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ナミビア出典「国連の基礎知識」

国連は1990年のナミビアの独立を支援した。これは、平和的移行を実現するにはいかに複雑な努力が必要であるかを明らかにした国連の歴史でもあった。「南西アフリカ」として知られていたナミビアは、一度は国際連盟の委任統治制度のもとにおかれたアフリカの地域であった。

1946年、総会はその地域を国際信託統治制度のもとにおくよう南アフリカに要請した。しかし、南アフリカはそれを拒否し、1949年には、国際連盟の消滅とともに委任統治も終わったと主張し、今後は同地域に関する情報を送付しないと国連に通告した。総会は1966年、南アフリカはその義務を果たさなかったと述べ、委任統治を終了させ、同地域を「国連南西アフリカ理事会(United Nations Council for South West Africa)」のもとに置いた。1968年、理事会は「国連ナミビア理事会(United Nations Council for Namibia)」に改称された。1976年、安全保障理事会は、国連の監視のもとに行われるナミビアの選挙を受け入れるよう南アフリカに要求した。総会は、独立に関する協議にはナミビア人民の唯一の代表である南西アフリカ人民機構(SWAPO)を参加させなければならないと主張した。

1978年、カナダ、フランス、ドイツ連邦共和国、イギリス、アメリカの5カ国は、国連主催による制憲議会選挙を行うことを規定した解決案を安全保障理事会に提出した。理事会は、この提案を実施すべきだとの事務総長の勧告を支持し、ナミビア特別代表を任命するよう事務総長に要請するとともに、「国連独立移行支援グループ(United Nations TransitionAssistance Group: UNTAG)」を設置した。事務総長と事務総長特別代表による何年にもわたる交渉やアメリカの仲介の結果、南部アフリカの平和を達成するための1988年合意が生まれた。この合意のもとに、南アフリカは、事務総長に協力し、選挙によってナミビアの独立を達成させることに同意した。

ナミビアを独立に導いた活動は1989年に始まった。UNTAGはナミビア当局が実施したすべての選挙プロセスを監視かつ管理した。また、SWAPOと南アフリカとの停戦と全軍隊の動員解除を監視し、現地警察のモニタリングなど、選挙プロセスの円滑化を図った。

制憲議会のための選挙ではSWAPOが勝利を収め、事務総長特別代表によって選挙は「自由かつ公正」に行われたとの宣言が行われた。選挙に続いて南アフリカは残りの軍隊を引き上げた。制憲議会は新憲法を起草し、1990年2月に承認された。SWAPO指導者のサム・ヌジョマが5年の任期で大統領に選出された。3月、ナミビアは独立し、事務総長がナミビアの初代大統領の就任宣誓式を執り行った。同じ年の4月、ナミビアは国連に加盟した。