以来、世界はめざましい進歩を遂げてきました。 私たちの寿命は延び、子どもの生存率が高くなりました。民主的な法の統治のもとで、平和に暮らす人々はますます多くなっています。 この劇的な年に私たちが目にしたように、世界中の人々が権利と自由を求めて立ちあがっています。 しかし、こうした進歩は今、脅威にさらされています。すなわち、経済危機、高まる失業率と不平等、そして気候変動といった脅威です。 世界中で、あまりに多くの人々が不安を感じながら暮らしています。あまりに多くの人々が、自分の国の政府と世界経済は、自分たちに対してもう責任を果たすことができないのではないかと考えています。 この不穏な時代において、答えは一つしかありません。それは目的を一致させることです。 グローバルな課題には、グローバルな解決が必要です。 すべての国が、世界の人々のために結束して行動することが必要です。 これこそが、国連の使命なのです。すなわち、 よりよい世界をつくること、誰一人として置き去りにしないこと、そして世界平和と社会正義の名のもとに、最も貧しく脆弱な人々を守ること。 今ほど国連が必要とされている時はありません。 相互のつながりがますます強くなっているこの世界において、力を合わせれば、誰にでも何かしら与えるものがあり、そして得るものがあるのです。 70億もの強き人類よ、世界共通の利益のため、心を一つにしようではありませんか。 ******************************************************************** 発行:国際連合広報センター 〒150-0001東京都渋谷区神宮前 5-53-70 国連大学本部ビル8階 TEL:03-5467-4451 FAX:03-5467-4455 URL:http://www.unic.or.jp/ E-mail:unic.tokyo@unic.org