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グルジア出典「国連の基礎知識」

アブハジア住民とグルジア人との間には何十年にもわたって緊張した関係が続いてきた。グルジアは1991年に独立したが、アブハジア(グルジアの北西地域)の現地当局は1990年にグルジアからの分離を改めて試み、それが1992年に一連の武力衝突にまで発展した。何百人もの人々が死に、およそ3万の人々がロシア連邦へ逃げた。1993年に任命された事務総長特使は当事者間の調停を開始し、その年内に停戦合意が見られた。安全保障理事会は停戦合意の順守を検証する国連グルジア監視団(United Nations Observer Mission in Georgia: UNOMIG)を設立した。しかし戦闘が再開され、内戦にまで発展した。1994年、当事者はモスクワで新しい停戦に合意し、停戦は独立国家共同体(CIS)の平和維持軍によって監視されることになった。UNOMIGは合意の実施とCIS軍の活動も監視した。

この数年、これまで任命された歴代の事務総長特別代表はそれぞれ交渉を続け、安全保障理事会は包括的解決の必要を強調した。しかし、グルジアとロシアとの間の緊張が高まり、2008年には南オセチアで全面戦争にまで発展した。戦争は1994年の停戦合意の無効とCISミッションの終結へと進んだ。紛争の劇的な拡大はグルジア・アブハジア紛争地帯の情勢や全体的な紛争解決プロセスに大きな影響を与えた。アブハジアの分離主義者軍は第二戦線を開き、8月にはグルジア西部の地帯を占拠した。ロシア大統領は直ちにグルジアにおける軍事作戦を中止させる意向を発表した。しかし、部隊はオセチアとアブハジアに居残った。ロシアはアブハジアの「独立」を承認したが、グルジアはロシア占領下の地域だと考えた。国連難民高等弁務官の推定によると、およそ19万2,000人の人々が2008年戦争によって故郷から逃げざるを得なかった。UNOMIGは、期限の延長について安全保障理事国間に一致が見られず、2009年6月末で終了した。しかし、国連機関は紛争によって避難した人々の支援を続けている。