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元国連事務総長 ブトロス・ブトロス=ガーリ

Boutrosブトロス・ブトロス=ガーリ氏は1992年1月1日、第6代国連事務総長に就任し、5年の任期を務めました。1991年12月3日、総会による任命時にブトロス・ブトロス=ガーリ氏はエジプトの外務担当副首相(1991年5月に就任)の職にあり、1977年10月から1991年までの期間は外務担当国務大臣を務めました。

ブトロス=ガーリ氏は外交官、法律専門家、学者、そして数多くの出版物の著者として、長期にわたり国際問題に携わっています。1987年にエジプトの国会議員となりましたが、1980年から国民民主党事務局の一員でした。また、国連事務総長に就任するまで、社会主義インターナショナルの副議長でもありました。

1979年から1991年まで国際法委員会の会員であり、国際法律家委員会の元会員でもあります。法律、国際問題、政治学における経歴、中でも国際法学会、国際人権研究所、アフリカ政治学会および道徳と政治科学アカデミー(アカデミー・フランセーズ、パリ)の会員であることに関連する数多くの専門的・学術的な交友関係を有しています。

40年にわたり、ブトロス=ガーリ氏は国際法、人権、経済・社会開発、非植民地化、中東問題、国際人道法、少数民族およびその他のマイノリティの権利、非同盟運動、地中海沿岸地域の開発、アフロ‐アラブ協力に取り組む膨大な数の会合に参加しています。

ブトロス=ガーリ氏は1978年9月に米国のキャンプ・デービッドで開催された先進国首脳会議に参加、エジプトとイスラエルの間におけるキャンプ・デービッド合意取り決めの役割を担い、同合意は1979年に署名されました。ブトロス=ガーリ氏はアフリカ統一機構(OAU)や非同盟諸国運動、そしてフランス・アフリカ首脳会議にエジプトの多くの代表団を率いて参加し、1979年、1982年、1990年には国連総会でエジプト代表団を率いてきました。

ブトロス=ガーリ氏は1949年パリ大学で国際法の博士号を取得、論文は地域の組織に関する研究でした。また、1946年にカイロ大学で法学士号を取得したほか、パリ大学で政治、経済、公法でそれぞれ学位を取得しています。

ブトロス=ガーリ氏は1949年から1977年にかけて、カイロ大学で国際法および国際関係の教授職を務め、1974年から1977年にかけて、アラブ社会主義者連合の中央委員会・政治局のメンバーでした。

その他の専門的・学術的活動として、ブトロス=ガーリ氏はコロンビア大学においてフルブライト研究員(1954~1955年)、ハーグ国際法アカデミーの研究センター長(1963~1964年)、パリ大学法学部客員教授(1967~1968年)を歴任したほか、アフリカ、アジア、欧州、中南米、北米の大学で国際法や国際関係に関する講義を行ってきました。

1965年からエジプト国際法学会会長、1975年から(アル・アハラム)政治戦略研究センター所長、1978年からハーグ国際法アカデミーの学術委員会管理協議会会員、1978年から世界平和アカデミー(フランス、マントン)科学委員会会員、1979年から国際問題研究所(ローマ)準会員でした。1971年から1979年にかけては国際労働機関(ILO)の条約と勧告の適用委員会の委員を務めています。また、「アル・アハラム経済(Alahram Iqtisadi)」と題する刊行物を発刊、1960年から1975年にかけてその編集を担当し、「国際政治(Al-Seyassa Al-Dawlia)」と題する季刊誌については1991年12月まで編集に携わりました。

ブトロス=ガーリ氏は1922年11月14日、カイロ生まれ。レイア・マリア・ブトロス=ガーリ夫人と結婚。