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南部アフリカ出典「国連の基礎知識」

冷戦が終わりに近づきつつあった1980年代の終わりに、南部アフリカを苦しめてきた戦争を終わらせるという国連の長年の努力がついに実を結んだ。南アフリカのアパルトヘイト政権を衰退させたことが、こうした努力の大きな成果であった。南アフリカの影響は国境を接する「前線」国家にまで及び、さらにアンゴラやモザンビークの反政府勢力を支えていた。1988年、南アフリカは、ナミビアの独立を実現するために事務総長と協力することに同意した。

1992年、モザンビーク政府とモザンビーク民族抵抗運動(RENAMO)は、長年にわたって国家を疲弊させてきた内戦を終わらせる和平合意に署名した。合意の一環として「国連モザンビーク活動(United NationsOperation in Mozambique)」が1993年に展開され、停戦、部隊の動員解除および1994年に行われた最初の複数政党による総選挙を監視し、成功裏に終了した。

アンゴラでは1975年にポルトガルから独立して以来、政府と反政府勢力の「アンゴラ全面独立民族同盟(UNITA)」との間に断続的ではあるが内戦が続き、国土は荒廃してしまった。国連は紛争を終わらせることで重要な役割を果たした。事務総長や事務総長特使による仲介、和平会談の開催、UNITAに対する安全保障理事会の武器と石油の禁輸とUNITAの渡航禁止、国政選挙の監視などである。安全保障理事会は1989年から2003年にかけてアンゴラのために数回にわたって平和維持・政治ミッションを設立した。国連と国際社会は長年にわたってアンゴラに平和を促進しようと積極的に関与してきたが、2002年2月、UNITAの創設者で指導者であったジョナス・サビンビが戦闘中に死亡し、長年にわたって続いてきたアンゴラの戦争も終焉した。UNITAと政府軍は同年3月に停戦に合意した。8月に国連アンゴラ・ミッション(UNMA)が設立され、政府の選挙実施を支援し、人権を促進し、法の支配を高め、武装解除された兵士の社会への再統合を支援し、経済の復興を支援する任務を与えられた。2002年12月、安全保障理事会はUNITAに対する制裁を解除した。2003年早々までにはUNMAも解散し、残りの活動のすべては国連アンゴラ駐在調整官の事務所に移された。